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16話 使い魔

「──ください、起きてください。月影ましろ」

「……ここは?」


 ましろは誰かの声に呼ばれ、まだ熱が籠る身体を起こす。樹木の檻の中。来夢、鴉、近衛が倒れたまま気絶している。

 スマホを落とした拍子からか、配信も途切れているようだ。

 少し離れた場所には鵜久森、綺羅々、林檎、榴姫が居る檻もある。

 自分が眠りについた後、一体何が起きたのだろうか。


「ふふ……。気分はどうですか?」


 頭には山羊のような2本の角。長い銀髪、黒い羽根を生やした女性が、玉座のような形を成した樹々に腰掛けて、こちらの様子を見ている。


「まだちょっと、ふらふらするけど……」

「魔力はどうですか?」

「魔力って……?」


 女性に言われ、ましろは自分の中に流れている魔力の変化に初めて気付いた。


「魔力が馴染んだ、ということは準備が整ったということ」

「準備って、何の話だい?」

「勿論、貴方を我が使い魔にする準備です」

「使い魔?」

「はい。奉仕種族の他に、人間の使い魔が欲しくなりまして。今、こちらではちょっとしたブームなんですよ。人間を使い魔にすることが。ただ、なんの取り柄もない人間を使い魔にしてもなんの面白みもないので、我々は異能を使う物語ソネットハンターに狙いを定めています」

「……みんなをどうする気だい?」

「そうですね。使い魔は幾ら居ても良い……貴方のように落とし子たちに噛ませて、魔力に私の力を馴染ませましょうか。最も、適性がないと死んでしまうかもしれませんが」


 クスクスと銀髪の女性は楽しそうに笑う。


「……そうせずに、どうしてボクを起こしたんだい?」

「それは、貴方がこれからどうするのかが見たかったからです。この絶望的な状況で、どういう選択肢を取るのか……」

「ボクが、キミに従うとでも?」


 ましろは落ち着いた様子で鞄のポケットからマドラーを取り出して構える。

 魔力の流れが今までとは違う。しかし自然と放たれる言葉が頭に浮かんだ。


黒炎ノワール


 マドラーの先のスペルカードから黒い炎が舞い上がった。黒炎は樹木の檻を包み込んで焼き払う。身体が地に落ちた衝撃でみんなが目を覚ました。


「あらあら。皆さん、お目覚めのようで」


 銀髪の女性は慌てた様子もなく、足を組んでただ目の前で起きている状況を見つめている。


 :シュブ=ニグラスだ!!

 :なんて?

 :豊穣の女神!!千の仔を孕みし森の黒山羊!!


「シュブ=ニグラス?」


 起きたばかりだというのに、配信をすぐに再開させた近衛が、有識者のコメントを拾い上げた。


「如何にも。私は千の仔を孕みし森の黒山羊、シュブ=ニグラスです。長いのでグラスでいいですよ」


 グラスは玉座の上でにこりと微笑む。


 :クトゥルフの中でも、人類に友好的な神!!信徒は恩恵を貰えます!!


「人類に友好的で恩恵を貰えるだって!?」

「まさか、この黒炎の力が恩恵ってこと?ボクは信徒じゃないんだけどなぁ」

「ふふ。私の仔に白いお菓子をくれたじゃありませんか。貴方は立派な信徒ですよ」

「少年が信徒ってこたぁ、おにぎりあげた俺も信徒ってことでいい?別嬪さん、何か俺にもすごい力授けてくれよー!!」

「こ、近衛さん……」


 お願いしますと頭を下げる近衛のマイペース加減にましろは一歩引いた。グラスは近衛を一瞥し、困ったように息を吐いた。


「先程も言いましたが、適性がないところっと死にますよ。特に魔力のない者は」


 :おじさん、異能は諦めろ

 :死んだら異世界転生するかもよ?

 :痛い思いするならやめといた方がいいやつ


「ダンジョンで迷子になっていた私の1番小さな仔を、ここまで送り届けてくれたことには礼を言いますが……」

「キキー!!」

「タマ!!」


 近衛の側から離れたタマは、グラスの居る玉座の上でのんびりと頭らしき箇所を撫でられている。


「……オレたちが仔を斬っていたにもかかわらず、やけに冷静だな」

「ええ。斬られただけで死んだ仔はひとりもいませんからね」

「ちっ。猫の国と同じく復活するのか?斬ってもキリがないぞ」

「ふふ。月影ましろの黒炎をもってすれば、仔を消し去ることも可能でしょうが」

「……ボクは無益な戦いはしないよ」

『無益じゃないよ!クトゥルフの物語ソネットの中枢核を倒したら豪華すぎるスイーツがーーむぎゅ』


 余計なお喋りをするラプスを、ましろはゆるく踏み付ける。


「人類に友好的なら、このダンジョンを元に戻してくれないかな?大変なことになってるんだ」

「ええ。いいですよ」

「って!!ここまでやっといて流石に引き下がりが早いんじゃないかなぁ!?」


 あっさりとましろの要求を呑むグラスに、鵜久森がツッコミを入れた。


「ふふ。今回、私はサバトにより降臨した身……。生憎と召喚者はさっさと区域外から逃げ出しています」

「召喚者?一体誰だいそれは」

「探偵、なのでしょう?それは自分で見つけてくださいな」


 グラスは玉座から降りると、背伸びをして立ち上がる。


「久々に呼ばれて羽根が伸ばせました。我々は御暇しますが、後始末は任せましたよ」

「うーん、樹々は無くなるけど、壊れたものはそのままってことかな?」

「天変地異でも起きたことで片付けられるのでしょう?」

「痛いところ突くなぁ」

「じゃあ、そういうことで。また会える日を楽しみにしていますよ」


 パチンとグラスが指を鳴らすと、千の仔と思わしき樹々たちが一斉に引き始める。空間に穴が空き、樹々たちが吸い込まれていった。


 :な、なんだったんだ一体?

 :戦わずして勝った?のか……?

 :友好的な心の広い方で良かったですね


「……一体誰なんだ?コレを召喚した人騒がせなヤツは」

「サバトと言ってましたから、複数人居ることは間違いありませんが……」


 鴉と来夢がそれぞれ思考を巡らす。


「──まぁ、いいんじゃないかな。今回もなんとかなったし」

「戦闘になってたら、僕たち負けてたよ、絶対」

「戦闘を回避出来たのも運のうち、でしょ!」

「はぁ。全く、人騒がせったりゃありゃしねー」

「これにて一件落着、ですね!」

『仕方ないなぁ。残滓だけでも回収するよ!これで僕のアップデートが出来る筈だ!』



 ◇◇◇



 人騒がせなダンジョンが突如消失したことにより、御伽街の人々は平穏を取り戻した。破壊された部分を元に戻すには、年月がかかりそうだが、一通りはなんとかなりそうだ。

 ラプスの粒子回収により、今回の記憶が消失した人々は一斉に目を覚ますだろう。


「ふぅ。ここでいいかな」


 気を失った近衛を運んでいた鵜久森が、御伽公園のベンチに近衛を下ろす。鴉が担いでいた近衛の荷物を添えた。


「全く。配信で魔法少女などと騒がれるのにはもうこりごりですわ」

「配信だなんだと厄介な。出来ればこのおっさんには2度と会いたくないんだが」

「あはは……。近衛さんが巻き込まれ体質なのか、事件が近衛さんを好んでやってくるのかがわからないね」


 ましろは困ったように肩を竦める。


「さぁて。ボク達も帰ろうか。夕飯も一緒にどう?」

「いるいるー。ゴチになりまーす」

「おい、榴姫!」

「何?鴉もどうせ腹空かしてるだろ?」

「腹は空いては、いるが……!ちっ」


 仕方ない、といった流れで、鴉が先頭を切りスタスタとアーバン・レジェンドのある方角へ向かう。夕飯の支度をするのは僕なんだけどな、と鵜久森がぼやいて後を追った。バラバラと、他のメンバーも公園を後にする。


(近衛さん……。危険に巻き込まれるなら、いっそのこと、何か異能に目覚めてくれれば……)


 ベンチで眠る近衛を心配しながら、ましろも公園を後にした。


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