#2 Why Are You Alive?③
そうやって三人、主に男とカトレアが、中身があるのかないのかよく分からない会話を繰り広げていくうちに、
「あ〜、ごめんね。おじちゃん、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
男が席を立って、交番の奥の方へそそくさと歩いていった。
「……あんた、随分と楽しそうじゃない」
頬杖をついたまま、アイシャはカトレアの方をじーっと見ている。
「…………え?なに?もしかしてヤキモチ?」
カトレアはアイシャの顔を見て、ニヤニヤを笑みを浮かべた。
「別に、そういうわけではないのだけれど……」
「ふ〜ん?そうなんだ?」
自身の顔から視線を逸らすアイシャのことを、もうちょっとだけ茶化そうとカトレアが口を開けたその瞬間、
「楽しそうね、あなたたち」
交番の奥の方から、一人の女が二人の方へ向かって歩いてきた。
その女は、男と同じく紺の制帽と制服を身につけており、黒くて短い髪をしていて、カトレアとアイシャより一回りほど歳上のように見えた。
「楽しそう?そう見える?」
「うん。私にはそう見えるよ」
女は、椅子には座らずにポスターが貼られた壁にもたれかかった。
「あの人、子どもと話す時はあんな感じだけど、本当はもっと怖い人なんだよ?昔なんかは鬼警部って呼ばれてたぐらいからね」
「警部?巡査じゃないの?」
そう言われた女は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、
「……違ったんだよ。昔はね」
そう言って交番の入り口まで歩いて行き、透明なガラス越しに夜の街中を見ながら言葉を続けた。
「昔はこんなところじゃなくて、もっと都会の方で仕事をしてたんだよ。私もその時にあの人、先生と出会ってね。それからずっと一緒に働かせてもらってるんだ」
それを聞いて、カトレアとアイシャは互いに顔を見合わせる。
「何で警部から巡査に格下げになったのかしら?」
女は少しだけ苦い顔をする。
「……色々とあってね」
カトレアは女の背中へ疑問を投げかける。
「なにがあったの?」
再び質問を投げかけられた女は、二人の方へ振り返ってこう答える。
「……先生、数年前に起きた事件で家族を全員亡くしちゃったんだ」
それを聞いたアイシャは、椅子を動かして身体ごと女の方へ向けた。
「事件というのは?」
女は静かに笑うと、アイシャの目を見て言う。
「ごめんね、あんまり無闇に口外できる話じゃないんだ。……でも、一つだけ言うのであれば」
間を置いてから、女はその言葉の続きを口にした。
「たくさんの人が死んだ事件だったんだよ」
カトレアも、アイシャと同じように女の方へ椅子を向ける。
「……それでもちゃんと仕事は続けてるんだね」
「うん。先生、この仕事には誇りがあるみたいだから。どんなに辛いことがあっても、絶対にそこだけは譲れないって」
「すごいね、家族を亡くしてるのに」
「うん。私も先生のそういうところに憧れて、一緒に仕事をさせてもらってるの」
「……でもさ」
女は少しだけ顔を下に向けた。
「なんだか最近、先生が辛そうに見えるんだ」
「辛そう?」
「うん。何でかは分からないけど、なんとなく、そう感じるの……」
そこまでを言うと、女はハッとしたように顔を上げた。
「ごめん、変なこと言っちゃって。あなた達には関係ないよね!」
そう言ってから女はにっこりと笑いなおすと、自身の方を見る二人の横を通っていく。
そして、
「それじゃあ私は仕事に戻るから。あとはごゆっくり!」
それだけを言って、交番の奥へと歩いていってしまった。
女が戻っていく様子を見ていた二人は、女の方へ向けていた椅子を再び元の向きに戻す。
「……事件、ね」
「ん〜、なんだろうね?」
そんなことを話しているうちに、手洗い場から水が流れる音が聞こえてくると、ハンカチで手を拭いつつ、こちらに戻ってくる男の姿が二人の目に入った。
「いや〜、ごめんねごめんね。急にお腹が痛くなってさ」
「ううん、気にしないで」
そう言ったカトレアは、
「…………ふふっ……」
アイシャの顔をチラリと見てから、悪戯な笑みを浮かべた。
そして、
「ねえねえ。この子、本当は話に入りたいみたいなんだけど、照れ屋さんだから中々入れないみたいなの。だから、この子にもお話しを振ってあげてほしいな」
「……え」
男に向かってそう言った。
「いや、別に私は……」
「そっかそっか!それはごめんね!……う〜ん、それじゃあ、どんなお話をしよっか?」
「だから……」
アイシャの言葉など耳に入っていない様子で、男は寡黙な少女との話題を考え始める。
やがて、話題を思いついたのかアイシャの方に顔を向けた。
「お嬢ちゃん、今のお歳はいくつ?」
「……え?…………そうね。十六歳……で、いいのかしら……?」
「おいおい、自分の歳くらいちゃんと覚えてないと……そっか〜、十六歳か〜」
男は何度も頷きながら、上を見上げたまま、何かに想いを馳せるように語り始めた。
「おじちゃんにもね、子どもがいたんだよ。最後に会ったのは、そう、ちょうど君たちぐらいの歳の時かな?本当に可愛くてね、頭だってすごく良かったんだよ?昔はね、おじちゃんと、おじちゃんのお嫁さんと、そしてそのおじちゃんの子どもの三人で、こことは違う、もうちょっと都会のところに住んでたんだ。それでね、そこで一番頭が良い学校に入ってね、成績もずっと上から一桁くらいの順位にいたんだ。……あ、そうそう、その子も女の子なんだけどさ」
アイシャは男の話を面倒くさそうに聞いていたが、
「……その学校っていうのは、軍部が直接管理している、あの学校かしら?」
話の途中でそう言葉を差し込んだ。
その言葉に、男は嬉しそうな顔をしながら頷く。
「そうそうそう!よく知ってるね!」
そして、アイシャはもう一度質問を投げかける。
「……なら、その子は能力者を目指していたんじゃないかしら?」
それを聞いた男は、
「…………あ〜、いや、えっと……」
そう言葉を詰まらせてから、その口を閉ざしてしまう。
その様子を見ていたアイシャは、自身の脳裏に浮かんでいた言葉を男に向けて突き刺した。
「…………A-3区能力者大量殺人事件」
「やめてくれ」
男は低い声でそう言った。
「…………」
少しの間、交番の中は静まり返る。
グラスの側面に付いていた水滴が滴り落ちて、机の上に小さな水溜りを作っていく様子を見ていたアイシャは、
「…………このコーヒー、美味しかったわ。できればもう一杯いただけないかしら?」
男の方へ顔を上げながらそう言った。
「あっ!私もコーラのおかわり欲しい!」
二人の少女の注文を聞いた男は、少し和らいだ表情を見せると、
「……全く、お嬢ちゃん達、結構図々しいんだね?きっと、将来大物になるんだろうな!はっはっは!」
そう言いながら席を立ち、ついさっき冷蔵庫に戻した二本のペットボトルを取りに再び交番の奥へと足を運んでいった。
男が席を離れたのを待っていたのか、カトレアはアイシャの顔を見てから言う。
「酷いね、アイシャちゃん。ほんとは想像ついてたんでしょ?」
そう言われたアイシャは、グラスの底に溜まっていた水滴を人差し指で掬い上げた。
「私は相手のことを気遣えるような立派な人間ではないもの」
「わ〜、アイシャちゃんひど〜い」
「ええ、私はとても酷い人間よ」
そして、アイシャは濡れた人差し指を黒いズボンで拭うと、腕を組んで男とコーヒーが戻ってくるのを待った。




