第五話 カメラ越しに、目が合った
本作品は実体験をもとに構成していますが、プライバシー保護および演出のため、登場人物名・設定・一部の内容を変更したフィクションです。
それは、世間がお盆休みに入っている頃だった。
尋志が新たに仕掛けた防犯カメラは、全部で四台。
そのうちの一台は、人感センサーを作動させていた。場所は風呂場の裏手だ。
――もう、同じ轍は踏まない。
そう自分に言い聞かせるように、風呂場側の警戒は特に強めていた。
そこは普段、人が立ち入らない場所。
つまり、このセンサーが反応し、スマホに通知が届いたとき――それは侵入者の可能性が極めて高いということになる。
もっとも、設定が甘ければ、動物や虫、あるいは雨にさえ反応してしまうこともある。
尋志の仕事に、大型連休はない。
お盆でも、いつも通り出勤だ。
その日、夜中の三時。
ふと目を覚ました尋志は、何気なくスマホに目をやった。
通知が来ていた。
――また、獣か何かか……。
そう思いながら、カメラの映像を確認する。
その瞬間だった。
画面いっぱいに、軍手が映り込む。
次の瞬間――
男の後ろ姿が現れた。
「ついに……ついに映り込んだぞ、シーフが!」
胸の奥で、様々な感情が一気に膨れ上がる。
シーフは、防犯用の砂利を避け、ブロックの上だけを選んで歩いていた。
足音を立てないためだろう。
そのまま奥へ進み、風呂場の窓を確認する。
――だが、開かない。
あの日以来、里美が風呂場も必ず施錠するようにしていたからだ。
窓が閉まっていることを確認すると、シーフはゆっくりと振り返る。
そして――カメラの方へ歩き出した。
このカメラは、人を検知するとライトが点灯する。
光に照らされたその瞬間、
シーフは初めてカメラの存在に気づいたようだった。
立ち止まり、こちらを睨みつける。
鋭い目つき。
――強く印象に残る「目」だった。
その日は、警戒したのか、それ以上の物色はせず、何も盗まずに立ち去っていった。
しかし――
尋志にとっては、大収穫だった。
まさに、飛んで火に入る夏の虫。
その日の服装は、白いサンダルに、暗い色のTシャツ、そしてジャージのズボン。
肌は、以前よりも日焼けしているように見えた。
さらに、静止画にして何度も確認した結果、ある特徴に気づく。
左耳に、大きなボディピアス。
「目」「白いサンダル」「肌の色」「ピアス」
これらは、シーフを追う上での決定的な手がかりになる。
――確実に、近づいている。
そう感じていた。
これだけ顔がはっきり映っていれば、逮捕は時間の問題。
そう思っていた。
だが――
シーフは、なかなか捕まらなかった。
泥棒には、いくつか種類がある。
人がいない家を狙う「空き巣」。
人が在宅中でも侵入する「忍び込み」。
シーフは、明らかに後者だった。
こういった犯行の検挙率は、年にもよるが、およそ五十パーセント。
顔が割れても、すぐに逮捕に至るとは限らない。
――決定的な証拠が、足りない。
尋志は、新たな映像を手に、再びパトロールを続けた。
来る日も、来る日も――歩き続ける。
時間がない。
シーフが最初に現れたのは、ゴールデンウィーク。
深夜にもかかわらず、夏のような軽装だった。
おそらく、かなりの暑がりだ。
だが、季節はこれから秋、そして冬へと向かう。
いずれ服装は変わる。
あと三ヶ月もすれば――
目印が消える。
焦りが、じわじわと募っていく。
そんなある日。
尋志は、シーフによく似た男を見かけた。
鼓動が、一気に速くなる。
髪型、肌の色、服装、背丈。
ほとんどが一致している。
ピアスも――ある。
(こいつ……シーフか?)
慎重に距離を詰める。
そのとき――
男のそばに、小さな女の子がいることに気づいた。
さらに、その隣には、妻らしき女性。
家族だった。
そして、男が見せたその表情。
――あまりにも、優しすぎた。
見た目は完全に一致している。
だが、「目」だけが決定的に違う。
それだけで、尋志の中で疑いは半分にまで下がった。
それでも念のため、車のナンバーだけは記憶しておこうと考える。
男たちが乗り込んだのは、ハイブリッドカー。
ナンバーは、見慣れない他県のものだった。
ここから三百キロ以上離れた地域。
(なぜ、こんな場所に……?)
疑念は、完全には消えない。
だが、彼らは長澤家とは逆方向へと去っていった。
徒歩では、これ以上の追跡は不可能だった。
その後、尋志はこの家族と三度、顔を合わせることになる。
そのたびに、声をかけるべきか迷う。
しかし、小さな女の子の存在が、どうしても足を止めた。
――もし違っていたら。
その思いが、踏み出す勇気を奪っていた。
ある日、パトロールのコースを変えたときのことだった。
偶然、あのハイブリッドカーを見つける。
停まっていたのは、薄暗いアパート。
外国人が多く住んでいる建物だった。
(……ここか)
居場所は分かった。
だが――
尋志は、この男のことを一度、頭の中から切り離すことにした。
そして――
何の成果も得られないまま、季節は巡る。
冬。
シーフの尻尾を掴めないまま、年末を迎えてしまった。
そして――
この年末に、妻・里美が激怒することになるとは。
このときの尋志は、まだ知る由もなかった。




