かっさらう
ひとしきり泣き続けたロザリーがようやく落ち着き、話が仕切り直しになった時、メルレ工房の事務所は一部おかしなことになっていた。
まずノエルは応接席から動いていない。改めて出されたお茶をゆっくり飲んでいるだけだ。これは別に何もおかしくない。一方ノエルの向かいに腰掛けているロザリーだが、泣きはらした顔はもう一度冷やしたので、とりあえず問題ないだろう。ここまでならやはり何もおかしくない。
問題はヴェラがロザリーの膝に乗せられ、しっかりと腰を抱きかかえられて動けなくなっていることだった。これはさすがにおかしい。
もちろんヴェラは何度かジタバタと脱出を試みたが、元々非力なハーフリングが力自慢のドワーフの拘束から逃れられるはすもない。その結果、ヴェラはお気に入りの人形のごとくロザリーに捕まっていた。
「あー、その、ロザリーはん? ちょおっと相談があるんやけど」
「ローザ」
「へ?」
「アタイのことはローザでいい」
「あ、そうなんや。ほなウチのこともヴェラって呼んでな。って、そうやなくてやな」
自由を取り戻すために振るわれたヴェラの熱弁も虚しく、ローザの両手はヴェラを離さない。仕方なくヴェラはノエルに視線で助けを求めてみたが、静かに首を横に振られただけだった。肝心なところで頼りにならない男である。
「そのままで結構ですので、お話を続けてもよろしいですか?」
「いやそのままで結構やないで?」
「待たせたね。アタイは構わないよ」
「ウチは構うで?」
細かく抗議を挟むヴェラだが、ノエルにもローザにも届いていない。その蔑ろぶりにそろそろヴェラは哀しくなってきた。
「どうでしょう。バラデュール商会に来ていただけるのなら、住むところも提供した上で標準的な職人以上の給与を約束しますよ」
「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいよ。けどだめだ。親父が許すわけがない」
先ほどの一件でよほど心を許したのだろう。ローザの口調は非常に砕けたものになっていた。だがそこまで心を開いていても、ローザは首を縦に振ろうとしない。
メルレ工房に対する責任感が強い上に、父親の言う事が強い強制力を持つドワーフの風潮が影響している。帝国法においては成人後は自己決定権が優先されるのだが、育って来た環境によって刷り込まれた価値観に逆らうのは簡単ではない。
「貴方は既に成人されているのですから、どこに勤めるかについて親の許可は必要ありませんよ?」
「それはそうだけど、アタイが抜けたら工房が潰れちまう。それがわかってて辞めさせてくれるわけがねぇよ」
内心を全て吐き出したことで肩の力が抜けたのか、ただ悲しそうにロザリーが呟く。理解者が現れたことで、かえって諦める踏ん切りがついたかのようだ。
とはいえ、そこで引き下がるノエルではない。必要とあればローザを泣かせることもヴェラを抱き枕として差し出すこともいとわないのがノエルという男だ。全く自慢にはならないが。
「それなのですがね、ちょうど膝の上に抱き枕が乗っていて都合がいいので言ってしまいますが、貴女はメルレ工房を辞める必要はないんですよ。なにしろ最初から所属していないんですから」
「え? それ、どういう意味だよ?」
「ちょお待て今ウチのことなんちゅうたノエル」
ローザの疑問とヴェラの抗議に構わず、懐から一枚の書類を出して話を続けるノエル。
「これは工芸ギルドに登録されているメルレ工房の情報です。構成人員が2名で、内訳は男性2名女性0名になっています。つまり、貴女はメルレ工房の一員として登録されていないんです」
「そん、な」
「誰が抱き枕やねんコラ。てか2人とも話聞けやコラ」
衝撃的な事実に言葉を失うローザ。これはつまり、オディロンはローザを船大工として以前に部下としてすら認めていないことを意味している。この扱いはいくらなんでもあんまりではないだろうか。ついでにヴェラの扱いもあんまりではないだろうか。
「貴女がいなければメルレ工房が潰れるのは確かでしょう。ですが今のメルレ工房には本来貴女はいないんです。なら潰れているのが当たり前なんですよ。そういう決断を父君はしたんです。例え自覚がなくとも」
「けど、けど……、それでもアタイは……」
「なあ気持ちは察するけど抱き潰すんはほんま勘弁して死ぬ死ぬ死ぬ」
ローザが家族に対して抱いていた幻想が、ノエルの言葉によって崩されていく。やりきれない思いが溢れ、腕の中の何かに縋らずにはいられない。縋られたほうは背骨が軋みをあげていてそれどころではないが。
そんなローザの様子を見て、ノエルは懐から次の小道具を取り出す。
「それでもご家族を信じたいという貴女のお気持ちは素晴らしいと思います。ですが、ご家族を大切にする方法は一緒にいることだけではありませんよ?」
そう言いながらノエルは手にしたそれをテーブルに置いた。
「それは……銃?」
それが何か知っていたらしいローザの呟きを聞くと、ノエルは1つ頷いて話し始める。
「例えば、例えばの話なのですが、この銃が使用可能な状態だと仮定します。さらに、私がとても自己中心的で執念深い悪党だという仮定を加えます」
「あー、その茶番始めてまうんや。あんま気ぃ進まんのやけど」
前もっての打合せで内容を聞いていたヴェラが、呆れたように呟く。いったい何が始まるのかと、困惑するローザをよそにノエルの話は続く。
「私は先ほどの父君と弟君の態度に腹を立て、この銃を使って報復しようと言い出します。その上で貴女に向かって言うわけです。家族を守りたければ私の言いなりになれ、と。貴女は私に脅されて仕方なく、そう仕方なく連れ去られ、仕事を強要されます。もちろん逃げれば家族が危険ですし、このことを口外しても同様です」
「はぁ」
ローザは呆気にとられた様子でノエルの話を聞いている。一応内容は理解はしているようだが、その真意まではまだ掴めていない。
「その結果としてメルレ工房は潰れるかも知れませんが、それはどう考えても貴女を脅した私のせいです。貴女は何も悪くない。そもそも父君も弟君も貴女が犠牲になることで無事に済んでいるわけですから、雇われの身に変わって多少苦労する程度は大したことではありません。それもこれも全てこの悪党が悪いわけですし」
「実際全部こいつが悪いしな。ウチが保証する」
ヴェラが少し拗ねた様子で茶々を入れた。先ほどから機嫌があまり良くない。ローザの腕の中から抜け出せないことだけではなく、たった今進行している茶番にも不満があるようだ。
「ちなみに私は悪党といっても小心者の小悪党なので、貴女に無理やり口止め料を握らせて共犯者に仕立てようとします。貴女は仕事を強要される中で技術や知識を得るかも知れませんが、そうなると口止め料はさらに高額になっていくでしょう」
「まさかその……けどそんな……」
段々とローザにもノエルの言わんとすることがわかって来た。つまり、ノエルはこう言っているのだ。責任は全て自分が取るし、非難も自分が引き受けるからローザは後のことを一切気にしなくていいと。先ほどとは違う理由で、ローザの目尻に涙が溜まっていく。
「ま、今のはあくまでも例え話です。ですが貴女が3日後の夜中、日付が変わる頃に夜風に当たろうと外に出たりすれば、例え話でなくなるかも知れませんね」
「そんな夜中やと、綺麗なお姉さんを狙う人さらいが出るかもしれへんな。それまでよう考えたらええんと違う?」
ノエルとヴェラが長い例え話を実に白々しい演技で締めくくる。ローザはヴェラをようやく解放して立ち上がり、2人に向かってゆっくり頭を下げた。
「ゆっくり……考えさせてもらいます……。ありがとうございました……」
その後しばらく色々な話をしていた3人だったが、日が暮れそろそろオディロン達が戻ろうかという時間になって、ノエルとヴェラはローザに辞去を告げた。ローザには悪いが、あの2人とは用事もないのに顔を合わせたくないというのがノエルとヴェラの正直な気持ちだ。
「では修理の見積もりを受け取りに明日またうかがいます。今日のところはこれで」
「はい。明日であればいつ来ていただいても構いませんので、よろしくお願いいたします」
見送るローザの表情は晴れ晴れとしている。今後どうするのかはまだわからないが、少なくとも色々と吹っ切れたのは間違いないようだ。ヴェラはローザがより良い選択をすることを祈りながら帰路についた。
バラデュール商会までの道のりを、2人並んで歩く。メルレ工房から十分離れた頃を見計らって、ヴェラはノエルに今回の茶番について文句をつけた。
「はあ、ノエル、やってもうたなぁ」
「何がですか?」
「ローザ、あの様子やとたぶん堕ちたで」
「それは予定通りですよね?」
ヴェラのぼやきの意味を掴みかねているノエルには、乙女の複雑な心境が読めていなかった。ヴェラが問題にしているのはローザがバラデュール商会に入ることではない。その時のローザの心境が問題なのだ。
「ローザを引き入れるんにはもちろん文句はあれへんよ。けどあの茶番でローザはウチの恋敵になってもうたやんか。多分そうなる思たから気ぃ進まんかったんや」
「え?」
「他の方法やったらこうならんかった可能性もあったのに『悪いのは全て私です』とか言うてもて。ローザみたいな真面目な娘にはよう利いたやろな。ノエルやっぱりハーレム狙ってんねやろ?」
「い、いや、そんなつもりはありませんよ? というか、そんなことにはなってませんよきっと」
「んなわけあるかい。まあ3日後を見とき。間違いないさかい」
自信をもって言い切るヴェラの予言を、ノエルは否定したかった。だが少なくともヴェラはノエルより乙女心とやらを理解している。そのことは認めざるを得ない。
それでも一縷の望みをかけていたノエルだったが、3日後にローザを迎えに行った際に、ヴェラの心底呆れたような言葉を聞くことになったのであった。
「ほうれ見ろ。言わんこっちゃない」
全部ノエルが悪い。
ご評価が伸びないようですので、このお話は一旦ここで終了とさせていただきます。
現在リメイク作品を執筆中です。6月中は難しいと思いますが、次回作もお付き合いいただければ幸いです。




