#1 What Do You Think?⑦
「不意打ちだなんて、卑怯なことするんだね」
カトレアは現れた二人の男に冷ややかな視線を送る。
その二人は、片方は帽子を被った筋骨隆々の男で、もう片方は眼鏡をかけた痩身の男だった。
「そう言うなよ。殺し合いの世界なんざ、そんなもんだろ?……それによ、そんなことを言うならお前たちだって同じようなもんさ」
帽子を被った男は、カトレアの足元で泡を吹いて伸びている男の方へ視線を向ける。
「能力も使えない雑魚をご自慢の能力でいたぶるなんざ、不意打ちよりもよっぽど悪趣味だと思うぜ?」
「……悪いけれど、さっきも今も先に手を出してきたのは彼らの方よ」
小刻みに震える茶髪の少女を抱き抱えながら、アイシャはカトレアの隣まで足を運ぶ。
「部下はちゃんと躾けておいた方がいいわよ?……そうでないと、厄介な相手に噛み付いてしまうこともあるから」
その言葉を聞いた二人の男は、
「……は……ははっ」
「はははははっ!!」
大声を出しながら、腹を抱えて笑い始めた。
「厄介な相手だぁ?お前たちがか?」
ひとしきり笑い終えると、二人の男たちはその手を華奢で小さな少女たちの方へと向ける。
そして、
「舐めんじゃねえよ、くそガキども。軍部から俺たちを追ってきた奴らなのかも知れねえが、こちとら、テメエらとはくぐり抜けてきた修羅場の数が違うんだよ」
帽子を被った男の手のひらには火焔が、眼鏡をかけた男の手のひらには水流が作り出されていく。
少女たちの前に立つのは“火“と”水“を操る二人の能力者。
その照準を定められた白髪と黒髪の少女は、
「……ふふっ」
不敵にもニヤリと笑った。
「残念ね」
男たちの小馬鹿にしたような目を見て、アイシャはそう言った。
「能力者の割には、相手の力量も見抜くことができないなんて」
「……あ?」
そう言いながら、アイシャは茶髪の少女の身体をカトレアへ預けた。
「…………動いちゃダメだよ」
「……?は、はい……」
耳元で小さくそう囁かれた少女は、身体の奥底から湧き上がる恐怖を抑えるように、大きく、深く、呼吸をする。
「そうね、取り敢えずは……」
「借りていたものから返さないといけないわね?」
アイシャとカトレアは、互いに目を見合わせる。
そして、
「お返しするよ」
一歩ずつ足を動かして、二人の間に少しの空間を作った。
「…………っ!?」
そうしてできた空間を、駅舎の手前に“移動”させられてからずっと“停止”していた一発目の火球が勢いよく通り抜けていく。
「こ、こいつらっ……!」
「……ぐっ!」
二人の男は不意に飛んできた火球を目視すると、
「……っ、くそっ……!」
少女たちに向けて放つはずだった火焔と水流を、火球を相殺するように方向を変えて撃ち放ち、
どかんっ!
強烈な爆風と爆発音を伴いながら火球を相殺した。
「……けほっ、けほっ、けほっ」
身体を飛ばされそうな爆風の中、男たちの耳鳴りが時間と共に治っていく。
やがてその強風も弱くなってきた頃、男たちが砂埃の中から少女たちの姿を見つけ出そうとしたその瞬間、
「貴方は私と、ね……?」
隙を見て二人の懐まで潜り込んでいたアイシャは、水流を作り出していた眼鏡をかけた男の体を空へと向かって、
「ぐあああぁぁぁぁ……!?」
一気に“加速”させた。
遠く彼方へ、男の身体は凄まじいスピードで吹き飛ばされていく。
「その子は任せたわよ」
「おっけー、そっちも気をつけてね」
そしてその後を追うように、アイシャも自身の身体を“加速”させて夜明け前の空へ飛び込んでいった。
小さくなっていくアイシャの姿を空へ見送ると、カトレアは取り残されたもう一人の男の方を向き直す。
「さて......と」
そして、面食らったらしい男の方へ足を進め始めた。
「それじゃ、私たちも始めよっか」
「……っ、このガキども……!」
「……ふふ。それ、そこで倒れてる人とおんなじこと言ってるよ?」
徐々に二人の間合いは近くなっていく。
「あ、あのっ……!」
「あなたはそこで待ってて。変に動いちゃ危ないよ」
カトレアは振り返ることなく、後ろに立つ少女を制止した。
そして、
「…………ねえ、あなた。スナップ写真って知ってる?」
「……あ?」
紅玉のような瞳を揺らしながら、白髪の少女は不意に話を始めた。
「スナップ写真だよ。ありふれた日常の、何気ない一瞬をぱっぱと撮っちゃう、そういう写真」
少女はそのまま話を続けていく。
「私、好きなんだよね。しっかりとした被写体を用意して高いカメラで念入りに撮影するのもいいけどさ、大したことない光景を自然体に撮るっていうのが私の性に合ってるっていうかなんというか」
「……何が言いてえんだよ」
白髪の少女はクスリと笑い声を上げた。
「でもさ。生憎なんだけど、私カメラ持ってないんだ。旅の荷物は増やしたくないっていうか、着てるものと財布以外は持ち歩かないようにしてるから」
やがて、話している間に少女は男の目前まで歩いてきていた。
「だから私にとってのスナップ写真は、頭に、脳裏に刻まれている思い出なんだ。この目を通して撮ったものを頭の中に思い出として残す…………フィルムとかデータじゃないから忘れちゃうこともけど、それはそれで乙なものでしょ?」
「……だからさ」
少女は男の前で立ち止まると、血管が浮き出たその顔をゆっくりと見上げてこう言った。
「あなたをボコボコにした後の光景も、スナップ写真の一枚として覚えといてあげるよ」
『空間』を操る白髪の少女は、得意げな顔をして男の目を睨み返した。
◯特異能力:概念『空間』……空間に関する特異能力を複数扱うことができる能力
「……!舐めんなガキがっ!!」
男は怒声を上げると、目の前に立つカトレアに向かって手から炎を放った。
◯環境応用能力:「火」……火を操ることができる能力
しかし、
「……ふふ」
男が炎を放つまでの数秒間で、カトレアは再びその場から姿を消した。
「……っ!?どこに行った!!」
「ここに行ったよ?」
男は声がした頭上の方へと顔を向ける。
そこには、細い木の枝に腰掛けて足をふらつかせているカトレアの姿があった。
「どう?環境応用能力だけでこんなことできると思う?」
「……っ!お前、特異能力者か……!」
木の枝へ“移動”していたカトレアは、枝から突然飛び降りると、
◯特異能力“移動”……認識可能な地点に移動することができる能力
「そういうこと」
男の目の前に再び“移動”した。
そして、カトレアはその手に火花を散らせて、
「えいっ」
男へ向かって電撃を放った。
◯環境応用能力:「雷」……雷を扱うことができる能力
「がっ……!」
電撃に直撃した男は一瞬倒れかかるも、
「……ぐぅ……!」
何とか意識を保ちながらその体勢を維持した。
「おおっ!すごいすごい!そこは流石に能力者だね?」
「……く、くそっ……」
マジックでも見ているように歓喜の声を上げる少女の姿が、男の神経を逆撫でする。
「……分かったでしょ?あなたたちも強いのかもしれないけど、私たちも一筋縄じゃいかないんだって。だからここは手を引いてさ……」
「当たりさえすれば……当たりさえすればこんな奴……!」
「…………も〜」
親の仇でも目の当たりにしているかの如く自身を睨む男を見て、カトレアはポンっと手を叩く。
「分かったよ。じゃあ、次の一発が終わるまで、この場から動かないであげる。それでダメなら諦めつくでしょ?」
「……!こ、こいつ……!!」
そう言うと、カトレアは振り返って後ろにいる茶髪の少女に手招きをしてみせる。
「……え……え?……えっ!?」
「ほら早く。多分そっちの方が危ないよ」
「えっ……!?でも……いやっ……!」
「ほらほら」
「〜〜〜っ!」
急かされた少女は、一思いにカトレアの方へ駆け寄っていく。
「絶対に殺す……!絶対に殺す……!!絶対に殺すっ!!!」
湧き上がる憎悪を言葉にして、男は先ほどと同じようにその手に赤く燃える火焔を作り出していく。
「あの……!あのっ!!」
「大丈夫。しっかり私に掴まってて」
今にも泣き出しそうな少女を軽く抱きしめると、カトレアは男に向けてニヤリと笑みを浮かべてこう言った。
「来なよ?」
「……っ!このガキがああぁぁぁっ!!」
燃え盛る業火。
男の全力を注いだ火焔は、二人の少女に向かって解き放たれた。
焼き尽くすような熱を発しながら、その業火は一直線に二人を目掛けて進んでいき、
「…………あ」
「っ!!きゃあぁぁぁ!!」
やがて、茂み一帯を破壊するような大きな爆発を引き起こした。
「……はあ……はあ……はあ」
吹き荒れる暴風。
舞い散る火の粉が周囲の草木へ燃え移っていく。
地面に膝を着きながら満足そうにしたり顔をする男の目に、
「…………よかった」
「……はあ……はあ……あ……」
黒煙と暴風の合間から、白と茶の髪の毛と黒いコートが見え隠れしていた。
「まだ大火事にはなってなさそうかな?」
“展開”された空間の中にいた二人の少女は、業火が引き起こした大きな爆発から免れていた。
◯特異能力“展開”……自身を中心に認識できる範囲にまで空間を展開できる能力。
「……あ……あ……」
それを見て言葉を失う男の元へ、
「もういいでしょ?」
“移動”したカトレアは、
「次にあの子を狙ったら、ほんとに殺すからね」
迸る雷撃で、
「ぐえっ!!」
男のことを気絶させた。




