第1話
神暦3,173年3月
ロアー・リブ市を訪れていた私とクーは、たまたま立ち寄った武器屋において、思いがけずに私の故郷の剣である「刀」と出会った。
その刀「壱式」を、成人祝いとしてクーに贈った後、夕食の食材を買うため市場を歩いていた時、クーに声を掛けて来た者がいた。
クーに声を掛けた人物とは、幼い頃にクーと姉妹の様に育ったと言う、ウルスス一族の娘「マイア」だった。
今は、そのマイアと共に、私たちがロアー・リブ市において滞在する家に到着したところだ。
「マイア、そこに掛けて待っていてもらえる? すぐに夕食を作っちゃうから。」
「ああ、分かったゾ。」
私は、料理の準備のため台所に向かうクーを追いかけて、小声で話しかける。
「ちょっと、クー?」
「何?」
「あの娘が変な動きをしたら・・・」
「大丈夫だよ。 ご飯作る間、ツキ姉はマイアの相手をしていてもらえますか?」
「うん。 まあ、目を離さない方が良いからね。 私が見ているわ。」
「うん、お願い。 でも、くれぐれも手は出さないでね?」
「まあ、彼女次第だけどね。」
「ツキさ~ん。 クーニャの小さい時の話を聞きたくないですか?」
「え? ええ、是非聞かせてもらえるかしら。 今行くわね。」
「ツキ姉、お願いしますよ?」
「う、うん・・・」
私は居間に向かうと、食事用のテーブルに掛けるマイアの向かいに座り、クーの料理が完成するまで、マイアと2人で話をする。
余談だが、マイアにも「ルーナ」に似ているって話をされたから、やっぱり私は月神ルーナの血を持っているんだと、改めて思った。
話をしている内に分かったが、マイアは本当にウルスス家がクーの実家であるティグリス家を手に掛けたことを知らない様だった。
マイアの実家は、ウルスス本家に繋がる血筋ではあるものの、傍系で、現ウルスス当主「ブレイズ=ウルスス」からは、少し離れた親戚ということになるらしい。
なんでも、現当主の祖母の妹がマイアの曾祖母に当たるとか・・・
「お待たせマイア。 ツキ姉もマイアのお相手ありがとう。」
クーが夕食を皆の前に運んでくれた。
今までは、大皿で提供されることが多かったが、今日は、各人別にお皿が別れて提供された。
メインは、野菜を添えたお肉料理。 野菜のスープに、軽く炙って柔らかくしたパン。 そして、果実酒だ。
「そうか、クーニャももう成人したんだったな。 クーニャは、お酒は飲めるのか?」
「ううん。 実は、今日が初めてなんだ。 マイアは?」
「私は、結構飲めるんだゾ。」
「そうなんだ。 やっぱりマイアは、いつも私の先を行くんだね。」
「そうか? せっかくだから、早くクーニャの料理を食べさせて欲しいゾ。」
「じゃあ、乾杯しようか。 クーの成人と、マイアとの再会を祝して・・・」
「「「乾杯っ!」」」
それからしばらくは、クーの料理を堪能しつつ、クーとマイアの昔話を聞いていた。
クーは、少ししかお酒を飲んでいなかったけど、顔は少し赤くなっていた。 あんまり、お酒は強くないのかもしれない。
そして、食事が食べ終わる頃・・・
「マイアは、私の家族が事故で死んじゃったって聞いていたんだよね?」
「そうだゾ。 私は、クーニャもご家族と一緒に事故で亡くなったって聞いたんだゾ。」
「そうなんだね・・・」
「違うのか?」
「・・・うん。」
「どう違うんだ? まあ、クーニャが生きているって所はすでに違うんだけど。」
「これから話すことは、出来たら・・・いえ、絶対にマイアの中だけに留めておいて欲しいんだ。」
「どうしてだ? お父様だって、クーニャが生きていると知ったら喜ぶと思うゾ?」
「それはどうだろう? マイア、誰にも・・・ブライアンおじさんにも話さないって約束してくれる?」
「・・・よし、分かった。 約束するゾ。」
「ありがとう。」
「何を話すって言うんだ? 私とクーニャ、姉妹だけ・・・っと、ツキさんもか。 3人だけの秘密なんだゾ。」
「これから話すことは、多分、マイアにとっては、信じられない事だと思うし、証拠は何も提示できないんだけど・・・」
「分かったゾ。 話しておくれ。 信じるかどうかは、私が決めていいんだろう?」
「うん。 それじゃあ、話すね・・・」
そしてクーは、4年前に起こった、クー自身の誘拐事件から続く、犯罪組織「ブルグマンシア」に関する話と、第7国で起こった「ティグリス家」と「ウルスス家」との因縁の話を、マイアに語って聞かせた。
私は、クーの話を遮らずに黙って聞いていたが、クーは冷静に淡々と、自分が見聞きしてきたことだけをマイアに伝えていた。
マイアも、黙ってクーの話を聞いていたが、話が進む中で相当混乱はしていたようだった。
それは、彼女の表情の移り変わりを見ていた私には、よく感じられた。
「以上が、私に起こった話と、私が知っている限りのティグリス家とウルスス家との話だよ。」
「・・・・・」
「マイアにとっては、到底信じられない話だと思うし、ほとんどは信じて貰えないっていうのも分かってる。 でも、少なくとも私自身に起こったことは、私の実体験だから。」
「クーニャ・・・」
「マイア・・・」
「クーニャ、私は・・・姉妹であるお前が、私に嘘を言っているなんて思いたくはない・・・だけど、お父様や他の親族たちが、私を騙しているなんて思えないんだゾ。」
「それはそうだと思うよ。 今私が話したことは、信じなくても、忘れて貰っても良い。 むしろ、忘れて貰った方がマイアにとっても良い事だと思うよ。」
「クーニャ・・・」
「私は、ウルスス家に対してどうこうしようって気持ちはないんだ。 ただ、もしも私や仲間たちに危害が及びそうになったら・・・多分、戦っちゃうかもしれない。 だから、私のことはウルスス家の人だけじゃなく、誰にも話さないで欲しいんだ。 クリスターニャ=ティグリスは、もう死んだのだから。」
「クーニャ・・・」
顔を上げたマイアの瞳には、涙が溜まっていた。 その涙が溢れだす前に、マイアは目を何度も擦っていた。 まるで、涙を流してはいけないかのように。
「マイアさん?」
「?」
「クーの言ったとおり、今の話は忘れた方が良いわ。 今のクーの事を分かってもらうために必要な話だったから、クーも仕方なく話しただけなんだから。」
「ツキさん・・・」
「正直言って、私はあなたと言うリスクを負う必要は無いって・・・最初はあなたを消してしまおうかって思っていたのよ。 だけど、やさしいクーがそんなこと望むわけが無いでしょう? だから、クーのことは忘れなさい。 それが、あなたにとっても、クーにとっても最善よ。」
「・・・・・」
「さっきクーは、ウルスス家が手を出してこない限りは、何もしないって話したわよね?」
「はい。」
「もしも、クーに手を出したら、クーが止めても私はウルスス家を潰すわ。 もちろん、それを引き起こしたあなたも含めてね。」
「・・・分かったゾ。 最初に約束したとおり、クーニャが生きていたことは、誰にも話さないんだゾ。 だけど・・・」
「だけど、何よ?」
「ウルスス家が・・・ブレイズおじさまが、ティグリス家を手に掛けたって件については、自分でも確認しないと納得いかないんだゾ。」
「それは、あなたの勝手だけど、そんな事・・・下手をしたらあなたまで目を付けられて・・・最悪、消されるかもしれないわよ?」
「いや、そんな事は無かったって証明したいんだゾ。 少なくとも、ギデオン父さまやユージェニー母さまを、ウルスス家が殺したなんてことはないって、クーニャに分かってもらうためにも必要なことなんだゾ。」
「マイア・・・」
「でも、あなたとクーは、もう会うことはないわよ?」
「それでもだゾ。 例え、クーニャに直接伝えられなくたって、真実は違うんだって・・・それを、私が証明してやるんだゾ。」
「ふぅ・・・お勧めはしないけど、あなたの好きにすればいいわ。 だけど、その行動によって、クーの事が・・・」
「絶対にそうならないようにするゾ。」
「そう。 まあ、私としては、ウルススがクーを狙う事になるのなら、家ごと潰すだけだわ。」
「マイア。 自分が納得できないから、自分の目で確認したいっていう気持ちは分かるよ。 でも、それはかなり危ないことだって覚えておいてね。 そして・・・ツキ姉は、やるって言ったら、私が止めてもやると思うから・・・」
「そ、そうか・・・ルーナさまに激似のツキさんだものな。 女神さまが本気を出したら、ウルスス家なんて簡単に滅ぼされるかもしれないんだゾ。」
「そうだよ、マイア。 ツキ姉は、私の女神さまなんだから。」
「戻ったぜー。」
玄関から、声がする。
「ゲオルグさんだ!!」
「おお、クー。 今戻ったぜ。 ケーキを買って来たから、一緒に食おうぜ・・・って、お客さんか?」
「どうも、お邪魔しているゾ。」
「ようこそ、カメリアの知り合いかい? ・・・っておい、熊獣人か!?」
「ゲオルグさん・・・」
「おい、クー!? カメリアも!!」
「ちょっと、落ち着きなさいゲオルグ。」
「ゲオルグさん、彼女は、私の古い知人・・・いえ、姉妹のようなものです。」
「んなこと・・・」
「ゲオルグ、ちょっと来なさい。」
私は、ゲオルグを玄関に引っ張って行き、簡単に事情を説明した。
話を聞いたゲオルグは、呆れたような顔をしていたけれど・・・
「そうかよ。 ま、話は分かったけど、大丈夫なのかよ?」
「うーん。 分からないけど、多分平気じゃないかしら?」
「お前らしくねぇな。」
「ま、これでウルススが動くのなら潰すまでよ。 いつ襲ってくるのか分からないよりも、さっさと動いてくれるのなら、ある意味好都合だわ。」
「あ・・・やっぱり、お前らしいな。」
「ゲオルグさん、せっかくなのでケーキをみんなで食べましょうよ。」
「お、おう。 そうだな。 クーの成人祝いだしな。」
「私たち、夕食は済ませちゃったのよ。」
「いいじゃないか。 ケーキは別腹ってヤツなんだろ? 女って。」
「まあ、そうなんだけどね。」
「明日は、外で誕生祝いをやろうぜ。 もちろん、俺の奢りだぜ。」
「クーニャの成人祝いか・・・私も同席したいんだゾ。」
「「「え!?」」」
「ダメなのか?」
「あなた・・・意外に度胸あるのね。」
「私は、ウルススに連なるものだゾ。 度胸はあるに決まっているゾ。」
「しかしなぁ・・・カメリア?」
「クーはどうしたいの?」
「今日で最後だと思っていましたけど、皆さんが許してくれるのなら、明日、もう一度だけマイアと一緒に食事したいです。」
「そう。 じゃあ4人分払ってよね、ゲオルグ。」
「本当にお前らの神経って分かんねぇな。 凡人には理解できねぇよ。」
「すみません、ゲオルグさん。」
「私の分もお願いするんだゾ。 ゲオルグさん。」
「・・・分かったよ。」
その後は、4人でゲオルグの買って来たケーキをいただき・・・なんと! マイアはそのままエルザの伝手の家に一泊し、翌日も朝食、昼食も一緒に食べ、クーの成人祝いの夕食まで・・・結局、丸々1日半近く一緒にいた。
クーからティグリス家の因縁話を聞いてなお・・・豪胆と言うのか、無神経と言うのか・・・でも、私もマイアの事は、それほど嫌いにはなれないでいた。




