#2 Why Are You Alive?②
「なに?」
カトレアは声を掛けてきた男の方をチラリと見る。
そこには、紺色の制服と制帽を身に付けた、初老ほどの年齢に見える容姿をした男が立っていた。
「こんな時間にここで何やってるの?」
「……おやつ」
素っ気なくそう答える白髪の少女を見て、男は少し困った風に笑う。
「おやつって……。お嬢ちゃん、今何時だと思ってるの?」
そう言いながら、男は袖を捲って腕時計を確認する。
「別にいいでしょ。私たちがいつおやつ食べようが」
「いやまあ、それはそうなんだけどさ。……君たちは二人だけ?お父さんとお母さんは?」
面倒くさそうに受け答えをするカトレアを見かねて、アイシャは二人の元へ歩いていく。
「そんなのいないわ」
男は会話に割って入ってきた黒髪の少女の方を見る。
「そんなのって……。じゃあ、今は二人だけなんだね」
そう言って、男は胸ポケットからトランシーバーを取り出して小声で誰かと話した後、再び二人の方を向いた。
「よし。それじゃあ、ちょっとおじちゃんに付いてきてくれるかな?」
「やだ」
カトレアは一瞬の間もなく即答した。
その返答を聞いた男は、腕を組んで困ったような顔をする。
「う〜ん、困ったなあ。見たら分かると思うけど、おじちゃんお巡りさんだからさ、こんな時間に外で遊んでる子ども達を放っておくわけにはいかないんだよねえ。だからさ、君たちがおじちゃんに付いてきてくれて、親御さんのお迎えが来るのを交番で一緒に待ってくれると嬉しいんだけど……」
それを聞いて、アイシャは小馬鹿にしたように笑う。
「親御さんのお迎え?そんなもの、一生待っても来ないわよ?」
男はその言葉を聞いて一瞬だけ何かを考えたようだったが、やがて、
「はっはっは!」
何かが腑に落ちたように笑い声を上げた。
「分かったよ。さては君たち、家出してきたんだね?」
「……家出?」
「そっかそっか。色々と多感な年頃みたいだもんね」
男はくるりと二人に背を向けると、後ろを振り返って二人の姿を見た。
「でも外にいるのは危ないから、交番までは一緒に来てもらうよ。……大丈夫、親御さんや学校には黙っててあげるから」
そして、それだけを言ってどこかへと向かって歩き始めた。
「……どうする?」
その後ろ姿を見ながら、二人は顔を近づけて言葉を交わす。
「…………まあ、暇つぶしがてらに付いていってもいいけれど……」
「カツ丼出るかな?」
「……カツ丼?」
怪訝な顔をしてアイシャはカトレアの方を見る。
「うん。この間、ホテルのテレビでやってた刑事ドラマでさ、刑事さんが取り調べ中の被疑者にカツ丼を出すシーンがあってね?よく分からないんだけど、そのカツ丼がやけにおいしそうでさ……」
「……これ補導じゃないの?」
「そう、そこなんだよね。補導でもカツ丼って出るのかなって」
「…………いや……絶対にないとは言えないでしょうけど……」
妙に真面目な顔をして話すカトレアの横顔を、アイシャは困惑しながら眺めている。
そのうちに、
「お〜い、早くおいで〜」
そこから少し離れた場所で、男がこちらに向かって大きく手を振っているのが二人の目に映った。
「……ま、取り敢えず行ってみよっか!」
「…………しょうがないわね」
そう言って、二人は男が待つ方へと歩き始めた。
ーーー
そうして、カトレアとアイシャは男に連れられるままに、小さな交番へと辿り着いた。
その交番は、赤い煉瓦が積み重ねられた、およそ正方形に見える形状をしていた。
「ほらほら、座って」
男はそう言うと、どこにでもありそうな白い長机に収められていた二つのパイプ椅子を静かに引いた。
「どうも」
それに座った二人は、珍しいものでも見るように交番の内装を見回した。
その壁には犯罪防止を促すポスターが複数枚貼り付けられており、ちょうど少女たちの腰くらいの高さのチェストには、この地域のマスコットキャラクターらしいぬいぐるみが置かれている。
「それで?どうして家出なんてしたの?」
二人が椅子に座ったのを見計らって、男もその対面に座った。
「家出だなんて、一言だって言ってないでしょう?」
「ははは!そっかそっか、ごめんね」
楽しそうに笑う男を見て、アイシャは少しイラッとした顔をする。
「でもね?親御さんのことを、“そんなの”って言うのはいただけないな。二人をこんなに立派になるまで育ててくれたのは、他でもない君たちのお母さんとお父さんなんだよ?」
男は、先程よりも少し真面目な表情をしてそう言った。
しかし、それを聞いていた二人は、
「…………」
しばらくの間、一言も発することなく黙り込んでいたが、
「…………まあ、そういうことにしておくわ」
やがて、アイシャはそう答えを返した。
「ははは、素直じゃないなあ」
男はそう笑い飛ばすと、座っていた椅子から腰を上げた。
「何か飲みたいものとかある?お茶とかジュースとか、色々あるよ」
少女たちは、少しの間悩むような素振りを見せて、
「コーラがいいかな〜」「コーヒーとかあるかしら?」
口を揃えて答えた。
「はいはい、コーラとコーヒーね」
そう言うと、男はあったかなあと独り言を呟きながら交番の奥の方へと消えていった。
それから数分も経たないうちに、男は二本のペットボトルを持って戻ってくる。
「良かったね、どっちもあったよ。……コーヒーはアイスでもいいのかな?」
「ええ。何でもいいわ」
その返答を聞くと、男はそれぞれのペットボトルの中身を、透明な二つのグラスにそれぞれ注いでいく。
二つの褐色の液体が、片方は弾けるような音と共に、もう片方は静かに、グラスの中を満たしていった。
「はい、どうぞ」
やがて二人の前に差し出されたそれを、カトレアとアイシャは感謝を述べてから口に運ぶ。
人工的な甘味と喉を刺激する炭酸と、コーヒー豆のほろ苦さと口の中に広がる自然な香り。
二人はそれぞれ違うものを味わいながら、そのグラスを空にしていった。
やがて、空になったグラスを二人は少し前の方へ押しやった。
「さてさて。それじゃあ、そろそろ親御さんの連絡先を……」
「ねえ」
カトレアは男の方を見ながら、その言葉を遮った。
「……ん?どうしたんだい?」
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
男はカトレアに向かって笑顔を作ってみせる。
「お、何だい?おじちゃん、答えられることなら何でも答えちゃうよ?」
「ほんと?……じゃあさ、この間刑事ドラマを見てたんだけど、そこでね、刑事さんが被疑者にカツ丼を出すシーンがあったんだ。それでさ、そういうのって、本当にあるのかな〜って思ったんだ」
それを聞いた男は、少し出た腹を触りながら朗らかに笑った。
「はっはっは!なるほどな!確かにそういうシーンはあるけれど、実際にそういうのはできない決まりになっているんだ」
「あれ?そうなの?」
カトレアは意外そうな顔をする。
「そうとも。例えばさ、本当に刑事さんが被疑者にカツ丼を出したとして、被疑者が『嘘でもいいから罪を認めれば食べ物が貰える』って思っちゃったらマズイだろう?取り調べ中、なんなら拘束中は、被疑者は満足にご飯を食べられないからね。カツ丼を空腹の被疑者に出すことは、嘘の自白を言わせちゃうことに繋がるんだよ」
男の説明を、しっかりと相槌を打ちながら聞いていたカトレアは、やがて納得したように何度も深く頷いた。
「確かに確かに。言われてみればそうかも」
そしてアイシャの方へ振り向くと、
「だってよ?」
得たばかりの知識をひけらかしたかったのか、したり顔でアイシャの方を見た。
「……いや、別に私は興味ないのだけれど」
アイシャは何とも言えない表情で、そう言葉を返した。




