#2 Why Are You Alive?⑦
「……ん……ぐっ……」
小さな唸り声を上げながら男は目を覚ます。
朧げな意識のまま、徐々に広がっていく視界の中には
「……あ、起きた」
意識が途絶える寸前に見た、白髪の少女と黒髪の少女の姿があった。
「……!こ、こいつ……っ!」
男はその姿を捉えるとすぐに、パーカーのポケットを探って何かを取り出そうとしたが、
「……なっ……!?」
その身体は、太い縄でパイプ椅子に固く締め付けられており、身動き一つ取ることができなかった。
「あっ!今、何か取り出そうとした!」
「やっぱり、どこかに銃か何かを隠し持っているのね」
その様子を見ていた少女たちは、男の正面、交番の奥側の椅子に並んで腰を下ろした。
「て、てめえら……!…………!!」
初めは、睨みつけるような目で二人の赤と青の瞳を見る男だったが、やがてその目は驚きの感情を滲ませていった。
「はいはい、静粛に」
大仰そうな態度でカトレアはそう言う。
「これから何個か質問をします。ちゃんと答えないと酷い目に遭わせるから、しっかりと答えるように」
「…………?質問……?」
男の反応を無視してカトレアは続ける。
「その一、あなたは能力者ですか?」
「…………」
カトレアの質問に、男は答えない。
すると、
パチっ
「くっ!」
目の前の少女が向けた人差し指から、軽い電撃が放たれた。
「も〜、一個目からこれじゃ身体持たないよ?」
微かに身体を痙攣させる男を、カトレアは呆れた様子で見守る。
「くそっ。…………違えよ…………ポケットに拳銃が入ってる。それであの女を殺るつもりだったよ」
「ふ〜ん、なるほどね〜」
そう答えたカトレアは続けざまに問いかける。
「その二、遺体の二人を殺したのはあなたですか?」
「…………」
カトレアの質問に、やはり男は答えない。
「……ねえ、一問ごとに痛い目に遭いたいの?まだ沢山質問する気だし、答えないたびにもっと酷い目に遭わせようと思ってるんだけど?」
それを聞いた男は苦い顔をすると、
「……俺じゃねえよ。もう一人いる」
そう答えた。
「その三、その人は能力者ですか?……あ、ちなみに嘘言ったら殺すからね」
男は渋々とそれに答える。
「……違う。そいつも能力者じゃねえ」
「その四、あなたはここに何をしに来ましたか?」
「さっきも言っただろ。あの女を殺しに来たんだよ」
「その五、二人を殺した人は今どこにいますか?」
「さあな?……もうあいつら二人とも殺しちまってるんじゃねえの?」
男の返答にカトレアは不愉快そうな顔をする。
「……その六、どうしてこんなことしたんですか?」
そう聞かれた男は、馬鹿にするように鼻で笑った。
「決まってんだろ。復讐だよ」
「復讐?」
「ああ。俺たちはあいつに、あの男に何人もの仲間が取っ捕まえられたからな。その復讐だよ」
ずっと黙って話を聞いていたアイシャが、男の方を見て言った。
「わざわざ彼の異動先まで追ってきたの?」
「ああ。……あいつでも、あいつの仲間でも、殺すのはどっちでも良かったんだけどな」
男は、全てを諦めたように、ぼんやりと上を見上げながら話す。
「……取っ捕まってる奴らは、どうせムショから出ても上から消される。もう、生きていく手段は何もない。……仲間たちに報いるためにも、あいつには復讐したかったんだけどな……」
そんな男の様子を見ながら、カトレアは椅子の背もたれに身体を預ける。
「仲間想いっていうか、愚かっていうか、……どうなんだろうね?」
「ふっ、そうかもな。…………だがまぁ、一つ言えるのは、」
そこまで言うと、男は二人の顔を見る。
「てめえらよか、よっぽど有意義に生きてるってことだよ。“夜蝶”さん方よ?」
その瞬間、交番の中が凍りつくように静まり返った。
男は、今までとは明らかに違う、鋭く冷たい目をする二人を見ながら言葉を続ける。
「白髪に赤い目の女、それに黒髪に青い目の女、話の通りだと、“紅蝶”と“蒼蝶”ってところか?」
「……知ってたのね」
「風の便り程度だがな」
紅玉のような瞳と蒼玉のような瞳が男の目を睨む。
「夜蝶の連中は、いや、“概念”の能力者は、人の面を被った化け物だ、なんてのも聞いたが、強ち間違いではなさそうだな」
一言も発さない二人を見て、男はニヤニヤと笑いながら言う。
「なあ?今度は俺から質問してやるよ。……てめえらは、何のために生きてんだ?何のために旅ごっこなんてくだらないことやってんだ?一体いつまでそうやってしてるつもりだ?永遠にそんなことを続けてく気かよ?」
矢継ぎ早に男は質問を投げつけていく。
「てめえらは俺らとは違って、最後を自分で決めなきゃいけねえんだろ?俺はもう、このままムショまで連れてかれて、そこでくたばる身なんだから考えることなんぞ何もねえけどよ。てめらはそういうわけじゃ……」
バチっ
大きな放電音と共に、男は再び気を失った。
「…………うるさい」
カトレアは電撃を撃った手の力を抜くと、やがて、ぶらんとその手を下に垂らした。
「……彼が言っていたことが本当だとして、これからどうする?」
アイシャは俯いていた顔を上げて、カトレアの方を見ながらそう言った。
「能力者じゃないなら、別に私たちがどうこうする必要もないんじゃない?この人捕まえただけでも、十分だと思うけど」
カトレアは交番の入り口の方へと歩いていく。
ドアを成す透明なガラス、その表面を無数の水滴が伝っていた。
「……雨まで降ってきてるし」
アイシャは気絶した男のポケットから、拳銃を探し出すと、それを取り出して机の上に置いた。
「それじゃあ、もうこの街から出る?」
そう聞かれたカトレアはアイシャの方を振り返る。
「アイシャちゃんはどうしたいの?」
「……私は」
アイシャは机の上に置いた拳銃にそっと触れると、
「このまま街を出るのは、彼らの安否が分からないままなのは、気に入らないわ」
そう口にした。
それを聞いたカトレアは、
「……そっか。じゃあ、」
アイシャの方へ歩いていって、その顎を片手で持ち上げると
「ちゃんと、二人の安全を確認してから旅に戻ろ」
優しい笑顔で、そう言った。
「……ええ」
アイシャはその顔を見て、嬉しそうな顔で笑い返した。
「……さっ!そうと決まれば早く行かなきゃ!あんまり遅いと、二人とも殺されちゃうかもしれないからね!」
カトレアはコートのフードを被ると、急ぐように交番を出る。
「それで、彼らが今いる場所はどうやって探し出すの?」
カトレアの後を追いながら、アイシャもフードを被って外に出た。
「任せといて!」
そう言ってカトレアは交番の屋根を見ると、その上に一瞬で“移動”した。
「……さてさて、上手く見えるかな……?」
カトレアは注意深く目を凝らしながら、自身を中心に、目で見える範囲一体に“展開”した。
「何か見える?」
「…………ん〜……あっ……!」
カトレアの声が雨音に掻き消される。
「遺体があったところの近くにパトカーがある!……けど……お姉さんは乗ってなさそう……か、なあ……?」
そう言うと、カトレアは交番の向かいにある家の、ここよりも高い位置にある屋根の上に“移動”した。
そこで再び“展開”したようだったが、
「……もー!雨のせいで全然見えない!」
自然現象に怒るカトレアの声が、アイシャの耳元まで届くことはなかった。




