第六話 妻の怒り
本作品は実体験をもとに構成していますが、プライバシー保護および演出のため、登場人物名・設定・一部の内容を変更したフィクションです。
2024年も終わりに近づく頃――
長澤家では、大掃除が行われていた。毎年、時間が取れないため、年末が近づくと少しずつ掃除を進め、三十日に仕上げるのが恒例だった。
掃除をしながら、尋志は考えていた。
――結局、シーフを捕まえられないまま年末を迎えてしまった。――今年中に、片付けたかったな……。
シーフの特徴だった服装も、今では変わっているだろう。タイムリミットが過ぎてしまったことに、焦りを感じていた。
そんな中、十二月――将太には嬉しい出来事があった。社会に出て初めてのボーナスが支給されたのだ。
賞与というものに、将太は「社会人になった」という実感を強く抱いていた。
そして大掃除も終わり、翌日の大晦日を迎える。
尋志は仕事へ。里美と幸絵は年越しの支度。将太はボーナスを手に、友人と出かけていた。
その日中、将太から一本の連絡が入る。
「誰か、俺の財布触ってないよね?」
家族が触るはずがない。だが――財布の中身が減っているという。
「金額、勘違いしてないか?」
尋志の問いに、将太は即答した。
「間違いない」
――ゾッとした。
まさか、またあいつが……?シーフが来たのか――。
里美は、あれ以来、雨戸のシャッターを閉めるようにしていた。風呂場も、当然施錠している。
防犯カメラの映像も、尋志が毎日確認していた。新しいカメラは八倍速で再生できるため、毎晩十一時から翌三時頃まで欠かさずチェックしている。
しかし、これまでシーフらしき人物は一度も映っていなかった。室内を荒らされた形跡もない。
尋志が仕事から戻ると、里美が口を開いた。
「……窓、開いてたかもしれない」
――別の場所から侵入し、リビングの窓から出たのか。
そう考えた瞬間、背筋が冷えた。
大掃除の際、窓や雨戸のシャッターも徹底的に掃除した。乾かすために開けたままにし、そのまま――施錠が甘くなっていたのだ。
だが、三ヶ月も姿を見せなかったシーフが、よりにもよって年末の三十日に現れるだろうか?しかも、防犯カメラの存在に気づいているはずだ。
長澤家に、緊張が走る。
その夜も、防犯カメラを確認することにした。
「パパ、今回のチェック……私にやらせて」
里美が言う。
「鍵のこと、私のミスだから」
そう言って、映像を再生し始めた。
しばらくして――
「あっ!!」
家中に響く声。
「パパ、誰か映ってる!」
駆け寄った尋志の目に飛び込んできたのは――
……シーフだ。
三たび、長澤家に現れた。
時刻は、深夜三時。
この時間、尋志はすでに仕事へ向かっていた。だから、彼の財布は無事だった。
だが――将太の財布は違った。
盗まれた金額は、四万円。
後に、この日盗まれた四万円という額が、長澤家にさらなる衝撃を生む。
将太の財布の中身は、遊びのための金だけではない。コンビニでの支払い用に入れていた金も含まれていた。
初めてのボーナスだった。
それを、あの“汚れた手”で――。
その瞬間、里美の中で何かが切れた。
「パパ、犯人の目星ついてるんでしょ!?」
怒りに満ちた声が響く。
「住んでる場所も分かってるんだよね!? 今から行こう!」
「待て、ダメだ」
尋志はすぐに制した。
「可能性はまだ半々だ。 人違いだったら――冤罪になる」
「無関係の人間の人生を壊すかもしれないんだ。落ち着け」
しかし里美は引かない。
「じゃあ、近くまで案内して」
「パパは捕まると困るでしょ。 私は……捕まってもいい」
今にも飛び出しそうな里美を、必死に抑える。
感情のままに爆発するその姿を見ながら――尋志は、ほんの少しだけ、安堵していた。
去年の里美は、暗かった。家族を大切に思いながらも、家を出ていった。
だが今は違う。
息子のために、怒っている。
――妻が、戻ってきた。
そう思えた。
落ち着いた里美を連れ、尋志は例のアパートへ向かった。
これまで一人で調べてきたが、そろそろ共有すべきだと判断したのだ。
男の車が、そこにあった。
道路から見える位置にあり、敷地に入る必要はない。
昼間に見るその車は、やはり異様だった。
他県ナンバー。そして、ナンバープレートは――故意に曲げられている。
アパートもまた、昼間だというのに薄暗かった。
それを見た里美は、ようやく納得した様子だった。
家へ戻る。
この大晦日――
尋志は、シーフへと繋がる証拠を、少しずつ掴み始めていた。
そう。
向こうが近づいているということは――こちらもまた、近づいているということだ。
この年末年始。
尋志は徹底的に調べ上げ、ついにシーフの尻尾を掴むことになる。




