灰色の絵画
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ご注意ください。
迎え入れたダルヴィン様が突然黙ってしまったことに疑問を感じつつ、改めてお礼を伝えようと振り返る。
ドアの前には宿の主人、たった今カウポルスと紹介された男性が見覚えのある大司教のローブ姿で立っていました。
思わず口もとに手を寄せる。
先ほどまでは見るからに宿屋の主人といった服装だったのですが、なぜわざわざ着替えて現れたのでしょうか。
「おやっさん……?」
「ダルヴィン、改めてこの方を助けてくれてありがとう」
カウポルス大司教様はダルヴィン様に向かって、深々と頭を下げる。
なるほど、わざわざ着替えたのは大司教として謝辞を伝えたかったからでしょう。
「えっと、いまいち状況がつかめないんだが」
「ダルヴィン様、私からも改めてお礼を伝えさせていただきます」
「と、いうと?」
「聖女様は私を訪ねてこられたのですよ」
なるほど、簡単な治癒術が使えるだけにしては手際が良かったはずです。
大司教になるまでにいったいどれほどの治療を行ってきたのでしょう。
もちろんそれだけではないでしょうが。
「聖女様がおやっさんを……?」
「ええ、言いふらすものでもないですから黙っておりましたが、こう見えてサクア教団の大司教を務めていたこともありまして」
ダルヴィン様に照れくさそうに弁明している大司教様に改めて向き直る。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。お初にお目にかかります、サクア教団聖女、トリーテ・ガピ・ガナムです」
「こちらこそ、名乗らずにすみませんでした。ヒーロの赤屋根店主、カウポルス・ヒーロです。また、以前はサクア教団にて大司教を務めておりました」
私の挨拶に対し、宿屋の店主を名乗りながらきれいな教団式のお辞儀が返ってきました。
なぜこれほどの人が教団から去ってしまったのでしょうか。
「早速ではございますが、私どものお願いを聞いていただけますでしょうか」
「ええ、ぜひ聞きたいところですが、今日はもう遅い。明日、改めてお伺いしましょう」
「……分かりました」
「さて、話が早いかとこの格好できましたが、これでは食器が運べませんね」
大司教様は食べ終えた3人分の食器を困ったように見ている。
「分かったよ。運べばいいんだろ」
「おお、それは助かるよ」
大司教様の姿のまま、先ほどの調子でダルヴィン様に返す。
今日のところはお話はおしまいということでしょう。
「水も追加したほうがいいだろう。水差しも持ってきてくれるかい」
「はいはい」
ダルヴィン様は慣れた手つきで食器と水差しを持つと大司教様について部屋から出て行ってしまいました。
明日、どのようなお話になるかは分かりませんが、今は体を休めるとしましょう。
「サクア様の御心のままに」
不安を振り払うように祈りの言葉を夜空に投げかけ、ペルティを起こさないようにベッドにもぐりこみました。
おやっさんの後に続いて階段を下りる。
ジャラジャラという音はいつも通りだが、服装の違和感がすごい。
「で、これはどういうことなんだ」
「いやー、こうなるとは思っていなかったよ」
「じゃあ、どうなると思ってたんだよ」
「いやね、古巣が何やらきな臭いことになっているって聞いたもんだから伝手を頼っていざってときは私を訪ねてくるように伝えていたのさ」
「それで、おやっさんの勧めで向かった温泉で、たまたま聖女様とかち合ったってのはどうゆうことだって聞いてんだよ」
今回のことは偶然が重なるにしてはでき過ぎている。
そのうえで絵を描けそうなやつがここにいて、道具もあるって自白した。
これで私は関与していませんなんてことはないだろう。
「信じてもらえないかもしれないがそこは本当に偶然なんだ」
「効果のありそうな温泉を教えるふりして効果のない温泉巡りさせて、時期を待ってあの温泉に向かわせたんじゃないのか」
「そうだね、時期を待っていたのは本当さ。続きは部屋の中で話そう」
ひとまず食器を持ってついてきたが、ついた先は食堂ではなく私室の前。
内緒話ってところか。
「話は終わりじゃなかったのか」
「聖女様との話はね。君とも話があるだけさ」
「そうかよ」
きな臭さは増してきてるが、付いていくって決めた後だ。
毒を食らわば皿まで。
勧められるままに椅子に座り、テーブルの空いてるスペースに器と水差しを置く。
「それで、どんな絵を描いてたんだ」
「ああ、君をここにとどめたのは聖女様を待っていたというのは本当だ」
「なんでだ」
「理由は2つ。君の怪我を何とかできるとすれば聖女様を置いてほかにいない。そして怪我が治ったら戦力として手を貸して欲しいと願っていた」
「なるほどな。じゃあなんであんな温泉を紹介したんだ」
「いや、それは苦し紛れだったというか」
「苦し紛れ?」
「ああ、いくらフォンディーといえど怪我に効く温泉がそういくつもあると思うかい?」
思い返せば、自分で調べた時も怪我に効くと謳っている温泉は美容や病気に効くとされる温泉よりかなり少なかったように思う。
というか最近浸かった温泉はそこまで怪我に直接かかわりある効能じゃなかった気もする。
「君ときたら1度浸かって効果がなかったら次の温泉を探し出すもんだからおすすめする温泉を探し出すのが大変だったんだから」
「そういうもんじゃないのか」
怪我に効く治癒術やポーションはすぐに効果を発揮する。
当然温泉もそうだと思ってたんだが。
おやっさんはあきれたようにため息を吐いた。
「普通は1週間くらい毎日浸かって効果を確認するものなんだよ」
「あー、そういえばそんなことも言われた気もするな」
「まったく。君というやつは」
「それで、何かいいことが起こるかもしれない、なんて温泉まで紹介する羽目になったのか」
「ああ、結果として聖女様を救うことにつながった。ありがとう」
再び、おやっさんが頭を下げる。
こう、何度もお偉いさんに頭を下げられるとむず痒い。
「俺としては足を治してもらったし、もう顔を上げてくれ」
「いや、まだ頼みがある」
「頼み……?」
おやっさんはテーブルに顔を向けたまま言葉をつづけた。
「どうか聖女様の旅に付いていってほしい」
頼まれたのは、先ほど聖女様と交わした約束そのものだった。
「それについてはもう聖女様と契約済みだ」
「何……?」
「聖女様を守れる奴のところまで連れていく、そう約束をした」
「相変わらず行動が早いな」
「何事も早いほうがいいだろ」
「それもそうか」
おやっさんは顔を上げ、そのまま背もたれにもたれかかる。
「詳しい話は明日しよう。今新しい水差しを用意するから持って戻ってもらえるかい」
「あいよ」
「私は簡易ベッドを持っていくとしよう」
「いや、なるべく音を立てたくない。俺は毛布でいいさ」
「いいのかい?」
「こういう時に気を遣うのができる男ってもんだろ」
「違いない」
新しく水を入れてもらった水差しを持ち、音を立てないように部屋へと戻る。
いつもの服装に着替えたおやっさんからドアの前で毛布を受け取ると、念のため閂を下ろす。
固い床ではあったが、疲れもあり、毛布に包まるとほどなくして眠りに落ちた。




