第1話
神暦3,171年5月
私とクーとゲオルグの3人は、第12国の主要都市の1つである「アルリシヤ市」に到達後、再び第9国を目指すためひたすら南下し、現在は第7国の南東部まで来ていた。
そして私とクーは、眼前に千剣山脈を望む小高い丘の上に登っている。
その丘からは、第7国の主要都市の1つである「エルハクラビ市」が一望できる。
エルハクラビ市は、元々クーの実家であるティグリス家の領地であったところだ。
もっとも、クーの父親はこの国の大臣でもあったので、普段はエルハクラビではなく「王都ブラキウム」に居住していたとのことだが。
「ありました。」
クーは、草に隠れるように置かれている少し大きな石を前に屈んでいた。
私は、クーと並んで屈みこみ、その石を見つめる。
「これが、クーのお父さんとお母さんのお墓なの?」
「はい。 エルハクラビ市にあるティグリス家のお墓には、お父さんとお母さんは葬られていないのだそうです。」
「そう。 そのお墓を見て来たゲオルグの話だと、墓碑にはクーの両親の他にクーの名前とお姉さんの名前も刻まれていたそうよ。」
「そうですか。」
「ギデオン、ユージェニー・・・クーのお母さんは、ユージェニーっていうお名前なのね。」
「・・・・・」
「クー?」
「ゴメンなさい、リア姉・・・わたっ・・・私、泣くつもりじゃ・・・」
「いいのよクー、今くらいは思い切り泣きなさい。」
「お父さん、お母さん・・・うわぁ~ん!!」
「お待たせしました。 行きましょう、リア姉。」
「もういいの?」
「はい、ゲオルグさんをお待たせしてしまっていますので。」
「そう? じゃあ、最後に私も・・・」
「??」
「ギデオンさん、ユージェニーさん、貴方たちの大切なクリスターニャは、私がお預かりします。 絶対に守り抜きますから、ご安心下さい。」
「もう、ツバキお姉ちゃん・・・また私を泣かせようとして・・・」
「そんなんじゃないわ。 私の偽りない本心よ。」
「ありがとう、ツバキお姉ちゃん。」
私たちは、クーの両親のお墓を後にして、第9国を目指し馬車を進める。
何事もなく無事に第7国を出国し、第9国北のアッパー・リブ市に立ち寄りつつ、20日ほど後には第9国の王都サジタリアに到着した。
王都の宿で夕食を取っていた時の事
「なんだかんだで、順調にサジタリアまで来られたな。」
「想定していたよりも、随分早く着いてしまったわね。」
「そうですね。 まだ6月に入ったばかりですから、エルザさんが言っていた期限までは結構時間ありますね。」
「だな。 後2か月弱・・・アローヘッドで待つか? もしかしたら、エルザたちも早く帰ってきているかもしれないぜ?」
「いえ、アローヘッドだと色々煩わしいこともあるから、1か月は王都で宿代分くらいのクエストでもこなして過ごさない?」
「俺はそれでも構わないけどな。 クーはどうなんだ?」
「私もそれで良いです。」
「じゃあ、そうしましょうよ・・・って、あれ? もう6月になったっけ?」
「今日は6月3日だよ? 6月になったら何かあったの?」
「3日・・・じゃあ、今晩か・・・」
「え? なに?」
「いや、ゴメン。 別に何でもないわよ。」
「そう? 私に何か出来ることがあったら言ってね?」
「ええ、大丈夫よ。 ありがとうねクー。」
私には、この旅の途中から頭を悩ませていることがあるのだ。
その悩みと言うのが・・・
「人間、ワタクシがまた会いに来て差し上げましてよ。」
「・・・ルーナさま(仮)・・・また来たのね・・・」
「何をしょぼくれた顔をしているのです? 下位互換とはいえ、ワタクシに似た顔でそのような不景気な顔をされては堪りませんわ。」
「なんで私がこんな顔しているのか、ルーナさま(仮)には分からないのかしら?」
そう。
私の悩みとは、今年の初めに第7国にあった月の女神ルーナの神殿に行ってから、月イチのペースで女神ルーナを名乗る変な女が夢(?)に現れることだ。
私がクーに連れられてルーナの神殿に行ったのが、今年の1月3日であったからか、毎月3日の夜になるとその女は現れる。
その女「ルーナさま(仮)」は、初めのうちはクーの魔法解説をしたり、私の母のことを話したり・・・多少は意味のある情報を話していたのだが、このところはただ単にダベりに来ているとしか思えない。
ルーナさま(仮)は、現れる際に私の魔力も利用しているようで、ルーナさま(仮)がやってきた後は、ドっと疲れてしまう。
私は、自分が使用する魔法によって魔力切れを起こしたことは無かったのだが、回を追うごとに長居する(仮)の所為で魔力切れ・・・とまでは行かないまでも、大量の魔力を使われ疲労感が半端ない。
あれは、ルーナさま(仮)が3度目・・・3月3日の夜に現れたときのことだったか?
私の母である「鳴」が、とんでもない過ちを犯したのだと、ルーナさま(仮)に言われた。
そもそもの始まりは、3,000年以上前の魔導帝国大戦の後、月神ルーナと冥界神アンフェールとの間に生まれた子供である獄炎神ニグラ=フラマが、秩序神の勢力に討伐されそうになり、命からがらに中央大陸から逃走してしまった事にあるという。
獄炎神は、逃げる際に負ったダメージにより、神力が感じ取れないほどに弱ってしまっていたらしい。 それから3,000年以上経っているため、ダメージはとっくに癒えているハズ(そもそも消滅していないのだから、回復には100年もかからないハズであるとのことだ。)であるが、秩序神勢力を警戒しているためか、現在でも神力を隠してどこぞに潜伏しているとのこと。
神々の暗黙のルールとして、地上に直接手出ししてはならないことになっているそうだが、当時、人間との間に子供を作っていた神々は結構いたため、月神ルーナも人間との間に子供を作り、その子供を使って、異父兄である獄炎神を探させようとした。
ルーナの血を持つ子供は、年月と共に世界中に散っていくが、世代を重ねるごとにルーナの血は薄まってしまい、ルーナの血に刻まれた目的もほとんど忘れ去られてしまった。
しかし、数多の子孫のうち、八州国に渡った者の血統の中に、強くルーナの血の力を持ったものが生まれる。 それが私の母「鳴」だ。
ルーナがその血に刻んだ目的を忘れていなかった鳴は、金岡の里に伝わる「カヅチ」の話を聞きつけ、金岡の里にやって来た。
もっとも、鳴本人は自分が神の血を持っているなどとは知らなかったようであるし、獄炎神を探すなどという目的も自覚は無かったはずだと言う。
無意識に、獄炎神と同一存在であるカヅチに惹かれた鳴は、里長であった「金岡黒鎚」の2人目の妻となる。
黒鎚との間に子供を作り、やがてその子供がカヅチの力を受継ぎ、その子かその子孫がカズチ(獄炎神)を伴い中央大陸に戻って来るはずであった。
しかし、鳴は大変な過ちを犯してしまう。
これは(仮)に聞かされるまで私も知らなかったことだが、金岡の里の長であった父黒鎚は、カヅチの力を受継いでいなかったと言うのだ。
私が非常にアンバランスな能力を持って生まれてしまったのは、その事が原因なのかもしれない。 カヅチの力を持つ者と結ばれていれば、闇属性魔力をも有した、高いレベルでの完璧なバランスの取れた存在になったはずだという。 まあ、魔力・魔法力に関しては、闇属性適性が無いことを除けば、(仮)の想定を上回るほどの能力になったようだが・・・
その話を聞いたとき、私はすぐに叔父「鉄芯」を思い浮かべた。
鉄芯の鍛冶の腕は、父も舌を巻くほどであったが、里から離れ1人山奥で鍛冶にのめり込んでいた変わり者だった叔父。
鉄芯の黒く変色した左腕・・・あの腕を見た時に感じた嫌悪感、一方で何か惹かれるような感覚・・・あれがカヅチ・・・いや、獄炎神の力の証なのだとすれば、嫌悪感は人の血によるもので、惹かれたのはルーナの血によるものだったのかも知れない。
そして、思えば鉄芯は、鳴とはほとんど顔を合わせたことが無かったように思う。 私にも必要以上には近づかなかった。 もしかしたら鉄芯は、獄炎神の事も鳴や私に流れるルーナの血のことも知っていた?
今となっては確認する術もないが、里が賊に襲われたときに、鉄芯が見せたあの気まずそうな顔・・・あれは、里が襲われた理由が自分の・・・いや、獄炎神の力を狙ったものだと分かっていたからでは無いのだろうか?
それはそうと、私はルーナさま(仮)に、気になっていた事を1つ質問してみた。
「ルーナさま(仮)は、その・・・妹はいるの?」
「ワタクシには妹はいませんわ。 暑苦しくて鬱陶しい兄ならいますけどね。 なぜその様な事を聞くのです?」
「いや、私の妹への執着もルーナさま(仮)の血の所為なのかと思って。」
「ああ、そうですか。」
「なによ、なにか知っているのなら教えなさいよ。」
「ワタクシの子である獄炎神の力は、お前の叔父が受け継いでいたのでしょう?」
「多分ね。」
「お前もお前の兄も、鍛冶にはてんで興味を示さなかったと言うではありませんか。」
「そうね。」
「そうだとしたら、その叔父の次は誰が獄炎神の力を受継ぐと思うのですか?」
「誰がって、それは・・・まさか!?」
「お前の妹しかいないのではないですか? お前と兄が力を受継げない時点で、お前は次に獄炎神の力を得ることになる妹を保護対象と考えたのではないですか?」
「そんな事は・・・じゃあ、クーはどうなのよ?」
「クーにお前の妹を重ねているだけではありませんか? クーの黒髪に・・・それにクーは、ワタクシを心から慕ってくれているからなのではありませんか?」
「そんな・・・」
「まあ、単にお前の歪んだ性癖の所為なのかもしれませんけどね。」
(妹が好きなのでは無くて、未沙柄の事を獄炎神の力を受継ぐ存在として認識していたからだって言うの!? そしてクーの事は、単に未沙柄の代わりにしか思っていないってこと? そんなはずはないわ・・・だって私は、自分の意志で未沙柄と離れて・・・クーの事は絶対に離さないって思っているはずよっ!!)
私は、ルーナさま(仮)の言ったことが、間違いであることの根拠を必死で探していた。
「クーは、黒い髪のトラ獣人でしたね。 ワタクシの知る限り、黒髪のトラ獣人は、勇者に選ばれたあの娘の母親の血統だけ・・・クーは、あの娘の妹の血を引いているのかも知れませんね。」
ルーナさま(仮)は、苦悩する私の横で何かブツブツと呟いていたが、その呟きは私の耳には届いていなかった。
「少し話過ぎましたか? お前も限界のようですから、今回はこれまでとして差し上げましょう。 また次にワタクシが来ることを楽しみに待つように。」
ルーナさま(仮)の3度目の訪問は、そうして終わったのだった。
その翌日、3月4日はクーの13才の誕生日だった。
私は、ルーナさま(仮)の所為で疲れていたので、細やかとなってしまったけれど、クーのお誕生日のお祝いをしたんだ。




