#2 Why Are You Alive?⑥
何者かの手によって開かれたドアは、そのまま、蝶番が軋む音と共に、ゆっくりと閉まったらしかった。
こつり、こつり。
入ってきた人間は革靴らしい靴で歩く音を立てながら、交番の中を歩いていく。
そして、何者かは二人が隠れている長机の前で足を止めると、
「……何だ……?」
そう言いながら、机の上に投げ捨てられていたトランシーバーを拾い上げたようだった。
その真下で、二人の少女は息を殺している。
互いの微かな呼吸音と、自身の心臓が動く音が、二人にはやけに大きく聞こえていた。
一方で、侵入者は手に取ったトランシーバーを操作している様子だったが、使い方が分からなかったのか、再び、それを机の上に戻した。
そうしてから、侵入者は長机の側から離れると、交番の入り口側、隠れている二人の姿が見えないところにあったロッカーを開けて、その中を漁り始めたようだった。
その間に、二人の少女は一言も発さぬまま、互いの顔を見る。
「…………?」
カトレアはロッカーがあった方に人差し指を差す。
「…………、……」
それを見たアイシャは首を横に振って、それを否定した。
「……、……?」
それからカトレアは、何かを待つように、アイシャの方をじっと見続ける。
「…………」
しばらく考えている様子だったアイシャは、
「……、……」
目の前に伸びる、交番の奥の方を指差した。
「……!?……!」
それを見て、カトレアは何かを訴えかけるような仕草をするが、
「…………」
アイシャは自身の胸に手を当てて、カトレアの赤い目をしっかりと見た。
「……、……!」
やがて、カトレアは納得したように深く頷くと、
「……?」
「……、……」
「……!」
机の下から見えていた、交番奥の机にある固定電話の受話器を“移動”させて、
かたんっ
軽い音を立てた。
「……!?」
その音を聞いたらしい侵入者は、早歩きで物音がした方へと歩いていく。
やがて、侵入者が長机の横を抜ける、すなわち、二人が見える位置まで来ようとしたその瞬間。
「…………!」
交番の中は“停止”した。
「……!ぷはぁ……!あ〜、すっごく息苦しかった!」
そう言いながら、カトレアは机の下から立ち上がった。
「油断しないで。まだ終わっていないわよ」
「うん、分かってるよ」
カトレアとアイシャ、二人以外の全てが止まった場所で、少女たちは言葉を交わす。
「さてさて、悪い悪い空き巣さんは〜?」
カトレアは長机の真横で止まっている人間の方へと近づいていった。
その人間は、黒いキャップに白いマスクをつけており、手荷物は何もなく、灰色のパーカーに青のジーンズを履いた男だった。
「おじさん……いや、お兄さんかな?」
「凶器は?」
「えーっとね〜」
言われたままに、男の身体を外から眺めるカトレアだったが、
「う〜ん、特に見当たらない!」
元気にそう言った。
「不味いわね。そうなったらこの人は……」
「能力者かな?あるいは……」
「あの遺体の二人を殺した犯人のグルか、ね」
アイシャは腕を組みながらそう言った。
「見えないとこに凶器がある可能性は?ポケットとかさ」
「0ではないでしょうけど、そもそもの話、何でこのタイミング、警官が二人ともいないタイミングを狙って交番に来たのかって話じゃないかしら」
「パトカーがないから?お姉さん、パトカー乗っていったし、……でもそっか、パトカーがないからって二人ともいないとは限らないよね」
カトレアは時が止まった机の上に腰掛けた。
「……一番最悪なのは、他に殺人の実行犯がいて、その人が能力者だったときのこと。そうなったら……」
「殺されるだろうね、おじちゃんもお姉さんも。……ああ、ワンチャンおじちゃんかお姉さんが実は能力者でした!ってなったら話は変わるけど」
「……だといいのだけれど」
そこまで言うと、アイシャはカトレアの隣に並んで座る。
「どうする?」
「…………ここまできて、私たちは無関係です、は無理があるでしょう」
「……ふふっ、そうだね。それじゃ、」
そう言うと、カトレアは左手を帯電させ始める。
「とりあえず、この人は分からせちゃおっか」
やがて、二人は机の上から降り立つと、
「解くわよ?」
「うん。いつでもいいよ」
アイシャは“停止”を解除した。
そのうちに、掛け時計の針が再び音を立てながら動き始めた。
男は、物音が聞こえてきた奥の方へと足を早めていた最中だったが、
バチバチっ
「……?何……?……!!」
机の横に立つ、突如現れた二人の少女と目が合うと、
「だ、誰だ……!」
「ごめんね?」
白髪の少女が突き出した手から放たれた電撃によって、ぐあっと声を上げながら気絶した。
ーーー
夜空に浮かぶ月に黒い雲がかかり始める。
静かな夜の街には、一つのエンジン音が鳴り響いていた。
サイレンは鳴っていない。
運転席に座る女は、警察がいれば止められてしまいそうなほどに荒い運転で、街中にパトカーを走らせていく。
「…………っ」
女は、自身の脳裏に浮かぶ最悪な光景を振り払おうと、パトカーのドアポケットから手の平ほどの小さな紙箱を取り出すと、そこから一本、紙の煙草を咥え出した。
かちっ、かちっ
金属製のライターに火を点けると、その火で、咥えた煙草の先端に煙を登らせた。
車内に広がる煙草の匂いを感じながら、その煙を自身の肺の中へ送り込んでいく。
パトカーのライトで照らしていく街並みはいつもの光景と何一つ変わらないはずなのに、今の女の目には、やけに恐ろしいもののように見えていた。
「…………頼む……」
女は焦る気持ちをぶつけるように、アクセルペダルを思いっきり踏みつける。
つい先程、今は交番で身を隠しているはずの少女たちを迎えに行った道に、女は再びパトカーを走らせていく。
そのうちにパトカーは件の、遺体が発見された用水路の近くで停止した。
パトカーを停めると、女はすぐにドアから飛び出て、拳銃を構えつつ、遺体があった場所へと歩いていく。
そして、暗い視界の中、用水路の側までやってきた女はその周りを注意深く観察する。
そこには、少女たちを迎えに来た際に男と一緒に運び出してブルーシートを被せた遺体が二つだけ、横になっていた。
しかし、それ以外に変わったところはなく、ただ周りには静寂と異臭が広がるばかりだった。
「……っ、くそっ……!」
女はそう言って、走ってパトカーを停めたところまで戻ると、もう一度エンジンをかけて、再度パトカーを動かそうとしたが、
「…………いや……」
考えが変わったのか、女はエンジンを切って、今度はゆっくりと、迷う素振りを見せながらもパトカーを降りた。
「…………エンジン音はまずい、よね……」
自身の考えに確信を持てぬままに、女は一歩、また一歩と夜の街を歩き始める。
微かに震えていた手で拳銃のグリップをぎゅっと握りしめると、最大限の注意を払いながら、遺体がある方とは違い向きへ足を進めていく。
そうしているうちに、ぽつり、ぽつりと何かが女の頬に触れる感覚が伝わってくる。
「…………ああ、もう……」
降り始めた雨に嫌気が差しながらも、女は真っ直ぐに夜の道を歩いていった。




