6-08 幻と虚仮威し
光弾の雨。
璃空の動きを封じるための弾幕の隙間から、的確に隙を突くようなタイミングで物理的な攻撃を続けるのがライラの戦い方だった。
「こうするしかないの、こうするしかないの。早く投降してリュック、それがお互いの為だから!」
言い訳のようにそう呼び掛けながら攻撃してくる彼女をいなしながら、璃空は少しでもガランサスがいる場所へと接近しようと試みていた。
洗脳されたライラと話すことを無意味と割り切って、光弾の回避と彼の居場所の把握に神経を集中させる。
この戦いに意識を奪われて、彼に逃げられたら意味がない。
「逃げないよ、リュック。僕もそろそろ君を殺したいんだ」
返答する余裕などない璃空の事を嘲笑うように、ガランサスはそう呟く。
ライラに殺意が無くとも、行動を封じられた時点で術中に嵌ることは目に見えている。
彼を逃がしてしまえば、また洗脳された騎士団や魔女教との際限ない駆け引きが始まって、いずれは消耗戦になる。
何が何でも、今の状況を掻い潜って冥界の箱を奪い取る必要があった。
「もっと早く来ればよかったと後悔している?悔いることは無いよ、どんなタイミングで来ようと君を殺す準備は整えていたから」
街のあちこちから魔獣が現れる。
魔獣など居るはずのなかった路地裏や民家の中から、突然に。
「レヴァが裏で何をやっていたか知っているだろう?彼が造ったものを、流通させる前に改造しておいた。準備というのは、早く始める程に効果がある。当然の話だ」
その言葉の意味を理解して、璃空は怒りで瞳を光らせて、ライラを無視して彼に襲い掛かる。
が、当然警戒を解けば洗練された龍騎士の格好の的になる。
予測していなかった位置に設置されていた魔法陣から、固定砲台のように高火力の光弾が飛んでくる。
咄嗟に身構えるものの回避はできず、彼女はそれを正面から受けて強く吹き飛ばされた。
痛みで唸り声を上げる。
顔を上げると、巨大な狼型の魔獣に変えられた住民が、彼女に襲い掛かろうと視線を落としている。
殺すわけにもいかず、彼女は後ろに飛び退いてその爪を躱す。
上空を駆け抜ける戦闘機の音圧が、獣もろとも彼女を吹き飛ばす。
壊れそうになる耳を抑えて、また飛んでくる光弾を躱す。
明らかな劣勢の中、また目の前に現れたライラの腕を掴んで、その腰に構えられた無線機を奪い取って彼女は叫んだ。
「破棄!」
耳鳴りのような高音が鳴り響くが、何の効果もなく、ライラは璃空を取り押さえて来る。
当然の様に徒歩ですぐ近くまで現れたガランサスは、変わらず微笑んだままで告げた。
「馬鹿だな、何度言わせるんだ?その手のアイテムは全部レヴァが作ったんだ、僕の制御が優先されるに決まっているだろう。洗脳は解除できないよ」
そうは言いつつも、洗脳と術式破棄の両方を与えられたライラは苦しそうに頭を押さえている。
その隙を突いて、自ら接近してきたガランサスの服を掴もうと、璃空は手を伸ばした。
その手は空を掻いて彼の身体を突き抜ける。
ニヴァリスと同じ、ただの幻像。
「学ばないね」
彼は笑う。
騙された―――ように見えた璃空は、幻像に触れた瞬間に何かの流れを掴み取ったのか、双角を輝かせて、ライラを簡単に振り解いて姿を消した。
ガランサスは一瞬彼女を見失う。
「逃げたか」
「捕まえた」
少し離れた建物の屋上。
本体として幻像を操っていたガランサス本人の真後ろから、璃空は右腕をまわすようにして彼の首を掴んで取り押さえる。
咄嗟にガランサスが起動した魔道具が、彼の背中から棘のようなものを乱射した。
致命傷にはならないが、確実に璃空を振り解く。
「…何故、幻覚魔術の操作元を特定できる?これはエフタの生み出した術だ、教本など存在しないんだぞ」
「どうしてだろうね。薄々、わかってるくせに。何故認めようとしないの?」
「ああ、くそ。黙れ、余計な質問をするんじゃなかった。頼むから先に冥界に行っていてくれよ、冥界の箱もお望みの魔女も僕が連れて行ってやるからさ」
「駄目。箱もあの子も全部私が持っていく。冥界も魔女の里も、貴方の好きにさせる気は無いから」
「あれはお前の物じゃない!」
「お互い様でしょう!」
上空を通り過ぎる戦闘機の音圧と、魔女の仕業に模倣した斬撃の魔術が、辺りの建造物を切り崩していく。
街の中心部は、もう既に瓦礫の山へと変貌し始める。
これ以上は戦いを長引かせるべきではないと、それら全てが彼女に伝えていた。
もう既に、ライラが璃空の位置を突き止めてこちらへ向かっている。
「抵抗すれば、彼女はそのうち君を殺しにかかってくるよ。友達だと思ってもらえているうちに、投降した方がいいんじゃないか」
「投降したら、今度は貴方が私を殺すでしょう」
「どうだかね。冥界に来られても迷惑だし、正直牢に居てもらった方がいいかも」
一応と言うように銃を構えるガランサスと、その程度なら余裕でいなせるとでも言うように身構える璃空が向かい合う。
光弾に妨害されて、璃空は空中に跳び上がる。
「まずあれが一番迷惑だな」
空中で視線の向きを変えた璃空は、空中で跳び回る戦闘用の航空機に狙いを定める。
「命令、再生停止」
遷音速で飛んでいた幻像の戦闘機が、突如として空中で停止する。
破壊されていたように見えた街も、一部は元に戻っている。
「思ったより街は無事みたいだ。もしかして、はったりが特技?」
落下しながら、内心は心臓を跳ねさせながら、あくまで余裕だと見せつけるように嘲笑する。
心底不愉快そうに、ガランサスはそれを睨む。
「君が勝手に幻を見ていたんじゃないか?僕は知らないよ」
「幻覚魔術がどうだの、言ってたと思うけどね」
油断した矢先、ライラの蹴りが璃空を吹き飛ばす。
着地しようとすれば、足元から、先刻の狼型の魔獣が飛び出してくる。
「ごめん」
それを踏みつけて、体勢を立て直す。
「後で戻してあげるけど、今は大人しくしていて」
両手で陣を描くように空を搔くと、魔獣は時が止まったようにその場で動きを止める。
飛んできたライラの腕を掴む。
ライラは即座に身体を捻らせて、掴み返すようにして璃空を地面に叩きつける。
叩きつけられた身体が痛くて、一瞬璃空の呼吸が止まる。
「…勘弁、してよ先輩」
「正気に戻るのはあなたよ、リュック。ちゃんと騎士団に返ってきて、話をしましょう」
「誰と間違えてるの?私は騎士団員じゃないし、貴方と戦う気なんて…痛いってば!」
ライラは明らかに目が据わっていて、龍の瞳は興奮のままに輝いている。
「話すって、なにを。事情を聞いてくれるの?魔女の子を助けたいって言ったら、手伝ってくれる?」
「あなたがそうしたいって言うなら、私、考えるわ。どうしたら皆が報われるか、幸せになれるのか」
「はっきり、手伝うとは言わないんだね。じゃあ、駄目だよ」
「違うの、敵になるわけじゃないの、お願い、話を聞いてよ、ヨナ」
「―――ああ。やっぱり、駄目じゃないか」
その必死な目に、璃空の姿は見えていない。
いつか失った友人の姿が、彼女の後悔の象徴となって幻を見せている。
「私、あの日追いかけた魔女が子供だと知らなかった。貴方がその子供を守っているのだと知っていたら、一緒に考えてた。どうして相談も無しに居なくなったの、どうして私に一番に言ってくれなかったの。どうして私、あなたが苦しんでるって気が付けなかったの、どうして、どうして」
涙を流しながら、璃空の腕を掴む彼女の力が強くなっていく。
後悔の念が強まれば強まるほど、目の前の女を殺せと言う脳からの警告が強くなる。
「ねえ、ライラ。それ、って、―――か、は」
首を強く絞められて、声が出なくなる。
意識が遠のく。
「殺せ。これで君の後悔は清算される」
ガランサスの声が聞こえる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「駄目だ、まだ、まだ」
双方が苦悶に満ちた顔で、益の無い暴力と抵抗を繰り返した。
「にゃあ」
猫の声が聞こえる。
カラスが飛ぶ。
一瞬だった。
街が、冥界から流れ込んだ影の波に呑み込まれる。
咄嗟に魔道具で結界を作って身を守ったガランサスだったが、足元から引き摺り込まれるように冥界に連れ去られる。
「おい、待て、まだあの魔女がアゼリアの街に」
そう言い切るよりも先に、彼の姿は消える。
メルが作った影の壁が、璃空の身を守る。
どこからか現れた影の魔女が、ライラの腕を掴んで冥界に引き摺り込む。
「あなたは、まだ」
子供の姿に変わった影の猫が、尻尾のような長い影の鞭で璃空を空に投げる。
周囲の影の魔女が、邪魔をするなとメルを囲い込んで拘束する。
「あの子が待ってる、冥界の箱もそこにある。あの家に帰るの、早く」
メルはそう言い切ると同時に冥界に連れ去られる。
彼女の力か、璃空の身体は宙に浮いたまま、風に流されて飛んでいく。
「待って、私、まだやらないといけないことが」
そう叫びながら、身体は言う事を聞かずにどこかへと流されていく。
影の波に呑み込まれるパリの街を空高くから見下ろしながら。
どうなるかもわからないままの暗雲の中で、彼女は遥か先へと、ゆっくりと飛ばされていった。
◇ ◆ ◇
「結果的に、上手くいったが。かなり、想定とは異なる展開だったらしい」
流されて、辿り着いたのはアゼリアの街、エリアの家の目の前だった。
ガランサスから冥界の箱を奪う筈が、目標は冥界に飲み込まれて。
今、目の前にいるのは、その弟と呼ばれたニヴァリスの姿。
柔らかく地面に落とされた璃空は、疲れた様子で彼の顔を見上げる。
その気になれば頭を踏み潰されてしまうような距離まで彼は近づいてきて、璃空を見下ろす。
「…これが、必要だったのだろう」
彼が差し出したのは、片手で持てるほどの大きさの箱。
明らかにこの世のものとは思えない、異質な力を纏った冥界の箱。
璃空は、驚いた顔で、黙ってそれを見上げる。
「貴様が我が兄を殺すと思っていた。そうなれば、監視が消えて我は自由になると、そういう計画だったわけだが」
「…」
「この際、それはどちらでもいい。それにしても馬鹿げた話だが―――この箱、何処にあったと思う」
「どうでも、いい。早く、よこせ」
魔力を酷使して立てなくなった身体で、ニヴァリスの顔を睨む。
それを無視して、ニヴァリスは面白いものを見るように箱を眺める。
「我が兄が姿を消す前から、この箱は我の心臓代わりに、体内に埋め込まれていたらしい。つまり、我は自分の内にあるものを二年間も探し続けていたということだ。灯台下暗しとはいうが、まさかここまでとはな」
ニヴァリスは、今まで見せなかったような、ほんの少し人間味のある笑い方をした。
「初めて会った時に聞いたな。もう一度、聞く」
璃空を見下ろす。
「貴様はエフタか?」
璃空は答えない。
ただ、視線を外して、どう答えたものかと遠くを見る。
「違うよ」
そう答えると、ニヴァリスは面白そうに笑った。
「ああ、構わぬ。貴様は別の人間でも、その魂はそこにある」
背中を向けて、彼は「立て」と促す。
「この箱と、貴様の力と、そこの家の中にいる神の子が要る。魔女の里を再興する時だ。ガランサスではなく、エフタの意志こそ、この世界には必要だ」
璃空は、苦しそうに立ち上がる。
まだ、信用したわけではないと、ニヴァリスの背中を睨みながら。
まだ諦めるときではないと、自分の直感だけを信じて、彼の後を追った。




