第5話
クーを救うために大怪我を負ったゲオルグは、クーから渡されたポーションをなんとか1本飲み干す。
空になったポーションの瓶を右手に持ったまま、左手で自分の上着の胸ポケットから赤いバンダナを取り出し、顔の前に持っていく。
赤いバンダナと、遠くに見えるクーを並べてぼんやりと眺めていた。
「ポーションを飲んだのに・・・まだ痛みを感じないってことは・・・かなりヤバい・・・かな? コワくって足の方を見れねぇよ・・・」
既に目は霞んで、はっきりとクーの輪郭を捉えることはできないが、大地をまるで水面のように飛び出しては潜っていく長大な影と、その影の側を不規則に駆けまわる小さな影が見える。
「ここで俺が死んだら・・・クーを悲しませちまうかな・・・?」
「そうだろうね。 だから今アンタに死なれると困るわ。」
「!?」
「何よ?」
「その声・・・そのやさしさの欠片もないもの言い・・・カメリア・・・か?」
「他に誰がいるのよ。」
「いや、目が霞んじまって・・・良く見えねぇんだ。 何というか・・・白い・・・神さまってのは・・・こんな感じかってね・・・」
「そう? じゃあ、その目でしかと拝みなさい。」
「?」
「天満月・・・」
ゲオルグの体が白銀の光に包まれ、同時にビクんと跳ねる。
ピキっ
私の中で、わずかだが何かがひび割れる乾いた音を聞いたような気がした。
「あれ? 俺・・・マジか? 結構ヒドい感じだったと思うが・・・? 前に腰を治してもらったことあったけど・・・お前の回復魔法ってこんなにスゲぇのか?」
上半身を起こしたゲオルグは、ケガ1つ無い自分の体を不思議そうに見回している。
「・・・・・」
「カメリア?」
「え? ええ、そうね。 今の魔法は初めて使ったからね、あんたが初の体験者よ。 本当なら使うつもりの無かった特別な魔法なんだから、誰にも言うんじゃないわよ。」
「そうなのか? あっと・・・ありがとうな、カメリア。 もうダメかと思ったぜ。」
「クーを守ってくれたんでしょう? ありがとね、ゲオルグ。」
「お、おう・・・」
「じゃあ、私はあのミミズをどうにかして来るわ。 あんたはもう大丈夫なはずだけど、念のためここで大人しくしていなさい。」
「カメリア。」
「何よ?」
「あんまりクーを怒らないでやってくれよ。」
「さすがに、今回はそうもいかないでしょう? とりあえず、行って来るわね。」
「おう。 クーのヤツを助けてやってくれよ。」
「はぁっ・・・はぁっ・・・ダメだ!! 避けることに集中していれば、なんとか避けられはするけど・・・反撃の糸口が掴めない・・・」
クーは、耐久度を考慮してメイスを手にしていたが、碌に攻撃を当てられない上に1~2度かすっただけで、既にメイスはボロボロだ。
役目を果たせそうにないメイスを放ると、鞘に納まったサーベルの柄に右手を掛けたまま、魔物の地中からの攻撃を必死に躱す。
クーは反撃の機会を見いだせないでいた。
「体力勝負じゃ敵わないだろうし・・・できるか分からないけど、やってみるしか・・・」
クーは、可能な限り音を殺して大岩に近づくと、その大岩を背に立つ。
そして、気合を込めて大声で叫んだ。
「こっちに来いっ!! 大ミミズっ!!」
叫びながらも、見えない魔物の動き感じるために、目を薄目に意識を広げる。
クーの叫びに応えるかのように、振動が・・・いや、魔物の『気』が近づいてくるのを確かに感じた。
!!!!
クーの足元が震えたかと思うと、一瞬で大地が爆ぜてミミズの魔物が飛び出す。
しかし、既にクーの姿はそこには無い。
魔物の斜めに突き上げる方向に対し、少し離れて行くように並走する形で飛んでいたクーは、鞘に納めていたサーベルに、ありったけの気を乗せて、居合抜きさながらに振り抜いた。
―――――――――!!!!!
声を発しない魔物は、しかし、確かに大気が震えるほどの声なき叫びをあげた。
クーが放った、目にも映るほどの莫大な気を纏った遠当てを喰らい、空中で身を捩った大ミミズは、先ほどまでのように地面に潜ることが出来ずに、もの凄い轟音と共に地表に落下し、のたうち回っている。
その少し離れた位置に、クーも静かに落下、そのままゴロゴロと転がり・・・やがて止まった。
「はあっ・・・はあっ・・・み、ミミズはっ!?」
体中に負った擦り傷から血を流しつつも、クーはすぐに立ち上がり大ミミズの暴れ回る音のする方向を見る。
クーが大ミミズを視界に納めた瞬間に、大ミミズの鋭い歯が並ぶ大きな口の付いた頭部(?)が爆散した。
先端部を失った衝撃でのけぞる残りの体部分には、細長い氷柱が次々と突き刺さり、大ミミズを大地に縫い付ける。
大ミミズは少しの間暴れていたが、やがて動きを止めた。
「リア姉・・・」
近づいてくる私を認めたクーが、少しよろけながらも近づいてくる。
「助けてくれてありがとう、リア姉。 でも・・・ゲオルグさんが・・・」
「ゲオルグは心配ないわ。 治療は間に合ったわよ。」
「本当ですか? 良かったです、私の所為で・・・」
クーは、安堵からか両の目より大粒の涙を流すが、私の顔を見ようとはせずに目を伏せたままだ。
「私、ゲオルグさんに謝ってきます。」
「待ちなさい、クー。」
「はい。」
「私を見なさい。」
「はい。」
クーは、おずおずと私に顔を向ける。
「リア姉・・・」
クーが私に向き直ると同時に、私はクーの左頬をグーで殴り飛ばす。
「あっ!」
左頬を思い切り殴られたクーは、少しよろめいたが倒れるほどではなかったようだ。
殴った側である私の右手は骨折していたけど・・・
「リア姉・・・」
「あなたがとても優しい娘だってのは知っているけど、全員を助けられる訳がないでしょう? どうでもいい奴を無理して助けて、その所為であなた自身や大切な仲間を失っても良いって言うの?」
「どうでもいい人なんて・・・いない・・・です。」
「あなたが無茶をして助けようとしたヤツも、結局は死んだそうじゃない。」
「それは・・・ごめんなさい。 私の所為です。」
「まあ、それは私にとってはどうでもいいことだけどね。 でも、ゲオルグに大怪我させたのは、どうでもいいことでは済まされないわ。」
「・・・・・」
「クー?」
「・・・・・」
「私はゲオルグを見て来るから、クーはここで少し休んでいなさい。」
「・・・はい。」
私を見送るクーの両目からは涙がとめどなく流れ続けており、いつも元気な尻尾は力なく垂れ下がっていた。
私がゲオルグの元に到着する頃には、フィロミィナがクーの元に辿り着いていた。
「クーさん、痛いですよね? 怪我の治療をしますね。」
「いえ、私よりも他の冒険者を治療してください。」
「・・・治療が必要なのは、クーさんしかいらっしゃらないですよ。」
「・・・そうですか。」
「はい。」
「グロウヒール。」
フィロミィナの回復魔法により、クーの擦過傷が癒えて行く。
「フィロミィナさんが、ゲオ・・・じゃなくって、グレンさんの治療をして下さったのですね? ありがとうございました。」
「グレンさん・・・あの痩身の男性ですね。 グレンさんは私ではなく、白銀姫・・・リアさんでしたか? リアさんが治療されましたよ。」
「そうなんですか!? リア姉、あんなヒドい怪我も治せちゃうんですか?」
「そんなにヒドいお怪我だったのですか?」
「はい・・・両足がグチャグチャで・・・右膝から下はほとんど取れちゃっていました。」
「そんなお怪我をされていたのですか!? そんな怪我を何事もなかったかのような所まで治せるなんて・・・私も治癒士の端くれですが、私の魔法ではそこまでのケガは治せません・・・」
「そうなんですか?」
「はい、私では千切れた足を戻すこともできませんし、命を繋ぐことも出来なかったかも知れません。 リアさん、本当に凄いんですね。 千切れた四肢をくっつけることができる治癒士はほとんどいないんですよ。」
「リア姉の回復魔法って、そこまでのものなんですね。」
「はい、彼女だからグレンさんは助かったのですよ。」
「フィロミィナさん。 人の命に優劣ってあるんでしょうか?」
「難しいですね。 命は平等とかも言われますけど・・・私1人に治療できるのは、数にもケガの程度にも限りがあります。 例えば、私の魔法で治せないほどのケガをした人がいたら・・・私は、その人のことは放って他の人の治療に当たると思います。」
「・・・・・」
「私の治療可能な怪我人が沢山いたら、その中でも重傷者から治療するのではないかと思います。 でも、その中に家族や仲間がいたら・・・多分そちらを優先してしまうかもしれませんね。」
「それは・・・」
「実際にどう動くかは、その時になってみないと分からないかもしれませんけど・・・やっぱり、知っている人を優先してしまうと思います。」
「すみません、変な事聞いちゃって・・・ケガの治療ありがとうございました。」
「いいえ、私こそ戦闘のお手伝いも出来なくてごめんなさい。」
「おーい! クー、フィロミィナさ~ん!! 王都に帰ろうぜ!!」
「グレンさん!! フィロミィナさんも行きましょう。」
「はい。」
その日の夜、私たち3人とフィロミィナの4人で夕食を囲んでいる時だった。
妖魔族治癒士フィロミィナが、ボソりと呟いた。
「また、1人になってしまいました。 私、なんでかいっつもそうなってしまうんですよね。」
フィロミィナは、そんな風に話して、少し寂し気に笑っていた。
ちなみに、戦闘から逃げ去った男や、戦闘にも加わらなかったフィロミィナのパーティの男たちは見当たらなかった。
王都に戻った後、フィロミィナはパーティメンバーと再会したようだが、戦闘前に言い争いをしていた上に、戦闘が始まっても助けに行こうとしない男共に愛想を尽かしていたし、パーティ自体険悪な雰囲気となっていたので、フィロミィナはパーティに戻らなかった。
結局、フィロミィナが抜けたそのパーティは解散したらしい。
数年後に噂で聞いたのだが、彼女は私たちと別れてからも、2年近くの間王都でいくつものパーティを渡り歩いた後に、静かに王都を去ったらしい。
彼女の所属したパーティは、そのどれもがパーティ内で諍いを起こし崩壊したと言う。
そして、彼女に付いた2つ名は「発火点」だそうだ。
彼女の性格や能力からはおよそ想像も出来ないような2つ名だが、その由来を聞いて私たちは納得してしまったのだが、それは別の話だ。




