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CANCER  作者: 乃波 慧喪
Chapter 0

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#1 What Do You Think?⑧

閑散とした街路、黒衣の少女たちが茶髪の少女と出会ったあの街路に一人の男が勢いよく飛び込んでくる。


「…………っ!!がはっ!!」


“加速”させられるままに早朝の空の中を飛ばされていた男は、やがて荒れ果てた道路の中央へと叩きつけられた。


「……いかがだったかしら?朝焼けの空の旅は」


その後を飛んできていたアイシャは、男の近くで速度を緩めると、その付近でゆっくりと地面に足をつける。


「……く……ぐっ……!」


ふらつきながらも何とか立ちがろうとする男を見て、アイシャは口に手を当てて笑う。


「良かったわ。貴方みたいな能力者でも、最低限の再生はできるのね」


小馬鹿にしたように笑う少女に向かって、眼鏡の男は声を荒げた。


「お前ら何者だっ!!なんなんだ、その能力は!!」


まだ静かな街に男の怒声が響く。

それを聞いたアイシャは今までとは一転した鋭い目つきで、眼鏡の奥で血走った男の目を見た。


「私たちはただの旅人……いえ、旅人というよりかは浮浪者ね」


そう言って、アイシャは自身の隣に一本の円錐状の氷柱を生成していく。


「何の目的も意味もなくただ無意味に夜道を彷徨う、これを旅と呼ぶのであれば、私たちは旅人を名乗ってもいいのかもしれないけれど」


鋭く、大きくなっていく氷柱が、アイシャの周りに凍てつくような冷気を漂わせ始める。

そして、


「…………腕時計ってあるじゃない?」


蒼玉のような瞳を揺らしながら、黒髪の少女は不意に話し始めた。


「置き時計、壁時計、懐中時計、どれもお洒落で素敵だと思うのだけれど、腕時計だけはどうしてもそうは思えないの」


黙ったままその話を聞く男も、自身の周りに激しい水流を生み出していく。


「どうしてでしょうね。ベルトに手首が締め付けられる感覚が嫌なのもあるでしょうけれど、やっぱり一番の原因は、いつでも時間が確認できてしまうことかしら」


少女の話し声だけが響く道の上で、二人の氷柱と水流が時間と共により大きく、あるいはより激しくなっていく。


「手首に時計を巻き付けられることで、常に時間に追われているような感覚に陥る、貴方もそんな経験はない?」


朝焼けの鈍い光が、二人の間に差し込んでくる。


「私はその感覚がすごく嫌いなの。だから何をするにしても、腕時計がいらないくらいに、時間を気にしなくていいくらいに手っ取り早く片付けるようにしているわ」


「……だから」


少女は男が立つ方へ向かって、その右手をゆっくりと突き出してこう言った。


「貴方も一瞬で、片付けてあげるわ」


『時間』を操る黒髪の少女は、不敵な笑みを浮かべながら男の目を睨み返した。

◯特異能力:概念『時間』……時間に関する特異能力を複数扱うことができる能力


「……っ!調子に乗んなこのガキがぁっ!!」


頭の血管が切れそうなほどに激昂した男は、激しい水流の渦をアイシャに向かって撃ち放った。

◯環境応用能力:「水」……水を操ることができる能力


「…………ふふ」


飛来する水流の螺旋。

しかしながらアイシャは冷静に、その渦の真ん中に狙いを澄まして、


「はっ……!」


生成した氷柱を一気に“加速”させた。

◯特異能力“加速”……認識可能な対象物を加速させることができる能力


渦の中心を凄まじい速さで突き抜けていく氷柱。

やがて、男が放った水流がアイシャに辿り着く前に、


「何っ!?…………がっ……!?」


その氷柱は男の左肩に突き刺さった。


「ふふっ、早撃ちは私の勝ちね?」


そう言ったアイシャは、今度は向かって来ていた水流の渦に視線を移すと、


「はあ……!」


アイシャはそれを一瞬で凍結させた。

◯環境応用能力「氷」……氷を操ることができる能力


「ぐっ……うっ……」


鮮血が流れ出る左肩を、男は低い呻き声を上げながら押さえる。


「ほら、早く再生しなさいよ。その程度の傷なんてどうってことないでしょう?」


渦状の氷塊の中を歩き抜けながら、アイシャは男の方へ足を進めていく。


「てめぇ……!」


そんな少女を睨みながら男は言葉を放つ。

そうやってしているうちに、その左肩の傷口はだんだんと小さくなっていった。

そして、その傷口が完全に塞がった頃に、


「ぶっ殺してやるっ!!」


男は血塗れの右手から激しく飛沫く水流を噴射させた。


男の手から噴射された水流は、まるでチェーンソーのように、目の前にできあがった氷のアートを真っ二つに切断していく。

しかし、


「……へえ?」


それが徐々に崩れていこうとも、アイシャは動じることなくその中で静かに佇んでいた。


激しい水飛沫によってほとんど前が見えていなかったが、氷の砕ける音とそれを壊す感覚を頼りに、男はその水流で氷塊を破壊していく。


「うおぉぉぉ……!」


やがて、男はその氷塊を完全に両断したが、


「はあ……はあ……あ、あいつは……!?」


崩れ落ちていった氷の中に、あの黒髪の少女の姿はなかった。


薄明るい街の中に少女の姿を探す男。

焦る男が瞬きをしたその瞬間に、


「もう少し考えてから能力を使った方が良いんじゃないかしら?」


絶対になかったはずの無数の氷柱が男の周りを囲っていた。


「……え?」


針のように鋭利な氷柱の先端が、男の身体のありとあらゆる箇所に狙いを定めている。


「訳が分からないって顔ね?」


周囲を“停止”させているうちに氷の中から抜け出し、男の周りに大量の氷柱を生成していたアイシャは、少しずつ溶け始めた氷塊の残骸の上に立っていた。

◯特異能力“停止”……認識可能な対象物を停止させることができる能力


「さあどうする?チェックメイトよ?」


男は小刻みに震えながら黙り込む。

恐怖に慄いているらしい男を見て、アイシャは呆れたように言葉を続ける。


「……じゃあ、十秒あげるからどうするか考えなさい。私が納得する返答ができなければ、このまま貴方を氷柱の針山にしてあげるわ」


そう言うとアイシャはゆっくりと数を数え始める。


「じゅう……きゅう……」


その数が小さくなるごとに、無数の氷柱は確実に男の方へと迫っていく。


「ろく……ご……」


「あ……あ……は……」


男は声を懸命に出そうとするも、その喉からは掠れた音しか出てこない。


「さん……に……いち……」


刻々と時間は進んでいく。

そして、


「ぜろ」


急激に“加速”した無数の氷柱は男の体を串刺しにする、


「……あ……あ……」


一歩手前で急速に”停止“した。


「やれやれ」


氷塊の残骸から踏み砕きながら、アイシャは失神したらしい男の元へ歩いていく。


「随分と意気がったことを言っていたけれど、結局はただの虚勢だったわね」


「…………まあ、それはお互い様なのかもしれないけれど」


そう呟くと、アイシャはすっかりと明るくなった朝の空へと向かって自身の身体を“加速”させた。


ーーー


「……よーし!これで大丈夫かな!」


少し焦げ臭い茂みの中で、カトレアは腰に手を当てて満足そうに笑った。


「お疲れ様でした。……良かったですね、山火事にならなくて」

「全くだよ!ほんと運がよかっただけで、一歩間違えてたら大火事だったからね!?戻ってきたらぜっっったいに文句言うもん!」


「……誰によ?」


カトレアと少女の頭上から、思わぬ返答が返ってくる。


「あっ!!」


黒いフードを被ったアイシャが地面に降り立つと、カトレアは頬を膨らませながらそちらの方へと駆け寄っていった。


「もうっ!二手に分かれるんだったら炎使ってた人を連れてってよ!こんな草ボーボーのところであんなのと戦ったら火事になっちゃうって少し考えたら分かるでしょ!?私、今の今までずっと消火してたんだからね!飛び散った火種をちまちまちまちま消していってさ!」


カトレアの頭にフードを被せながら、アイシャは捲し立てる少女の文句を黙って聞いていたが、


「まあ、そうね。それは私が悪かったわ。ごめんなさい」


素直に謝ったアイシャの顔を見ると、


「……えっ」


カトレアは一瞬だけ驚いたようだったが、


「ふ、ふんだ!ジュースの一本ぐらい奢ってもらうもんね!」


改めてそう怒り直した。


二人がそんなことを言い合っているうちに、三人が元いた方から警笛の音が聞こえてくる。


「……あっ」


その音を聞いて、三人は揃って駅舎の方に顔を向けた。


ーーー


場所は再び駅舎の構内。

シャッターが上がった駅の中で、茶髪の少女はぬいぐるみが入ったビニール袋と切符を握りしめていた。


「……お二人とも、本当に、本当にお世話になりました!!」


茶髪の少女は瞳に少しの涙を浮かべながら、深々と頭を下げた。


「いいのいいの!私たちも楽しかったし!」

「話を聞いた感じだと一日中寝てないのでしょう?ちゃんと電車の中で寝なさいよ」


まだ微かに残っている暗い空を背にして、二人の少女は優しく笑った。


「では、失礼します……!」


再び頭を上げた少女は、数秒の間だけ二人の顔を目に焼き付けるようにじっと見つめると、その切符で改札口を通って目の前に止まっている電車の方へ歩いていく。


「元気でね〜!」

「頑張りなさいよ」


そんな少女の背中を見送る二人。

やがて、少女が電車の中に足を踏み入れようとしたその時、


「……あっ!そういえば!」


茶髪の少女は後ろを振り返ったが、


「…………あれ?」


つい先程までそこにいたはずの二人の姿は綺麗さっぱりなくなっていた。


それを見て首を傾げた少女は小さくこう呟く。


「名前、聞きそびれちゃった」


晴れやかな朝日が降り注ぐ乗降口に、爽やかな朝の風が吹き抜けていった。


ーーー


「……ふう」


とあるホテルの一室。

肌触りの良いクッションの椅子に、黒髪の少女がゆっくりと腰を下ろす。


「全く……間に合って良かったわ」


分厚いカーテンに朝日を遮られた一室は、シャンデリアのような形をした照明の、明々とした光に照らされていた。


「あっ!」


アイシャが一息を吐いていると、洗面台の方からカトレアの声が聞こえてくる。


「……カトレア?うるさいのだけれど?」

「アイシャちゃん来て来て!すごいんだよ!」


名前を呼ばれたアイシャは、面倒くさそうに洗面台の方へ向かう。


「……何?」

「見て見て!この入浴剤、泡でモコモコになるやつだよ!!」


カトレアは目をキラキラさせながら、手に持った小袋をアイシャに見せびらかす。


「……そう」


興味もなさそうに再び部屋へ戻っていこうとするアイシャの服を、カトレアをぎゅっと握りしめた。


「何よ」

「一緒に入ろ!」

「……入るも何も、まだ溜まってもいないでしょう?」

「溜めながら入るの!」


そう言うと、カトレアはアイシャのコートを脱がせ始める。


「ちょっ……私は溜まってから入るから、あんたは先に入ってなさいよ……!」

「イヤっ!一緒入るの!」

「なっ……!こらっ、やめなさい……!」

「無理矢理すっぽんぽんにされたくなかったら、ちゃんと自分で脱ぐんだよ!」


強引に服を脱がせようとするカトレアとそれに抗うアイシャ。

二人の少女の取っ組み合いは、今しばらくの間続いていった。


#1 What Do You Think? 〜Fin〜

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