#2 Why Are You Alive?④
「あ〜、美味しかった」
二杯目のコーラを飲み終えたカトレアは、満足そうにグラスを机の上に置いた。
「そりゃあ良かった」
満足そうに笑う男を見たカトレアは、
「ねえおじちゃん。私たちもパトロールしたい!」
そう言って急に椅子から立ち上がった。
「……え?パトロール?」
「そうそう!ずっとここに座ってても退屈だしさ!いいでしょ?」
そう言われた男は、腕を組んで唸り声を上げる。
「う〜ん、最近はこの辺りで通り魔も出てるし、そういうわけには……」
「え〜!いいじゃん!おじちゃんが一緒なら、大丈夫だよ!ねっ!?」
男はまんざらでもなさそうな様子で悩んでいたが、
「……そう言われたならしょうがない!行くか!」
「やったー!」
男は元気よく腰を上げると、外へ行く支度をしに行ったのか奥の方へと戻っていった。
「…………相変わらず口が上手いのね」
カトレアはアイシャを見下ろしながら小さく舌を出す。
「てへっ。このままずっとこうしてるのも困っちゃうからね、いい感じのタイミングを見てさっさとお暇しちゃお」
カトレアは自身のブーツの靴紐が解けかけていることに気がつくと、屈み込んでその紐を結び直す。
「そうね。彼には悪いけれどそうさせて貰おうかしら」
アイシャは残っていたコーヒーを飲み干すと、立ち上がってから座っていた椅子を机の中に収めた。
そのうちに男が制帽を被って交番の奥から戻ってくると、三人は交番を出て、再び夜の街へと繰り出していく。
先ほどよりも夜が更けた街の中に、三人以外の人の姿は見当たらなかった。
「それでさ!この子がね、私の毛布を全部剥いだんだよ!私、まだ眠るつもりだったのに!」
「ダメじゃないか、そんな酷いことをしたら」
「……いや、あんたあのまま起きるつもりだったでしょう」
三人はそんな話をしながら、街の中を歩いていく。
きちんと整備された歩道に、等間隔に並んだ街灯。
歩道の上にはゴミの一つもなく、綺麗に掃除されている。
その様子を見たカトレアは、
「……いい街だね、ここ」
そう口にした。
「はっはっは、どうしたんだい急に?君たちだって、ここに住んでるんだろう?」
「……ん〜、実はそうじゃなくてさ」
それを聞いた男は、おやっと声を出した。
「君たち、この街の住人じゃないのかい?」
「うん。実はさ、もう一個隣の街から家出してきたんだ」
何食わぬ顔をしてカトレアは言葉を続けていく。
「親と喧嘩してから、なんの考えもなしに飛び出してきたの。……あ、この子も大体そんな感じだよ」
カトレアはアイシャに向かってこっそりとウインクをした。
「……ええ、まあ、そんなところよ」
「そっか」
そう答えた後、男はしばらくの間、静かになった。
そして、明かりが消えた家々の前を歩いていくうちに、男は不意に口を開く。
「お嬢ちゃんたちはさ、なんのために生きてる?」
二人は、そう聞かれた直後には特に反応を見せなかった。
しかし、
「気に入らないからだよ」
そのうちに、カトレアはそう答えた。
「……気に入らない?」
「そう」
そのまま、カトレアは言葉を続ける。
「人がさ、自分から死にたいって思う時って、大体、辛いことととか、苦しいこととか、そういうのがあるからでしょ?だから、もうこれ以上辛い目に遭わずに済むように、これ以上苦しい思いをしないで済むように、自ら死を望む、そうでしょ?」
男とアイシャは黙ったまま道を歩く。
「でもさ、死ぬことも、特に自らの手で自分を殺すことって、すごく辛くて苦しいことだよね。だって、私たちの身体は、“死”というものに本能的に恐怖を感じるし、自分の身体の危機には“痛み”を感じるように作られてるんだから」
こつり、こつりと三つの足音が鳴る。
「私はね、それがすごくムカつくし気に入らないんだ。ただでさえ辛くて苦しい思いをしてるのに、なんでこれ以上そんな思いをしないといけないんだろうって。なんで自分だけがそんな思いをしないといけないんだろうって」
そう言うと、カトレアは少しだけ口角を上げる。
「ま、これがただの独り善がりなのは分かってるよ。だからさ、」
カトレアは男の方を見て、
「絶対にこれ以上酷い目に遭ってたまるかバーカ!って勝手に思いながら生きてるよ!」
元気よくそう言った
そして、
「ね!」
アイシャの方へ笑いかけた。
「……ええ、そんなところよ」
そして、アイシャも同じように、カトレアを見ながら笑った。
それから少しの間、男は黙っていたが、
「…………すごいね、お嬢ちゃん達は」
やがて、そう言葉を零した。
「おじちゃんは、そんなにポジティブにはなれないなぁ」
「……言うほどポジティブかな?ネガティブが一周回ってポジティブに見えてるだけじゃない?」
「…………はは、確かにそうかもね」
男は、今までのものとは違う、乾いた笑いを浮かべた。
そして、
「……おじちゃんはさ、」
男が何かを語り始めようとしたその時、
「ストップ」
カトレアがそれを制止した。
「……?どうしたんだい?」
男の言葉が聞こえていないかのように、二人の少女は互いの目を見た。
「おじちゃん、拳銃か何か持ってきてる?」
「……え?……いや、持ってきてるけど……」
「そっか」
それだけを言うと、二人は今まで進んでいた方とは違う方角へ歩き始めた。
「ちょっ……おいおい、どこへ行くんだい?」
「良いから付いてきてちょうだい。……それと、周りにも気をつけなさいよ」
アイシャは冷たい声でそう言うと、カトレアと共に早い歩調で進んでいく。
その場にぽつんと一人だけ取り残された男は、
「ど、どういうことかちゃんと説明してよ……!」
慌てて二人の後を追いかけていった。
それから数分の間、三人は一言も言葉を交わすことなく街の中を進んでいく。
歩いていた大通りを出て、少し狭苦しい小道を抜けて。
そうして、周囲を睨みながら歩くカトレアとアイシャは、やがて、とある道の用水路の近くで足を止めた。
「はぁ……はぁ……ねえ……!いい加減、ちゃんと説明してよ……!」
二人の歩くペースが速かったのか、息を切らした男が二人の背中に話しかける。
「……そこ」
「……え?」
「多分、そこだよ」
カトレアはただそれだけを言うと、アイシャと共に男の背後に回った。
「……?何が?」
「良いから確認なさい。こういうのは、お巡りさんの仕事でしょう?」
後ろの二人を訝しむ男だったが、腰から携帯用のライトを取り出すと、言われたままに用水路の中を確認する。
「…………特に何も……あれ……?」
ライトで先を照らしていくと、そこには、明らかに水の流れを堰き止めている物体があった。
それは、どうやら二つほどの縦長い何かが、ちょうど用水路の高さくらいに積み上げられているらしかった。
そして、それは今まさに、その周辺の水を、赤く、黒く、淀ませている。
「…………まさか……」
状況を理解したらしく、男はそれの近くに駆け寄っていく。
「…………」
それを間近で照らしつけ、そのまま黙り込む男の姿を、二人の少女は眺めていた。
「……まだ腐った臭いはしていないから、そんなに時間は経っていないわね」
「うん。それに、発砲音も聞こえなかったし、空薬莢も見当たらないあたり、多分刃物か能力だろうね」
カトレアは暗い地面を見渡しながらそう言った。
「アイシャちゃんはどう思う?」
「さあ?傷口を見ていないから何とも言えないけれど、焦げ臭くはないから、火の能力ではないんじゃないかしら」
「そうだね。……それで、これからは……」
淡々と語らう二人の元へ男が帰ってくる。
「交番から応援を呼んだ。今から君たちを迎えに来てもらうよ」
つい先程までのそれとは違った、鋭く真剣な眼差しで男は二人の顔を見る。
「……迎え?交番で待ってろってこと?」
「ああ。朝になったら、必ず君たちを送り届けてあげるから、それまでは少し待ってて欲しい」
「…………ええ、そうね。そうさせてもらうわ」
そうして男は腰から拳銃を抜くと、それを構えて、二人の少女を守るように周囲を警戒し始めた。




