たぶらかす
「では、今日の本題に入りましょうか」
事務所に戻って来たロザリーに対し、ノエルと名乗った客は奇妙なことを言い出した。
思えば最初から変な客だったのだ。片や男性だと思われる胡散臭い人間、片や可愛らしい女性のハーフリング。この時点であまり見ない組み合わせである。さらに2人とも真新しい訪問着を身につけているのはいいのだが、わざわざ意匠を合わせてあるのだ。見せつけるつもりなら他所に行って欲しいと正直思う。
持って来た依頼内容は一見まともだったが、よく聞くとメルレ工房と昔から付き合いのあるマレゴワール海運の船を売却するための整備だという。しかしマレゴワール海運に何かあったという話は聞かないし、ノエルのような人物がマレゴワール海運に関わっていたことはこれまでなかった。この時点で色々と怪しい。
とはいえそれが犯罪でない限り、客の事情など詮索すべきではない。なのでそこは呑み込んで素知らぬ顔で仕事を受けようとしたのだ。ところがマレゴワール海運と昔から付き合いのある父がノエルに事情を話せと詰め寄ってしまった。これでは久しぶりの仕事が流れてしまう。
ところがノエルは父を口先三寸で丸め込んでしまい、さっさと仕事に送り出してしまった。凄いとは思うがやはり胡散臭い。そしてその胡散臭い男が、父と弟がいなくなった途端に妙なことを言い出したのだ。警戒するなというほうが無理な話である。
「あの、重要な話でしたら親方が戻ってからにしてもらえますか?」
そもそも親方である父のいないところで本題を話すというのは明らかにおかしい。だがそんなロザリーの疑問を見越していたのか、ノエルが構わずに話を続ける。
「実は我がバラデュール商会は船大工を1人雇い入れようと考えていまして、ぜひ貴女に来ていただきたいと考えているのです」
「えっ?」
どうやら本題はメルレ工房ではなくロザリー本人にだけ関係していたようだ。ならば父がいなくてもおかしくはない。おかしくはないのだが、やっぱりおかしい。船大工として名高い父や、将来有望と言われている弟ならばわかるのだが、なぜロザリーを引き抜こうとしているのか。ノエルの意図がロザリーにはさっぱりわからなかった。
ロザリーはこのメルレ工房の長女で、今年18歳になっている。父であり親方であるオディロンは腕のいい船大工として名が通っており、ロザリーもそんな父を誇りに思い、憧れていた。
母であるジネットは近所でも評判の美人であり、父の自慢でもあった。ドワーフの価値観では男女に関係なく優れた職人を尊重する風潮がある。そしてジネットは料理と洋裁において職人並の実力を持っていた。そのためドワーフの価値観だけでなく、妻には家庭に収まっていて欲しいと考える男性の価値観から見ても評価が高かったのである。さらにその上で工房の接客や経営補助までこなしており、結果としてオディロンは妻を溺愛すると同時に依存するようになっていった。
だがそんな母はロザリーが8歳の時に亡くなってしまう。最愛の妻を亡くしたオディロンは、息子のアントナンに自身の後継となることを求め、娘のロザリーに妻の後継となることを求めた。本人の意思を確かめることもなく。
ロザリーは元々父に憧れていたため、将来は船大工になることを希望していた。ドワーフの場合は女性の職人もさほど珍しい存在ではないからだ。だがオディロンはそれを許さず、アントナンにのみ自身の技術を伝えた。そして船大工になることを諦めないロザリーに対し、徐々に辛く当たるようになったのだ。
その一方でロザリーは母のように接客や営業を担うことを求められ、その結果メルレ工房の経営状態がかなり悪化していることに気づいた。このままでは工房が潰れてしまう。ロザリーは不本意ながら職人としての成長より、接客や営業を優先することにした。
慣れない仕事にあくせくしながら、何とか工房の経営を支えるロザリー。だがそのやり方がジネットとは違ったことで、オディロンはロザリーを認めることも労うこともしようとしない。いつしかロザリーの心は徐々に擦り切れていく。
だがそれでもロザリーは船大工となることを諦めたわけではなかった。いつかきっと父もわかってくれると信じていた。いや、信じないとやっていられなかった。
今日、この時までは。
「あの、何か誤解されていませんか? 私は一人前の船大工ではありませんよ?」
ロザリーはノエルが何か勘違いをしていると判断し、事実を簡潔に説明する。だがそれに対するノエルの返答は予想だにしていないものだった。
「現時点で一人前であることは求めていません。こちらに来ていただいてから修練を積んでいただければいいですし、その為の時間も確保します。もちろん、その間もきちんとお給料は支給しますよ」
提示された破格の条件にロザリーは耳を疑った。つまり、ノエルは給料を払って見習いを育てると言っているのだ。そんなうまい話は聞いたことがない。もしそんなことがあるとすれば、何か裏の事情があるはずだ。ロザリーは真っ先に思いついた可能性を口にした。
「その、失礼ですがそれは私に誰かの愛人になれと仰っているのでしょうか」
ロザリーは母には及ばないものの、ドワーフの間で美人だと評判だ。父の元には縁談の申し込みがよく来ていると聞いている。その中にはドワーフだけでなく人間の男性からの申し出もあったはずだ。
目の前にいるノエルは一緒に来たヴェロニクというハーフリング女性と仲睦まじい雰囲気なので、ノエルが愛人を求めているわけではないだろう。ならば彼は誰かの代理として話を持って来たのではないだろうか。
そうロザリーは考えたのだが、それはヴェロニクによって即座に否定された。
「それは絶対違うから。そんなんウチが許さへんから」
「は、はあ」
何やら鬼気迫る様子のヴェロニクに、思わず後ずさるロザリー。違うのはわかったからそんなに睨まないで欲しい。
「あんまりにも都合のええ条件で疑うのは無理ないけど、ウチらは住み込みで働いてくれる口の堅い船大工が欲しいんよ」
「付け加えるなら、船大工に限らず幅広い分野に柔軟に対応してもらえる人を探しています。職人というより技術者が欲しいわけですね」
2人の説明によって、ロザリーはある程度事情を呑み込むことができた。そういうことなら、確かにこの好条件も多少は納得できる。
しかし、それでもロザリーが選ばれた理由がわからない。父は工房を構える事業主だし弟はその跡継ぎだから、この2人を引き抜けないのはわかる。だがそれなら他所の優れた職人を引き抜けば済む話ではないだろうか。あるいは、単純にメルレ工房と専属契約を結ぶという方法もある。今のメルレ工房なら安く契約できてしまうだろう。
「その、なぜ私なのでしょうか。他の人でなく私を選んだ理由がわかりません」
ロザリーの問いかけに対して返ってきたノエルの返答は、またしても完全に予想外のものだった。
「簡単に言えば、貴女が頭の良い方だからです」
「え?」
「工芸ギルドの記録を見れば、貴女が成人した前後でメルレ工房の経営状況が改善し始めたことは明白です。この工房を技術以外の面で支えているのは間違いなく貴女だ。我々はその明晰な頭脳を持った技術者が欲しいわけです」
「え、ええ?」
「また、先ほど相手の秘密に不用意に触れないという気遣いをきちんとされていらしたでしょう? 我々の元で得た秘密を不用意に漏らされては困りますので、情報管理の重要性を理解されていることも条件の1つなのです。父君や弟君では、この辺りに期待はできないでしょう」
「それは……そうかも知れません」
身内ながら情けない話だが、父も弟も口が軽い。酒が入ると特に軽くなる。それで取引先からの信用を失ったこともあるのだが、一向に改善される気配がない。これでは確かに父も弟も不適格と言われるわけである。
「まだお若いドワーフであることや、父君と母君の経歴を考えれば、技術はこれから修練すればいくらでも伸ばせるでしょう。ですので今の時点で優れた職人であることは重要ではありません。我々からすれば父君や弟君より、貴女のほうがずっと価値があるのです。ご納得いただけましたか?」
「あ……」
ノエルの言葉を理解するにつれ、ロザリーの心の奥底から何かがせり上がってくる。それはロザリーがずっと求めていたモノで、ついに父からは与えられなかったモノだった。
「あ、アタイ……」
ロザリーの見開いた目から、熱い雫が止めどなく流れる。けれどそれを拭うことすら思いつかない。
「アタイ……ずっと……親父に認めてもらいたくて……」
そこでロザリーは自分が客をもてなす立場だと思い出したのだろう。口から零れだす思いを呑み込もうと、言葉を止める。止めた、はずなのに。
「ええんよ。全部吐き出してまい。ウチが全部聞くさかい」
客であるはずのヴェロニクに優しく促されると、もう止めることなどできなかった。
「親父はアタイが船大工になるのに反対で……、アントナンにばかり期待して……」
ヴェロニクがロザリーの隣に腰掛け、まるで幼子にするようにそっと涙をぬぐう。ロザリーはされるがままで、ただ心のつかえを吐き出し続ける。
「そのうち工房がヤバいことに気がついて……、あちこち走り回って必死に仕事をもらって……、でも頑張れば頑張るほど自分が職人じゃなくなってる気がして……」
いつの間にかロザリーの身体をヴェロニクが優しく包んでいる。背中に回された手がロザリーの心を宥めるようにそっと叩く。
「それでもアタイ、頑張ったのに……、誰も認めてくれなくて……、このままずっと、ずっとこのままなのかって、思ってて……、でも、でも!」
「ええんよ。ロザリーはんはいっぱい頑張ったんや。ウチにはようわかる。だから、遠慮なんかせんでええねんで」
「う、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
魂の底から絞り出したような慟哭が、ロザリーの口からほとばしる。自分より小さなヴェロニクの身体に縋りつきながら、ロザリーはしばらくの間ひたすらに泣き続けた。
泣ーかした、泣ーかした。よってたかって泣ーかした。
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