第7話
私は、大苦戦した水棲竜の亡骸と、その背後に落ちる巨大な影を見ていた。
水棲竜の亡骸の近くには、共に空を見上げている猫田さんとミオの姿も見える。
「あれはっ!?」
私の後ろからフィロミィナの声が聞こえた。
その声につき動かされるように、私も影の上空に視線を送る。
そこには、巨大な翼をゆっくりとはためかせる、青白い竜が浮かんでいた。
まるで物語の一場面を見ているかのような現実感のない光景に、私の思考は凍り付いたように働かない。
猫田さんたちも声を発せず微動だにしていない所を見るに、私と同じ様な状態だったのだろうと思う。
再び頭に直接声が響く・・・
【獄炎神ヲソノ身ニ宿ス人間ヨ。 我ノ祠ヲ荒ラシタ不届キ者ノ討伐ニ手ヲ貸シテクレタ事ニ感謝スルゾ。 コレハ獄炎神ヲ煩ワセタ詫ビダ、キット其方ノ役ニ立ツダロウ。】
青い竜の手から、何か青く光るものが、ゆっくりと地上に落ちた。
「・・・・・」
私は、その声に何も応えることができずに、ただポカンと口を開けたまま、青い竜を見上げていた。
青い竜は、身をひるがえすと高速で海・・・南方に去って行った。
【去ラバダ。】
最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。
それからも、しばらく私たちは、誰1人身動き一つ出来なかった。
どの位そのままでいたものか。
「あ、グスタフさん!!」
唐突に、フィロミィナが声を上げると、彼女は水棲竜にぶっ飛ばされたまま動かないグスタフに向かって駆け出した。
フィロミィナの行動をきっかけに、私、猫田さんとミオも思い出したように動き出した。
私は、シンシアに向かって歩いて行った。
先ほどまでフィロミィナがついていたから、シンシアは心配ないと思うけど。
「フィロミィナ! グスタフは大丈夫かい?」
「はいっ! ケガはしていますが、命に別状は無いです。 今、ケガの治療も行いますのでー!」
「それは何よりだ。 クロエ、シンシアはどうだい?」
「はい、シンシアは魔力の使いすぎですね。 しばらく寝かせて置けば復活すると思います。」
「そうか、2人とも大丈夫なようで一安心だね。」
「おい、クロエ。 これ、どうするんだナ?」
「え?」
ミオが指さす場所には、青い竜が落として行った青く光る何かがあった。
私は、シンシアを横に寝かせたから、ミオの元に向かった。
青い光を挟んで、ミオと向かい合わせに立つ。
何故だか、それ以上青い光に近づこうとしないミオを不思議に思いながら、私は屈んで青い光に手を伸ばす。
私の左手が、青い光に触れた瞬間に、バッと強烈な光が発せられたが、それを最後に周囲に撒き散らしていた輝きは収まった。
そして、そこに残っていたものは、2枚の大きな青い貝殻のようなものと、その上には雫のような形をした、青く輝く宝石というか、金属の様にも思える何か・・・そんなよく分からない物体が乗っていた。 大きさは、両手では包み切れないくらい・・・リンゴ位の大きさといった感じだ。
「それが、あの竜が落として行ったものかい?」
いつの間にか、猫田さんも私とミオの側にやって来ていた。
「はい。」
「なんなんだい?」
「この大きな貝殻みたいなのは、多分ですけど、竜の鱗じゃないかと思います。」
「それは、何というか・・・あの青い竜の鱗だとしたら、すごい価値があるんじゃないか? そっちの丸いのは?」
「さあ、私にも分かりません。 金属のような、宝石のような・・・なんでしょうね? 私でも感じるくらいの強烈な水の魔力に思えますけど・・・」
「ミオさん・・・」
「なんだナ?」
「どうして、ミオさんは青い光に触れようとしなかったんですか?」
「え? だって、これはクロエのものだって・・・」
「自分もそう思っていたけど?」
「ミオさん、猫田さんにもあの声が聞こえていたんですね?」
「「声?」」
「あれ? 多分あの竜が話していたんだと思うんですけど、祠を壊したヤツを倒そうとしてくれたお礼に・・・みたいなことを言っていましたよね?」
「いや、ミオはそんな声聞いていないんだナ。」
「自分も声は聞いてないよ?」
「え? だって、さっきコレは私のものだからって言っていませんでしたか?」
「あ? あー、確かにナ。 なんでそう思ったんだろうナ?」
「そうだね。 自分もそう感じたと言うか、知っていたと言うか・・・クロエにだけ竜の声が聞こえたってことかい?」
「そうなんでしょうか? 幻聴・・・だったのかなぁ?」
「いや、現に自分たちは、ソレがクロエのものだって認識している訳だし・・・」
「そーだナ。」
「皆さーん! グスタフさんがお目覚めになりましたよー!!」
「あ、はーい!」
「とりあえず、一旦ソレの事は置いておこうか。 後でグスタフたちと一緒に考えよう。」
「そうですね。 まずは、皆が全員生き残ったということを喜びましょう。」
「そうだね。 行こうか、クロエ、ミオ。」
「おう!」
「はいっ!」
皆で村に戻る頃には、夜が明けて来ていた。
漁に出られないと言っても、そこは漁村の皆さん。 長年の習慣なのか、起きている人たちが沢山いた。 まあ、水棲竜の咆哮や雷魔法の音などで、気が気でなかった人も多かったのだろうけど。
もしかしたら、あの青い竜を目撃した人も中にはいるのかもしれない。
村長を始めとした村人たちに、水棲竜は倒したことを伝えると、非常に感謝された。
感謝はされたけど、貧しい漁村では竜種討伐に見合うだけの報酬が用意できないとのことである。
そこで、グスタフから村への提案として
水棲竜の解体を行い、その素材をアローヘッド市の冒険者ギルドまで運んでもらうこと。
罠として設置した、3個の落とし穴の撤去。
そして、竜神さまを実際に目撃した私たちからのお願いとして、竜神さまの祠の再建と、岬回りの整備、そして、お供えの再開と継続。
を、達成することで、報酬はチャラにすることを提示した。
水棲竜の解体に際して発生する、いわゆるお肉の部分は、村で消費してもらって構わないとしたところ、2つ返事で受けてくれた。
まあ、正規の依頼料を考えれば破格の内容であるが、私たちは旅の序盤であるし、竜の素材をアローヘッド冒険者ギルドに納品しに行ってもらえるのはありがたい。
報酬の件が纏まったため、その日は休息として、翌日には漁村を発った。
そう言えば、共に水棲竜に対峙した囮の動物たちは、水棲竜を倒した後に解放してあげた。
勿体ない気もしないでもないが、共に水棲竜戦を生き延びた者同士の仲間意識が芽生え、食べたりする気が起きなかったのだ。
まあ、こっちが勝手にそう思っているだけで、向こうからしたら、迷惑千万だったのだろうけどね。
翌日、早朝に村を出発する。
移動の最中は、当然の様に水棲竜戦の話になる。
「私の渾身の雷撃を2発も喰らって、なお倒れないなんてね。 同じ竜種と言っても、翼竜とは段違いね。」
「本当ですねぇ。 そう言えば、なんで水棲竜は私とシンシアをずっと見ていたんでしょうね?」
「アレじゃないのかナ? ふぃろもん?」
「フェロモンですよ、ミオさん。」
「ええっ!? じゃあ、私を見ていたってことですか?」
「そうじゃないのかしらね? あの直前に風向きが変わったでしょう? フィロミィナのフェロモンは、人間以外にも影響があるってことなのかしらね?」
「ええ~~、それは困りますねぇ~・・・」
「「「「はははは」」」」
「そうだ、猫田さん。 あの竜が落とし穴から飛び出そうとしていた時、猫田さんは竜から離れていたのに、刀を振っていましたよね? あれって、もしかして『遠当て』ですか?」
「ん? とおあてと言うのかは知らないけど、気の操り方が分かって来たからね、多分、練った気を飛ばすことが出来るだろうと考えて・・・いや、確信めいたものがあってね。」
「考えたから出来るってものではないと思うけど・・・私は、何年も訓練して、ようやく少しだけ飛ばせるようになったのに・・・」
「クロエも出来るのかい?」
「私のは、飛ばすって言う程には飛ばないんです。 せいぜい短刀のリーチを少し補うってくらいです。」
「へぇ~。 本当にクローエは、色々な事が出来るわよね。」
「どれもこれも中途半端に・・・だけどね。」
「それで、猫田のその・・・遠当てか? それで水棲竜を倒したのか? 遠当て? 遠いところを斬る技・・・なんかどっかで聞いた気がするな? まあ、いいか・・・俺は気を失っていたから、止めの瞬間を見ていないんだよな。」
「「「「・・・・・」」」」
「どうした?」
「私も最後を見ていないんだから、どうやって、あの竜を引き裂いたのか教えてよ。」
「あの・・・信じて貰えないかも知れないんだけど・・・」
「何? 何があったの? まさか、竜神さまが現れたとか言うんじゃない?」
「「「「え!?」」」」
「え? 何? どうしたのクローエ、皆も。」
「シンシア、なんで分かったの?」
「はぁ?」
「シンシア、お前スゴいナ!!」
「本当だよ、良く分かったな。 さすがはシンシアだね。」
「ええ、シンシアは本当に感が鋭いですね。」
「え? え? 竜神さまが? え? 来たの? 本当に??」
「おい、お前ら・・・本当かよ!?」
「う、うん・・・本当のことだよ。」
「どんな姿だったんだ?」
「青かったナ。 んで、デカかったんだナ。」
「そうなの? クローエ??」
「うん。 正しく竜って感じでね。 立派な角の生えた頭に、金色の目玉。 体は青白くって、体長は水棲竜よりも大きくて・・・尻尾の先までだと20メートル弱位?」
「それでそれで?」
「えーっと、四肢とは別の大きな翼があってね。 この翼がまた大きくて・・・広げると軽く20メートル以上はあったんじゃないのかな?」
「大きな翼ね・・・確か竜神さまには、大きな翼があるって話だったわね。」
「クロエ、ちょっと待ってくれ・・・」
「何? どうしたのグスタフ?」
グスタフは、まるで信じられないものを見たような表情をしていた。
その後、グスタフは考え込んでしまっている風だったが、夕食時に続きを話してくれた。
その内容は、私が考えていたよりも、深い・・・衝撃的な内容だった。




