#2 Why Are You Alive?⑤
交番の脇に駐車したパトカーから降りた二人の少女と制服を着た女は、共にガラス張りのドアの中へと入っていく。
「……ごめんね。こんな厄介ごとになっちゃって」
女はカトレアとアイシャの後ろから交番へ入ると、力強く、そのドアを閉めた。
「気にしないでちょうだい。……そもそも、一応パトロールという建前で外へ出たのだから、これで大義名分が立ったってところじゃないかしら?」
「そーそー。それに、あそこまでおじちゃんを連れてったのは私たちだしね!」
二人は、先ほどまで座っていたパイプ椅子に再び腰を掛ける。
「そう言ってもらえると助かるよ」
女はそう言うと、ついさっきまで男が座っていた椅子に勢いよく座って、二人の顔を見る。
「……ねえ、二人とも大丈夫?遺体なんて見たの、初めてなんじゃない?」
心配そうな顔をする女を見て、カトレアはにっこりと笑みを浮かべる。
「平気だよ。……見たのも、初めてじゃないし」
それを聞いて、女は少し驚いた素振りを見せたかと思うと、今度は急に席から立ち上がった。
「飲み物、何か飲み物飲む?」
カトレアとアイシャは静かに顔を見合わせたが、
「ありがたいけれど結構よ。もう沢山いただいたもの」
「あ、そっか。……ごめんね」
女は慌ただしく、再度、席に着いた。
「……ねえ」
そんな様子を見て、カトレアは女に問いかける。
「お姉さんこそ大丈夫?なんていうか、居ても立ってもいられなさそうっていうか……」
そう言われた女は、糸を切られた操り人形のように、力なく机の上に突っ伏した。
「……心配なんだよ」
腕に顔を埋めたまま、女はそう言った。
「この交番には私と先生しかいないんだ。だから、先生一人に何とかしてもらうしかない」
「……連絡すれば、本部や他所の交番からも応援に来てくれそうなものだけれど?」
「…………この交番、というより、先生はかなり孤立してるんだ」
「なにかあったの?殺人事件が起きてても、何も助けてくれないって相当じゃない?」
女はカトレアの問いに答える。
「例の事件だよ。先生の家族が殺された」
「事件?関係あるの?」
「……さっきも言った通り、私も詳しくは知らないんだけどね……」
少しの間を置いて、女は言葉を続ける。
「本部の汚職も、事件の一因だったらしいんだ」
「…………汚職、ね」
「うん。だから先生はわざわざこんなところにまで左遷されて来たんだ。あんな奴らとは仕事はできないって」
女はやがて顔を上げると、そのまま両手で顔を押さえた。
「……君たちが思っているほど、警察は、いや、この世界は、綺麗ではないんだよ。みんな、必ずどこかが腐ってる」
女はその言葉を切れ目に黙り込んだ。
「……なるほどね」
アイシャは椅子に深く座り直すと、ゆっくりとその腕を組み直す。
そして、女の方を見て言った。
「それで、貴女はこれでいいの?」
「……私?」
女は顔から手を離すと、自身を見つめるアイシャの方を向いた。
「ええ。……私たちがいるからここを離れられない。多分そういうことなのでしょうけれど」
「……分かってるのなら聞かないでよ」
「…………そうね、でも……」
アイシャは女の目をじっと見る。
「少なくとも、今危険なのは私たちではなくて彼の方よ」
「…………警察が一般人を放置して行けるわけないでしょ……?」
「じゃあ、このまま彼が殺されでもしたら、貴女は後悔しないの?」
「……変なこと言わないで」
「別に変なことでもないでしょう?十分にあり得る話だと思うけれど」
「だから……!」
女が身を乗り出して、アイシャの方へ掴みかかろうとしたその時、アイシャはちょうど拳一つ分ほど椅子を引いた。
「……この机、いいわね。向かいからは足も見えないし、幅も高さもそこそこあって、」
アイシャは椅子からぴょんっと飛び降りると、
「私とこの子が隠れるには、ちょうど良いくらいじゃないかしら?」
その机の下に屈んで見せた。
それを見たカトレアは、ふっと笑うと、
「……あ!ほんとほんと!ちょうどいいくらいだよ!」
同じように、アイシャの隣に並んで屈んだ。
そうやって、椅子の前、机の下に屈み込む二人を見て、女は一瞬だけ何かを考える様子を見せる。
やがて、
「……絶対、頭出さないって約束できる?」
「…………ええ。絶対にね」
「……絶対、何かあったらこれで連絡できるって約束できる?」
「…………うん。絶対だよ」
二人の返答を聞いた女は、
「…………ありがとっ……!」
胸ポケットに入っていたトランシーバーを机の上に投げ捨てると、ガラスを割りそうな勢いで入り口のドアを開けていった。
交番の横から聞こえてきたエンジン音が遠くなっていくと、カトレアとアイシャは約束どおり、女がいた方の机の下に屈んで隠れる。
「よいしょ……よいしょ……う〜ん、ほんとにピッタリだね」
「……ねえ、あんたわざと頬をくっつけてるでしょう?」
「まさかまさか。アイシャちゃんだって、二人で屈んでちょうどいいサイズって言ってたじゃん!」
密着してくるカトレアを、アイシャは鬱陶しそうな顔で見た。
そうやって、二人で夜の交番の中で静寂と共に隠れていると、カトレアが急にアイシャへ話しかける。
「……ねえ、アイシャちゃん」
「何?」
「このまま逃げるのも、選択肢としてはアリだよ?」
アイシャは少し悩んでから答えを返す。
「私は性格が良いから、彼女との約束は破れないわ」
そう言ってから、二人で夜の交番の中で静寂と共に隠れていると、カトレアが再びアイシャへ話しかける。
「……ねえ、アイシャちゃん」
「何?」
「さっさと犯人を分からせるのも、選択肢としてはアリだよ?」
アイシャは少し悩んでから答えを返す。
「私は性格が悪いから、他人の命より自分たちの命の方が大事だわ」
それを聞いたカトレアは、その丸く屈んだ身体で、同じように丸く屈むアイシャの身体を、数回ほど軽く押した。
「わあ!アイシャちゃん酷い!最低!」
「何とでも言いなさいよ。行く先々で誰彼構わず手を貸していたら、いつか足を掬われるわ」
押されるたびに、アイシャのその長い髪が揺れ動く。
「それに……」
アイシャは少しの間を置いてから、その続きを言葉にした。
「彼は、それを望んでいるのかもしれないとも思うわ」
その言葉を聞くと、カトレアはアイシャを押すのをやめて、少しだけ下を向いた。
「生きる意味、か」
「邪推でしかないけれどね。ただなんとなく、そんな気がするの」
「…………分かる気がするよ」
「……でも」
無地の白い床を眺めながら、カトレアは口を開く。
「あのお姉さんは、きっとそれは望んでないんだろうね」
「そうね。随分と彼のことを慕っているようだったし」
その言葉を最後に、しばらくの間、二人は黙ったままその場に屈んでいた。
しかし、
「……ねえ、アイシャちゃん」
「何?」
「膝枕して」
「……どうやってするのよ?」
「アイシャちゃんが正座すればいけるよ」
「嫌に決まっているでしょう?足が痺れて動けなくなるかもしれないのに」
「その時は私が“移動”させてあげるよ」
「嫌。絶対に嫌」
そうし始めてから十分も経たないうちに、同じ光景に飽きたらしく、二人は他愛もない話を始めた。
「今日のホテルどんなとこかな〜?」
「いつもの系列のホテルでしょう?昨日と何も変わらないと思うけれど」
「え〜、いつかみたいに色々なコスプレがあるとこがいいな〜」
「……それ、泊まるところがなくて、渋々泊まったラブホテルのことじゃないの?」
「そうそう!あれ面白いかったな〜、部屋にあったゲームで負けた方がさ〜」
「やめてくれる?あそこのことはもう二度と思い出したくないの……」
そこまで言ったアイシャは、急に口を閉ざした。
何かを察したのか、二人はそれまでのくだらない話をやめると、机の物陰でじっと息を殺すことに専念する。
そのうちに、
こつり、こつりと足音が聞こえてくる。
「……こっち来てない?」
アイシャにも聞こえるか分からないほどの小声で、カトレアはそう言った。
「ええ、近づいてきてるわ」
アイシャがそう言い終わるや否やというところで、
がたんっ
交番の入り口の方から、ドアが開く音が聞こえてきた。




