救いの手を差し伸べる水色
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ご注意ください。
窓が少ないせいか、昼間でも薄暗い小屋の中で水気をぬぐい、衣服を身に着ける。
着慣れた軽鎧をいそいそと装備し、腰に剣を帯びる。
急いだとはいえ、それなりに時間が経ってしまっている。
もしかしたら逃げるかもしれない。
そんな想像もしていたのだが、水色と金色はその場に留まってくれていた。
「逃げなかったんだな」
「私はこのまま立ち去ろうと申し上げていたのですが……」
あきれたような俺の声に、苦虫をかみつぶしたような声で金色が答える。
「ペルティ!」
「分かっていますよ。トリーテ様」
「ずいぶんと礼儀がいいじゃねえか」
予想通りというべきか。
金色、ペルティと呼ばれたほうが従者、水色、トリーテと呼ばれたほうが主人ってことのようだ。
……にしてもトリーテか。
「恩人に報いることなく去るなど、教会の聖女たるものあってはならないことです」
記憶をたどる前に答えを言われてしまった。
「事実です」
思わずペルティとやらに目配せしてしまったが、どうやらなかなかの世間知らずらしい。
「さて、申し遅れました。改めて名乗らせていただきます」
スカート姿ではないが、器用にベストの端をつまんで、大層優雅なしぐさで一礼。
「サクア教団聖女、トリーテ・ガピ・ガナムです」
あきれたようにため息を吐きつつペルティも続く。
「サクア教団聖女近侍、ペルティ・ティオ」
期待のまなざしと刺すような視線が突き刺さる。
あまり関わり合いになりたくないが、観念するしかなさそうだ。
「元グラド=ヴラトナ所属の傭兵、ダルヴィン・コルシュクだ」
「元……?」
分かりそうなものだが、箱入り娘には察せないようだ。
「ああ、ちょっと脚をやっちまってな……魔術ならいいがもう剣での戦いは難しい」
「では、それを対価とさせていただけませんか」
「っ! トリーテ様!」
今、何と言ったか。
「するってえと、何か。聖女様がこの脚を治してくれるってのかい」
「私はあなたに命を救われました。その対価が脚では釣り合わないかもしれませんが」
聞き間違いではなかったようだ。
確かに、風のうわさで聖女様の治癒術はすさまじいと聞いたことがある。
曰く、盲目となった少年の光を取り戻した。
曰く、寝たきりのご令嬢が1日で立ち上がって踊りだした。
曰く、毒に侵されたどこぞの国王が回復し国家転覆を狙う国賊を退けた。
などなど、逸話には事欠かない。
「その聖女様の逸話の1つに俺もなるってことか」
「逸話……?」
「いや、こっちの話だ」
「お待ちください。トリーテ様のお力はみだりに使ってはならないものです」
「ペルティ、そもそも私の癒しは分け隔てなくすべての隣人に配られるべきもの。教皇が定めた戒律に従う必要などないのです」
「……分かりました」
断固として譲らない様子の聖女様に、ペルティも顔を伏せて押し黙る。
「俺としては治ると非常にありがたいんだが、本当にいいのか」
「ええ、絶対に治します」
「……頼む」
「では脚を見せてください」
地べたにどかりと座り込みブーツを脱ぐ。
俺は見慣れたが、痛々しい傷跡が露になった。
「これは……。なるほど、止血のためポーションを使ったんですね」
「分かるのか?」
「はい。これでしたら荒療治になりますが」
「荒療治ってどういうことだ」
「こういうことです」
かわいい声とは裏腹に、聖女様が足首に手をかざした瞬間、突き刺すような痛みとともに傷口が内側から開いた。
「ぐうぅ! 何を……」
「少しの辛抱です」
まるでやすりで削られているような痛みと不快感。
耳に響くような甲高い研磨音が聞こえてくるようだ。
全身から汗と涙が噴き出て止まらない。
歯を食いしばり、のたうち回っていると、永遠にも思えた苦痛が、徐々になくなっていく。
「はい、治療は完了です」
温泉に入ったばかりだというのに、いやな汗で全身がべとついている。
呼吸を整え、額の汗を拭ってから恐る恐る足首に目を向けた。
そこには、傷跡すらなくなった脚があった。
「はは、動かせる」
「違和感はないですか?」
自分の意志で足が動かせる。
これがこんなに感動できることだったとは。
「ああ、いつも通りだ。この1か月が噓みたいに……」
「ちゃんと治っているか見せてもらいますね」
聖女様はするりと足首の周りに触れ、伸ばし、曲げる。
一通り調べた後よしとうなずいた。
「もう大丈夫でしょう」
「ありがとう、恩に着る」
「いえ、お互い様ですよ」
聖女が満足げにうなずいていると、後ろで見ていた金色が近づいてくる。
「終わりましたか」
「はい。それでは行きましょうか」
足首を伸ばしたり曲げたりしていちいち感動している俺をよそに2人はそそくさと移動を開始する。
「そこのあなた。もう会うことはないでしょう。感謝をするのであれば教会へ寄付をするか、あるいは聖女様のお力を風に乗せて広めなさい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「それでは、ダルヴィン様、ごきげんよう」
最後に、優雅な一礼を残し恩は返したといわんばかりにやり切った顔で去っていく聖女様と無関心な金色。
なるほど、何かいいことが起こるかもしれない温泉というのはあながち間違いじゃないのかもしれない。
「さて、久々の実戦としては悪くないか」
先ほどとは違い、統率のとれた足音が森の奥から聞こえてくる。
数は推定6人、先ほどの倍だ。
さっきの奴らと同じぐらいなら問題ないが、足音に交じって金属のすれる音もかすかに聞こえてくる。
ほどなくして全身鎧に身を包んだ騎士らしき一団が姿を現した。
「さっきのが斥候部隊で今度のは討伐部隊ってところか」
「……その口ぶり、あいつらをやったのはお前か」
「そうだと言ったら」
「聖女と近侍がどこに行ったか教えてくれたら不問としよう」
出てきた人数は4人。
「ここは湯治場だ。湯に浸かったら当然街に戻るんじゃないか」
「そうかもしれんな」
おもむろに剣を抜き放つ。
ギインッ!
背後から斬りかかってきた騎士と切り結んだ。
「ちいっ!」
「甘いよ」
もう1人も機をうかがっているのだろう。
ちんたらはしていられない。
「かかれ!」
力任せに押し込んでくる騎士の力をするりと後ろに流し、比較的大きな木の前に陣取った。
「地の利を得たりってね」
さて背後からの奇襲はこれで大丈夫だろう。
「ティアンの仇!」
さっきの連中のどなたかは分からないが知った仲のようだ。
「あんたも送ってやるよ」
地の利を得たからと言って足を止めたわけではない。
ゆらゆらと揺れ動きながら、地面をすべるようにして剣をかわし片手で掬い上げるように相手の脇腹を薙いだ。
ギインッ!
鎧に阻まれるが、剣が通った軌跡に炎が走る。
『アフターバーナー』剣の速度と威力を上げ、おまけに炎の追撃を加える得意魔術。
俺の代名詞だ。
「ぐうああ!」
鎧の手入れには油を使う。
拭き取ったぐらいでなくなるものではない。
そして、鎧の内側はたいてい布だ。
金属は燃えないが布なら燃える。
「次、蒸し焼きになりたいのはどいつだ」
獰猛に笑って見せる。
さて、残り5人。
多勢に無勢は変わらず。
残りの魔力も半分といったところ。
どうしたものかな。




