#2 Why Are You Alive?①
「…………」
「……すぅ……すぅ……」
部屋の中央に置かれた天蓋の付きの大きなベッド。
一国の姫が使っていそうなそのベッドの上で、二人の少女は密着して毛布に包まっていた。
「…………んん……」
明かりの落ちた真っ暗な部屋の中には、二人の微かな寝息だけが音として聞こえてくる。
「……ん…………ん……んん……?」
アイシャがいる方といない方の交互に寝返りを打っていたカトレアは、やがてのっそりとその身体を起こす。
「…………いまなんじ……?」
備え付けの白いバスローブを着た少女は、霞む目で部屋に掛けられた時計の針を確認した。
「ろくじかぁ……」
カトレアは、毛布を剥がされて険しい顔をしているアイシャの頬を軽く叩く。
「あいしゃちゃんあいしゃちゃん……もうそろそろおきないと……」
頬を叩かれたアイシャは、少しだけ身体を起こしてカトレアを睨むと、
「……かえして」
そう言って剥がされた毛布の全てを取り返し、カトレアがいない方へ寝転んだ。
「きょうはいい……きょうはいちにちねてる……」
そして、アイシャは再び穏やかな寝息を立て始めた。
その様子を見ていたカトレアは、ぼーっとしたままの頭で何かを考えていた様子だったが、
「まあ……いっか……」
ぽふっという音と共にアイシャの隣に寝転んで、取られた毛布の一部を取り返そうとする。
しかし、
「ちょっとちょうだい」
「……だめ」
アイシャはそれを固く拒んだ。
「このままじゃわたしさむいよ……?」
「…………さむくない」
「……さむい」
「さむくない」
そんな風なやりとりを、二人は数分の間に何度も繰り返していく。
だが、そんな問答を続けるうちに、
「さむいの……!さむい!寒いの!」
ムッとしたカトレアは力ずくでアイシャから毛布の全てを奪い取った。
「…………ねえ……?」
「アイシャちゃんが毛布くれないからでしょ!私、毛布ないと寝れないもん!」
毛布を抱き抱えたまま、カトレアはまだ眠たそうなアイシャに向かってそう言う。
「もう……わかったから少し返してちょうだい……」
「自分は返してくれなかったのに、よくそんなこと言えるね!アイシャちゃんのワガママ!」
そう言われたアイシャは少し不機嫌そうな顔をした。
「あんたが最初に私の分まで剥いだのでしょう?」
「あれは……。……起きた直後だったから頭が回らなかったの!」
「知らないわよ。……っていうか、あんたあのまま起きるつもりだったのでしょう?なんでまた寝ようとしてるわけ?」
「だって、アイシャちゃんが今日はずっと寝てるって言うから……!」
そうやって言い合いを始めた二人が渋々とホテルを出る支度を始めたのは、それから数十分ほど後のことだった。
ーーー
鈍い月光が降り注ぐ夜の街を、二人の少女が並び歩いていく。
「今日はいい天気だね〜。風も気持ちいいし、最高の旅日和だよ!」
カトレアは気持ちよさそうに身体を伸ばしながら、雲一つない綺麗な星空を見上げた。
「そうね。気温もちょうど良いし、過ごしやすくて助かるわ……ふぁぁ……」
アイシャは小さく開けた口を手で覆い隠す。
「も〜、アイシャちゃん寝不足?」
「ええ。誰かさんに叩き起こされたもの」
「……アイシャちゃんが毛布を全部取るのが悪いんでしょ?」
「だから、最初に取ったのはあんただって……」
再び口論の火蓋が切られそうになったその時、
「あ!」
アイシャの話を遮るようにカトレアは大きな声を上げた。
「何よ」
「アイシャちゃん見て見て!コンビニある!」
カトレアが元気よく指差した先。
そこには、明かりが灯った一軒の平屋建ての建物が立っていた。
「……何だか久しぶりに見た気がするわね」
「ねっ!レアだよ!レア!」
そう言って、カトレアはアイシャの片手を強く握った。
「…………え」
「行こっ!」
「いや……。一人で行ってきなさいよ……」
「なんでそんな連れないこと言うの!一人だけじゃ寂しいじゃん!」
アイシャが握られた手を解こうとすると、カトレアはそれを拒むようにより一層力を入れてその手を握る。
「ちょっと……。痛いのだけれど……」
「平気平気!ほらっ……!行く……よっ!」
そして、カトレアはその一言と共に、
「ちょっ……」
その手を強く握ったままコンビニの方へ向かって全力で走り始めた。
「ねぇ……!……分かったから!行くから!手を離してくれない!?」
「いやっ!手離したら、どうせアイシャちゃん走らなくなるもん!」
そうして二人は歩道の上を走り抜けていった。
ーーー
「…………痛い……」
少し赤くなった手をだらんと垂らしながら、アイシャは開かれた自動ドアの中へ入っていく。
「いらっしゃいませ!」
爽やかな青年に出迎えられた二人の少女は、そのままの足取りで突き当たりにあるお弁当コーナーの前まで足を運んだ。
「う〜ん、どれにしよっかな?」
「……何か食べるの?」
「うん!せっかくのコンビニだし、何か食べたいなって!」
唸りながら真剣に弁当を選ぶカトレアをよそに、アイシャは隣にあるデザートコーナーに視線を移す。
プリン、ゼリー、鯛焼き、
何かを探すように並んだ商品をしっかりと見定めていくアイシャ。
そのうちに、
「…………あ」
隣から聞こえてきた声によって、カトレアの意識はそちらの方に向けられた。
「……?なに?どうしたの?…………あ!」
カトレアはアイシャが手に持っているものを見ると、同じように声を上げた。
「クリームブリュレだ!」
アイシャが大事そうに持つそれは、プラスチックの容器に、表面だけが焦がされたプリンのようなものが入ったお菓子だった。
「よかったね!こういうとこ、大体プリンしか置いてないのに!」
「ええ。……あ」
澄ました顔で頷いたアイシャは再びお菓子が並ぶ棚に手を伸ばすと、そのうちの一つを取り出してカトレアに見せた。
「クレープもあるわよ」
「あっ……!ほんとだ!」
カトレアは目を輝かせながら、アイシャから縦に長いクレープが入った小袋を受け取る。
「えへへ、じゃあ二人でスイーツタイムしよっか!」
「……ん」
二人は側に置いてあった紅茶が入ったペットボトルを手に取ると、爽やかな青年が立つレジの方へと向かっていった。
ーーー
「ん〜!おいしいっ!」
コンビニと駐車場を隔てる段差に腰を掛けたカトレアは、小袋から剥き出されたクレープに勢いよく齧り付いた。
「やっぱりクレープはおいしいな〜。コレを作った人はきっと天才だね!」
カトレアが齧った黄色い生地の断面からは、白いクリームに包まれた一粒のイチゴが姿を現していた。
「アイシャちゃんもおいしい?」
「…………」
カトレアの言葉が聞こえているのかいないのか、アイシャは無心で、その表面の固いカラメルと内側の柔らかいカスタードクリームを口に運んでいた。
「ふふ、滅多に食べられないもんね」
それを見ながらカトレアも自身のクレープを再び口元に運ぶ。
そうして、少女たちのちょっとした夜のお茶会は二人が買ったものを食べ切ったところで幕を下ろした。
「は〜、おいしかった!」
ペットボトルから紅茶を一口飲むと、カトレアは満足そうにお腹をさする。
「アイシャちゃんもおいしかった?」
「ええ。…………あ……」
カトレアの言葉に小さく頷いたアイシャは、何かに気がついたように、その顔をじっと見つめる。
「動かないで」
「……?どうしたの?」
アイシャはカトレアの顔にそっと手を伸ばすと、その頬に付いていたクリームをゆっくりと掬い取った。
「……あ。クリーム付いてた?」
「ええ。全く、もう少し気を使って食べなさいよ」
そして、アイシャは指に付いたクリームを舌でペロリと舐め取る。
「ね、おいしいでしょ?」
「……甘い」
「そりゃクリームだもん!」
そう言いながら、カトレアは勢いをつけて段差から立ち上がった。
「よ〜し!おいしいものも食べられたし、それじゃあそろそろ……」
カトレアが空になった袋を捨てに行こうとしたその時、
「もしもし?お二人さん?」
一人の男がカトレアとアイシャの元へ歩いて来た。




