2話
翌朝七時、玄関で「いってらっしゃい」とミルは言った。朝食後、マドカ、ジュッポン、ミツはこれから出かける。
「行ってきます」とマドカ〈白いジャージ、黒いアンダーシャツ、白いスニーカー〉は答えた「お昼ごはんには帰ってくるわ」
「ええ。それまでに見つかるといいね」
「ええ」
で、家を出た。おっ、今日も晴れている。そして今日も一日中涼しい。いい日だね。
と、家の前でジュッポン〈昨日と同じ格好〉は「本当にとりあえず歩くの?」と不思議そうにマドカに聞く。
「ええ。図書館は可能性ないだろうからね。なら歩かない? どっかに落ちてるかもよ? ハンカチだし」と彼女は苦笑しながら答えた。
ジュッポンも笑って「賛成」
「私も」とミツ〈昨日と同じ格好。もちろん刀はなし〉は同意する「歩こう。どっちへ行く?」
「じゃそっち」とマドカは公園があるほうを指差しながら答えた。
で、なんとなく決めたほうへ歩き始める。すぐに交差点。と、ジュッポンは立ち止まって「この坂の上には何があるの?」とマドカに聞く。
「公園や博物館。坂の途中には神社もある」
「ふーん――向こう側に下りることできる?」
「ええ」
「じゃハンカチ探しに行きましょう」
マドカ達は坂を上り始める。二三分で公園の駐車場前に来た。三人は左へ行く。すぐさま広い公園に着いた。誰もいない。だから三羽の白鳥〈ボート〉も仲よく暇そうにしているよ。あっ、池は公園入り口から入って左手にあり、それを含めて公園の周りは木々が立ち並んでいる〈あっ、公園に付き物の遊具は池の反対側にあるよ〉。
「さて、手分けして探しましょう」とジュッポンは二人に言った。二人はうなずく。
ジュッポンは「私は奥を探す。二人は右か左か決めて。で、探し終えたらここに戻ってくること。いい?」
「分かった」とミツ「マドカさん、君は池のほうを探して」
「ええ分かったわ」
ジュッポンは「じゃスタート」
十数分後、三人は集まった。
「収穫はないようね」とジュッポン。
「やっぱりそんな簡単にはいかないようね」とマドカ。
「ええ。けれど想定内よね。ほかを探しましょう」
「ええ」
それから三人は遊具エリアの脇を通り、木々を抜けること一二分後、博物館の前に出た。三人はまた手分けして博物館の周りを探したが、数分後、博物館の前でさっきと同じ結果になった。
「あっ」とジュッポンは何か気づいたようで「マドカ、白鳥のボートの中は調べた?」
「あっ、調べてないわ」
「調べに行きましょう」
「ええ」
で公園に戻り、マドカは桟橋からボートを一台ずつチェックする――
「どう?」三台目をチェックしている彼女に、岸からジュッポンの声。
マドカは振り返り「ないわ」と桟橋を降りた。
「そっか。――もしかしたら池の中に沈んでいたりしない? ありえるよね」
「終わりね」とマドカは苦笑して言った。
「潜れる?」
「絶対やりたくない」
《真面目な顔して言うのやめてよ……》
とマドカに呆れられたジュッポンは、
「そうよね。けれど池の中に“脱皮するハンカチ”あるかもしれない……ああ疲れた。帰りましょう」と軽い調子で促す。
「ええそうね」
《潜ることにならなくてよかった……》
それから三人はマドカ達の家に戻る――インターホンを押す。
《――出ないわね》
「二度寝かしら?」とジュッポン「鍵持ってないの?」
「持ってないわ、ミルがいるから」
「開いてない?」
「ナイン。ありえないわ」
「チャレンジチャレンジ」
「分かったわ」
開いた。
《――開いてる……なして?》
「開いてるじゃない。ラッキー」
《まさか何か――》
マドカは急いで中に入る。リビングに行く――
ぎょっとした。
金色に穏やかに光る人〈長髪のシルエット〉がいて、そして、ミル――床に置いた日本刀〈少し鞘から刃が出ている〉を座って眺めている――を見下ろしているからだ。
「ミル!」マドカは叫びながら二人のあいだに割り込む。マドカは相手を見上げる。突然彼女が現れても相手〈中背細身〉は微動だにしない。
《これは何……?》
《幽霊……?》
《だけど恐怖は……》
そう、感じない。このシルエット、最初見た時はぎょっとしたが。不思議だ。
「どうかしたの!?」とジュッポンがリビングに駆け込む。次いでミツ。
ジュッポンは「マドカ何かあったの?」
「ええ、この何かのせいよ」とマドカは目の前のシルエットから目を離さずに答えた。
「『何か』? 『何か』って何?」
「えっ? 私の目の前にいるじゃない。――まさか見えないの……?」とマドカはやはり目を離さずに聞いた。
「ええ。何もないわよ。何か見えるの?」
《見えない? どうして……?》
「――ええ。私の目の前に金色に光る人がいるの」
「マジ? どんな感じの人?」
「それがシルエットなの。男とも女とも分からないわ」
「ふーん――何かしてくる様子は?」
「ナイン。全然動かないよ」
「そっか、それならとりあえず安心ね。――ミルは何をしているの?」
マドカははっとした。
《ミル!》
マドカは振り返ってしゃがみ込む「ミル大丈夫!?」
彼女は反応しない。少し刃を覗かせた日本刀を、彼女は楽しそうに見つめている。
「ミル!」マドカはもう一度呼びかける。
「――マドカちゃん!?」
マドカはほっとした「ミル大丈夫? どこか怪我してない?」
「いいえどこも。ごめん、気づかなかった」
「気にしないで。それより何をしていたの?」
「ええ、日本刀を眺めていたの」
「そのようね。――好きだから?」
「ええ。すごく楽しいよ!」とミルは笑って言う。
マドカも微笑して「それはよかったわね。――ミル、私の後ろにいる金色の人は何?」と真剣な表情で聞く「何か知っているから夢中で日本刀を眺めていられたんでしょ?」
「金色の人? ――誰もいないよ?」
「えっ?」とマドカは振り返る。
《なんだいるじゃない……見えないの?》
《いいえ見えないんだわ。見えていたら驚かないわけない。そもそもミルが私にそんな嘘つくはずがない》
マドカはミルを見て「見えないならそれでいいよ。けれど何か心当たりない?」
「いいえ全然」
「そっか。――ミル、悪いけどほかの部屋に行っててほしい」
「ええ分かった」
「ありがとう」
二人は立ち上がる。
「ミツ君、勝手に君の刀鑑賞してごめんなさい」とミルは頭を下げる。
「えっ? いいえまったく問題ないよ。気にしないで」
「ありがとう」とミルはリビングを出ていった。
「マドカ、君にはその金色の人に心当たりはないの?」とジュッポンは聞いた。
「いいえまったくないわ。君は?」
「私もよ」
「私もない」とミツ「けれどもしかしたら私の日本刀のせいかもしれない。ミルさんが私の刀を眺めている時に現れたのなら」と辛そうに話す「あっ!」とマドカと金色の人のあいだに割り込む「君の話だと何もしてこないかもだけど一応」と背中を向けたままマドカに言う。
「ありがとう」
「ジュッポンも私の後ろに」
「ありがとう。けれど大丈夫でしょう。それより私的には君の日本刀のほうが怖いわね。ちょっと刃が出ているんだから」
「あっそうだね。けれど私は……」
「私がしまうわ」とマドカは言って、刃をしまい、日本刀を持った。
「ありがとう、マドカ」とジュッポン「さて、これからどうしましょう?」
「もちろんこの金色の人を片付ける。じゃないと生活ができないからね」
「そうね。じゃどうしよう?」
「ハンカチ!?」
《えっ?》
マドカはミツを見る。彼女は驚いた。金色の人がいなくなっているからだ。
《いない? どうして――?》
「ミツ君、どうかした?」マドカが聞く。
彼は肩越しに振り返り「ハンカチがあるんだ」
「えっ? ハンカチ?」とマドカは彼の横に行く。彼の前には確かにハンカチ《金色。つるっとした見た目》が一枚落ちている。
「突然空中に現れたんだ」とミツは困惑しながら言う。
「もしかしてそのハンカチ!」とジュッポンは二人の向こう側に立つ「これが“脱皮するハンカチ”じゃないかしら!」
《えっ? このハンカチが?》
ジュッポンは嬉しそうに「だって突然空中に現れたんでしょ? 普通のハンカチじゃないわよ。なら“脱皮するハンカチ”じゃない? 変わったハンカチがそう何枚もあるわけないわ」
「確かに」とマドカはハンカチを見下ろす。
《これが“脱皮するハンカチ”――?》
「“脱皮するハンカチ”、正直難問だと思っていたけどこんなに早く見つかるなんて超ラッキーだわ」とジュッポンはしゃがみ込む。
「待って!」とミツ「触らないほうがいい。何があるか分からないよ」
「そうね。けれどこれが“脱皮するハンカチ”かどうか先生に確かめる必要があるわ」
「私が持っていくよ」とミツはハンカチをさっと拾い上げる。
「大丈夫?」とマドカ。
「――ええ。今のところはただのハンカチだね」
「よかった」
「ありがとう。マドカさん、金色の人がいなくなったからミルさんを呼びに行けば?」
「そうね。ありがとう。――この日本刀、また預かっていいの?」
「もちろん。ミルさんに渡して。彼女に預かってもらわないと彼女が悲しむ」
マドカは微笑む「ありがとう」
それから約一分後、マドカとミルはリビングに戻った。
「マドカちゃん、金色の人の問題は解決したの?」とミルは聞く。
マドカはうなずいて「とりあえずはね」
「それだけじゃないわよ」とジュッポンはミルに言う「“脱皮するハンカチ”も解決しそうよ。ほら、ミツ君ハンカチ持ってるでしょ?」
「――それが“脱皮するハンカチ”なの?」
「多分そうよ」
「よかったね、マドカちゃん」
「ええ。――ミル、今日もジェラート食べたくない?」
「食べたい!」
「なら道の駅へ行きましょう」
「ええ。けれど今日も先生いるかな?」
「どうかな? とりあえず行きましょう。いなくてもジェラートが待っているよ」
「ええ。――今日もタクシーを使うの?」
「ええ。どうかした?」
「久しぶりにバスに乗りたいな、なんて」
「なるほど、ええ良いよ」
「ありがとう」
「マドカ」とジュッポンが呼んで「私はパスするわ。疲れたから」
《行かないの? あのハンカチが“脱皮するハンカチ”なのかどうか分かるのに――》
とマドカは不思議に思った。
《まぁ疲れているなら仕方ないか》
「分かった。家でゆっくりしてて。“脱皮するハンカチ”かどうか結果ちゃんと教えるから楽しみにしててね」
「ありがとう」
で、マドカ達はすぐに家を出て名寄駅に着いた。で、バス停でバスを待つ――その直後、マドカ達に話しかけてくる人がいた。
「おはよう」
《また日本刀だわ》
そう、仮面〈顔の上半分を隠す黒い布製〉を被った人――白い肌、金髪のロングヘア、金色の目、小柄、細身、ピンク色のジャージ、黒いアンダーシャツ、白いスニーカー――はその左手に日本刀を持って〈黒い鞘を掴んで〉いる。
「二人とも私の後ろに!」とミツは呼びかける。
《まさかまた本物なの!?》
マドカとミルは急いで言われた通りにした。
《日本刀を持っているということは――》
「ミツ君の知り合い?」とマドカは彼に聞いた。
「ナイン」とミツは前を向いたまま答えた「何者?」
「私はミニ・スウカン。君の持っているハンカチがほしいんだ」
「ハンカチ? なして?」
「そのハンカチは特別だからだ」
《特別? やはりあのハンカチは“脱皮するハンカチ”――》
「素直に渡してくれたら何もしない」とミニ・スウカンは続けた「けれど素直じゃないなら君達はこの刀の餌食となる」
「――渡すよ」とミツは悔しそうな声で答えた。
「素直でよろしい」
「ミツ君待って!」と言いながらマドカはミツの隣へ行き「条件があるわ」とミニ・スウカンに言った。
「条件?」
「ええ。その日本刀と交換よ」
「何?」
「マドカさん、どういうつもり?」とミツは戸惑いながら聞く。
マドカは無視し「どうするの?」とミニ・スウカンに聞く。
「もちろんオーケーだ」とミニ・スウカンは刀を地面に置く。
「ミツ君、渡して」
「ええ……」
怪訝な表情を浮かべながらミツはミニ・スウカンにハンカチを渡した。
「ありがとう。ではこれで」とミニ・スウカンは立ち去った〈駅前通りを左へ行った〉。
その姿が見えなくなると、ミツは日本刀を拾い「マドカさん、どうして日本刀と交換だなんて?」
「ほしかったから」
「ほしかった?」
「ええ。もらえる?」
「もちろん」
マドカは受け取る。
「ミル、プレゼント」とマドカは日本刀〈打刀。四角い鍔、頭は金色、赤いダイヤマークの模様が並ぶグレーの柄〉を差し出す。
「えっ?」とミルはびっくりして「なして?」
「日本刀好きなんでしょ? だからハンカチと交換したの。ただ盗られるだけじゃ悔しいからね。プレゼント、受け取って」
「――ありがとう、マドカちゃん」とミルは笑顔で受け取る「なまら嬉しい!」
「よかった」とマドカは微笑して言った「――それはなんて名前の刀なの?」
「“終戦”って名前だよ」
「ふーん、そっか。――さて、ジェラート食べに行かない? せっかく外に出たんだし」
「ええ賛成」
「私も」とミツ。
「――あっ、けれどミル、その前にその日本刀家に置いてきましょう」
「ええそうだね」
「ミツ君、私達は家に戻るわ。君はここで待ってて。すぐに戻るから」
「冗談じゃない。私も一緒に行くよ、君達が心配だ」
「ありがとう」
で、三人は戻る――自宅の前で「すぐに戻るから」とマドカに言ってミルは家に入る。彼女は言った通りすぐ出てきた「お待たせ」
「おかえり。ジュッポンはどうしてた?」
「ちょうどトイレ」
「そっか。じゃ行きましょう」
「ええ」
と、マドカ達はまた名寄駅へ。
と、彼女達は見つけた。
バス停にいる先生を。もちろん昨日美深の道の駅で出会った先生〈今日は茶色いジャージ、黒いアンダーシャツ、黒いスニーカー姿だね〉だ。
「おはようございます」とマドカは挨拶した「こんなところで何をしているんですか?」
「おはよう。ええ、下川へ行こうと思ってね」
「下川へ?」
「ええ。うどんが食べたくて」
なるほど、名寄の隣町下川はうどんがおいしいことでも有名。だからわざわざ行く価値があるだろう。作者も食べたことがある。しかし味忘れた。だからまた食べたいね。
「それはそうと“脱皮するハンカチ”探しはどうなったの?」と先生はマドカに聞いた「まさかもう見つけた?」
「多分それらしいものは見つけました」
「マジ? 見せて」
「それはできません。さっき脅されて渡しました」
「脅された? みんな大丈夫なの?」と先生は心配する。
「はい、大丈夫です」
「それはよかったわ」
それらしいハンカチってどんなハンカチだった? と先生は付け加えた。
「金色の普通のハンカチでした」
《あっ――》
「先生、聞きたいことがあります」とマドカは言った。
「はいどうぞ。何かしら?」
「さっき金色に光る人を見たんです。しかも私だけにしか見えなかったんですが、何か心当たりはありますか?」
「金色に光る人――いいえ分からないわ」
その人に何かされたの? と先生は付け加えた。
「いいえ何も。その人は私達の家の中に現れて、何もしないうちに消えたんです。で、その直後その人がいた場所にハンカチが現れたんです」
「なるほど、だからそのハンカチを多分“脱皮するハンカチ”だと思ったのね?」
「ええ」
「そっか。その金色の人は絶対“脱皮するハンカチ”と関係しているわね――また家の中に現れるかもしれないわね。期待しているわよ、“脱皮するハンカチ”を私に見せてくれるのを」
《また現れる……? 家の中はもう勘弁してほしい……》
とうんざりするマドカは「ええ、分かりました」と気持ちを表に出さずに言った。
「――ところでジュッポンは? 一緒じゃないようだけど」
「ええ。私達の家でゆっくりしています」
「そっか。ゆっくりか――私も下川でそうしようかな?」
正午、マドカ達は名寄駅でバスを降りた〈美深の道の駅の苺ジェラート、相変わらず美味だったね〉。
「あっ、マドカちゃん」とミルは呼んで「今日の夕飯の材料ないわ」
「じゃ買いに行きましょう。“ソツコウメダ”でいい?」
「ええ」
「何を作るの?」とミツはミルに聞いた。
「カレーにしようと思っているわ」とマドカが答えた「カレーは好き?」
「ええ。じゃ荷物持ちは任せて」
「ありがとう」
数分後、三人は二階建てデパート“ソツコウメダ”に到着した。買い物は十分もかからずに終わった。カレーの材料だけを買うんだ、そんなものだろう。
で、三人はデパートを出た。
と、マドカはふと思って「帰る前にちょっと寄りたいところがある」と二人に話す「二人は先に帰ってて」
「どこに行くの?」とミル。
「おばあちゃん先生のところ」
「おばあちゃん先生?」とミツ。
マドカはうなずいて「何歳かは分からないんだけどね。けれどぴんぴんしていてけっこう物知りなの」
「なるほど、“脱皮するハンカチ”のことを聞くんだね?」
「ええ」
金色に光る人のことも聞くつもりよ、とマドカは付け加えた。
「その先生はどこにいるの?」
「図書館の裏に住んでる」
「マドカちゃん」とミルは呼んで「私はちょっと行きたくないな。あのおばあちゃん、元先生だから学校へ行けって絶対言ってくるから」と不満そうに言う。
「ええ。だから先に帰ってて」
「ありがとう」
「ミツ君、悪いけどミルを家に送ってほしい。頼める?」
「ええもちろん。けれど一人で大丈夫?」
「もちろんよ。ありがとう」
それから約二十分後、マドカは先生の家に着いた。小さな平屋、そのインターホンを押す。
《――留守か》
《じゃ図書館かな。家じゃなきゃだいたいそうよね。昨日はいなかったけど》
と、マドカは図書館に行く――
《――いた》
確かに。カウンター横の机で新聞を読んでいる〈ところで館内に利用客は数人いるが、その周りにはいないね〉。
「おばあちゃん」とマドカは小声で呼ぶ。
相手は顔を上げる。と笑って 「マドカじゃないか! 私に何か用?」
「ちょっと、声が大きいよ。聞きたいことがあるの、いい?」
「もちろん」と相手〈日本人、高齢女性、黒いロングヘア、赤い目、明るそうな顔、シワのない顔、小柄、細身、青いジャージ、黒いアンダーシャツ、茶色いスニーカー〉は声を潜めて快諾した。
「ありがとう。外で話さない?」
「なら家へおいで」
「ええ」
で、二人はそのリビング〈八畳〉に座る。
「聞きたいことって何?」
「ええ。おばあちゃん、“脱皮するハンカチ”って知らない?」
「“脱皮するハンカチ”? 知ってるよ」
「知ってるの!?」マドカはびっくりした「教えてくれない?」
「ええ。マドカ、最近買って嬉しかったものは何?」
「嬉しかったもの? ――苺のジェラートかな」
「そういうものじゃないよ。ずっと形あるものだよ」
「うーん……」
「じゃこうしよう。マドカ、君はなまら好みなスニーカーを買ったとする。その時の気分はどんな感じ?」
「超嬉しい」
「ええ。けれどいずれ醒める」
「醒める?」
「ええ。そしてそうなった時にいずれ出来上がるものがある。なんだか分かる?」
「ナイン」
「“脱皮するハンカチ”だよ」
「えっ? ちょっと待って。全然分からない。なして興味が醒めたらハンカチができるの?」
「その説明必要かな?」
「ええ聞きたい」
「なら話すわ。――超嬉しいスニーカー手入れて君は嬉しいでしょ? その時の興奮が醒めることで身体から出る。それがハンカチに姿を変えるんだよ。分かった?」
「ええ」
《なるほど、そういうことか――》
《――じゃあの金色に光る人は――》
「おばあちゃん、私、金色に光る人を見たの」
「金色に光る人?」
「ええ。で、その人が消えたらその場に“脱皮するハンカチ”があったの」
「なるほど、それは“脱皮するハンカチ”になる前の途中の状態だね」
「やっぱりそっか」
「ラッキーだね、マドカ。その状態を見るのは稀なんだよ」
「そうなの? けれどラッキーとは思えないな。いきなり出くわしてぎょっとしちゃったもん」
「それは災難だったね」とおばあちゃん先生は苦笑して言った「ほかに聞きたいことはあるかい?」
《 “脱皮するハンカチ”、そして金色に光る人――二つの疑問がいっぺんに解決しちゃった。ならもうないや》
《あっ――》
「おばあちゃん、“脱皮するハンカチ”には何か持っててメリットあるの? 実は奪われたの」
「奪われた? “脱皮するハンカチ”だと知りながら?」
「ええ」
「――分からないわ。“脱皮するハンカチ”はそういう方法で出来上がるってだけで珍しいとされているものだから」
「そうなんだ。――聞きたいことはもうないよ。ありがとう」
「マドカ、私から質問がある。ちゃんと学校に行ってるの?」とおばあちゃん先生は鋭い目になって聞く。
「……行ってません」とマドカは素直に答えた。疑問の答えを教えてくれたからね。
おばあちゃん先生は顔をしかめ「ちゃんと行きなさい」
「……努力します」
「なんで行かないの? そんなんじゃ社会でやっていけないわよ」
「それは大丈夫」とマドカは自信を持って言った。
「『大丈夫』? なして? もしかしてお金持ちだから社会に出なくていいと思ってる?」
「ナイン」
「ならちょっと安心したよ、――ミルはどうしてる? 元気してる?」
「ええ、もちろん」
「今も一緒に住んでるの?」
「もち」
「私はあの人も心配だわ……」
「ありがとう。けれど大丈夫、ちゃんと生活できてるから。さっきおばあちゃんに会いに行こうって誘ってしっかり拒否できたし」
「はぁ!?」
《しまった》
「マドカ、ミルを私のところへ引きずり出しなさい。ちょっとお説教してあげるわ」
「ナイン。嫌」
「『嫌』? そう、なら君からお説教してあげるわ」
「いらないわ」とマドカは立ち上がる。
「逃げる気?」
「ナイン。私にはバイトがある」
「バイト?」
「だから“大丈夫”でしょ? 社会でやっていけるかどうか。中学生からバイトよ?」
「――なるほど。で、なんのバイト?」
「秘密」
「あっ、本当はバイトなんてしてないんでしょ?」
「してますよ」
「なら言いなさいよ」
「さいなら」
と、マドカは急いで家を出た。
《うまく抜け出せた》
《――あっ、どうして私だけ金色に光る人が見えるのか聞き忘れた……まったく頭になかったなぁ……きっと作者も忘れていたわ……》
うん。
《――それにしても、“脱皮するハンカチ”――あのハンカチはミルがきっかけだな、状況的に。ミツ君の日本刀に興奮して、醒めて、だからハンカチの出来上がり》
《けれどそれにしては早いわね。ミル、あんなに興味津々だったのに。そんなもん?》
《――じゃまた“脱皮するハンカチ”が出来上がる?》
とマドカは思った。ミルは日本刀を手に入れたからだ。
《そうなるとまた金色に光る人に遭う》
《嫌だな……》
《むしろいいな。課題が終わるんだし》
《――むしろ嫌なのは仮面の人だな。また“脱皮するハンカチ”をほしがるかもしれないし。今度もまた武器を使ってくるかも……》
と、マドカはふと微笑する。
《さて、とりあえず帰ろう》
《ミルのいる家へ――》




