第6話
私たちが、ロアー・リブ市に向かう旅において、最初に立ち寄った小さな漁村。
その村では、10メートル級の水棲竜が出現し、漁に出ることもままならなくなってしまった上に、家畜が襲われるなどの被害が出ており、このままだと村の存亡にかかわるため、私たちで竜の討伐を行うことになった。
10メートル級の竜種を相手にするために、さらに7日かけて落とし穴を複数用意した。
罠から適度に離れた場所に急造した監視小屋に移り、水棲竜がやって来るのを待ち構えることになったが、すでに今日で3日目だ。
以前に猫田さんたちが水棲竜の姿を確認してから10日も経っている。
監視は猫田さんとミオに任せて、私たちは眠っていた。
ちなみに、フィロミィナは私たちとは離れた場所で1人寝ている。 もちろん、フィロミィナのフェロモン対策のためだ。
!!!!!!
突然、囮用として置いていた動物たちが騒ぎ出した。
その騒ぎで、私は目を開いた。
「おい、皆起きてくれ、来たようだぞ。」
猫田さんが、私たちに声を掛ける。
「ミオ、フィロミィナを連れて来てくれ。」
「アイツ、この騒ぎでも起きないのかナ?」
「念のためだ。 静かに頼むぞ。」
「分かったナ。」
音もたてずに、スウっと消えて行ったミオだが、少しするとフィロミィナを伴って戻って来た。
海から現れた巨大な影は、陸上での動きは遅く、まだ囮の位置までは距離がある。
だが、囮の動物たちのパニックは最早最高潮だ。
動物たちは、それぞれ左に右に別れて逃げようとするが、紐で繋がれているため、その紐の長さ以上に魔物から離れることはできない。
私たちは、監視小屋から出て、罠を中心に右手にはグスタフと私。 左手にはミオと猫田さん。 真ん中後方にシンシアとフィロミィナといった布陣だ。
先ほどまでは、海側から緩やかに吹いていた風が、強くはないものの、一転して陸から海に向かって吹き始めた。
すると、風の向きに反応したかのように、落とし穴の少し手前で魔物の動きが止まった。
そこに至るまで魔物は、逃げ惑う動物たちを品定めするように見ていたように思えるが、立ち止まってからは、動物たちではなく正面方向一点を見ている。
「あれぇ? なんかコッチを見ているように感じませんか? シンシア・・・」
「え、ええ・・・そんな感じがするわね。」
フィロミィナとシンシアが小声で話をしていると、突如魔物は前進を再開した。
しかも、今までよりも移動速度は格段に速い。
「「ヒィっ!!」」
自分たちに向けられる確固たる視線を感じてはいたが、突如こちらに向かって進みだした魔物に恐怖したシンシアとフィロミィナは、思わず声を上げて後退る。
どおぉぉぉん!!
「ギャアアアアァァァァー!!」
突進を開始した水棲竜は、直後、見事に落とし穴に嵌り、もの凄い大音量の甲高い叫び声をあげた。
落とし穴からは、魔物の長い首と尻尾だけが出ており、滅茶苦茶に暴れている。 一所懸命に作った木杭も有効に機能しているものと思いたい。
「あれが、水棲竜・・・?」
「行くぞっ!!」
「はいっ!!」
先行して飛び出していくグスタフの指示に答え、私も続いて飛び出す。
反対側からは、猫田さんとミオも駆け出してきており、水棲竜に向かっていく。
「行けっ!! 大地の鉾っ!!」
私は皆に先駆けて、走りながら攻撃魔法を発動する。
先の尖った土の塊が3本、水棲竜に向かって放物線を描きながら飛んでいく。
しかし、暴れる水棲竜の背に当たった土塊は、見事に砕け散った。
「流石に竜のウロコは固い・・・」
「クロエ、ウロコはそう簡単には貫けねぇっ!! 狙うなら腹側だが・・・」
「落とし穴に嵌っているから無理だよ!!」
「首だ!!」
「まあ、それしか無ぇわな!!」
少し離れて並走している猫田さんの声にグスタフが答える。
グスタフと猫田さんが、お互いに距離を取りながら、首から胴体にかけてウロコの無い腹側を狙う。
私は、少し距離を開けて2人の間から魔法を撃ちこむチャンスを伺う。
ミオは、1人水棲竜の後方に向かったようだ。
もの凄い勢いで暴れる水棲竜。 グスタフと猫田さんが交互に高速で斬りつけている中、私は攻撃のチャンスを見つけられないでいた。
そこへ、上空から氷柱が数本降って来た。
ハデな音を立てて、氷柱は水棲竜の背に命中し砕け散る。 やはりウロコに阻まれて、私の土魔法同様に大したダメージは無いように見える。
「ウロコじゃなくってもカタいなっ!!」
「竜種だからなっ!!」
竜に斬り込みつつも、猫田さんとグスタフが交わす言葉が聞こえる。
後方のミオに視線を向けると、ミオは手甲から鉄の爪を出して尻尾を攻撃しているようだが、やはり竜の防御力には苦戦している様子だ。
「シャドウボルトっ!!」
走り込んできたフィロミィナが、闇の攻撃魔法を放つ。
バリバリバリバリっ!!
魔法攻撃を受けた箇所のウロコが黒い光を放つ。
フィロミィナの闇の攻撃魔法は、初歩レベルだって言っていたけれど、私やシンシアの魔法よりも効いているんじゃないかと思えた。
(私の攻撃魔法は、魔法とはいえ、土塊をぶつける物理的な攻撃だ。 さっきのシンシアの氷柱も同様。 竜の硬いウロコには、純粋な魔力攻撃の方が効果があるのかもしれない・・・だとしたら、業火ならダメージを見込めるかもしれない・・・)
そんな考えが浮かんだ時、後方からシンシアの声が聞こえた。
「みんな!! 竜から離れなさい!! カウント3!!」
シンシアの声を聞いたグスタフ、猫田さん、ミオの3人は、サっと水棲竜から距離を取る。
「2・・・1・・・サンダーボルトっ!!」
ズゴォん!!
落雷の爆音が鳴り響き、水棲竜の背に直撃した。
耳がキーンとして音は聞こえないが、水棲竜の動きが止まり、ウロコの上を落雷の名残りの電流が走る。 その体のあちこちからは、黒い煙が上がっている。
次第に、耳に音が戻って来る。
「やったか?」
ボソりとグスタフの呟きが聞こえたが・・・
「ギャアアアアァァァァァァァっ!!」
グスタフの問いかけに応えたかのように、再び水棲竜は動き出した。
しかし、かつての勢いは幾分衰えたようにも見える。
「クソっ!! 流石に竜種だぜ。」
「もっと大きいのをやるわ。 もっと離れてっ!! 耳を塞いでっ!!」
シンシアの叫びに、私たちは耳を塞いで水棲竜からさらに距離を取るため駆け出した。
「喰らいなさい!! サンダーボルトっ!!」
ズドォォォンっ!!
夜の闇を引き裂く閃光と、轟音が響き渡る。
耳を塞いでなお、強烈すぎる爆音と衝撃により、またしても耳が聞こえなくなる。
周囲を見回すと、皆が耳を塞いで水棲竜の方向を見ていた。
ミオは、髪の毛に加えて尻尾の毛も逆立っていて、いつもよりも気持ち大きく見えた。
肝心の水棲竜は?
落とし穴全体から黒煙が上がり、姿は確認できない。 しかし、動いている様子は感じられない。
しばらくの無音状態から、ようやく音が戻って来た。
グスタフ、猫田さん、それにミオが、未だ黒煙の上がる落とし穴に慎重に近づいて行く。
振り返ると、魔力の使いすぎで倒れたシンシアに、フィロミィナが全力ダッシュで駆け寄って行くのが見えた。
「――――――――――!!!!」
突然、後ろからもの凄い叫び声が聞こえた。
ビックリして、再度振り返ると、グスタフが吹っ飛ばされていた。
水棲竜の首が思い切り薙ぎ払われ、グスタフはソレに巻き込まれたようだ。
猫田さんとミオは、辛うじて薙ぎ払いを回避したようだが、無理して避けたからか、体勢を崩していた。
水棲竜と目が合う・・・いや、水棲竜は私ではなく、そのさらに奥を見ているように思える。
落とし穴のへりに前足がかかっているのが見える・・・
水棲竜の前足が、力強く屈伸し、一点を見つめたままの長い首が少し後退する。
その後ろでは、慌てて水棲竜に駆け寄るミオと、刃が届くはずの無い位置で刀を振り抜こうとしている猫田さんの姿が、まるでスローモーションのように見えた。
水棲竜の狙いが私ではないにしても、このままでは、突進に巻き込まれるのは確実だ。
そうだ、業火を!! でも、業火でヤツを倒したとしても突進は止められそうもない。
なにか手は!?
私が一瞬迷った間に、水棲竜の右前ビレから血が吹き出し、態勢が崩れたのが見えた。
何が起こったの!?
血を吹き出した右前ビレから視線を手前に送る・・・その先には、刀を振り抜いた猫田さんがいた。
猫田さんが何かしたのか!? 分からないけど、チャンスには違いない。 とにかく業火で水棲竜にとどめを刺すのが先決だ!!
(神さまっ!!)
私が、覚悟を決めて神さまの力を借りようと決めたその時
【待テ。】
頭の中に直接声が響いた。
その声は、人間の言葉を話しているものの、人間から発せられたものとは思えなかった。
「え!? 何??」
私が、脳内に響いた声に驚いて一瞬動きを止めてしまったと同時に、横から青白い光線のようなものが差し込み、水棲竜を切裂いた。
そして、光線の後をなぞるように水しぶきが上がった。 さらにその水しぶきに続いて、黒い大きな影が高速で通り抜けていった。
やがて、光線と影が通り抜けた辺りにだけ雨が降り注ぐ・・・
その雨はすぐに止んだ。
落とし穴から抜け出ようとしていた水棲竜は、引き裂かれて力なく横たわっていた。
そして、その背後には先ほど横切った巨大な影が見える。
水棲竜の亡骸の横では、猫田さんとミオが影を見上げているのが見えた。




