#2 Why Are You Alive?⑧
時間と共に、夜が更に深まると共に、雨はより一層強くなっていく。
もはや一歩先を見据えることすらままならない豪雨の中で、二つの黒い影が宙を舞う。
「……あそこだよ!アイシャちゃん!」
カトレアはそう言うと、先程、交番の上から見つけたパトカーの元へ“移動”していく。
「……っ!雨が……!」
強風によって、少女たちが被っている黒いフードが激しく旗めく。
自身の身体を“加速”させて、カトレアの後を追っていたアイシャは、やがて、カトレア共に、つい数時間前に乗ったパトカーの近くに着地した。
「お姉さ〜ん!!いる〜!?」
カトレアは雨音に負けないように大きな声を出すが、その声はやはり遠くには届いていない。
カトレアがそうして女を探している横で、アイシャがパトカーの助手席のドアに手をかけると、
「……開いてる」
ガチャといいながら、そのドアはアイシャが引くままに開いた。
「え、鍵かかってないの!?そんな不用心な……」
「そうも言ってられなかったのでしょう」
そうしてから、誰もいないパトカーの助手席に二人で乗り込んだ。
「……そういえばさ、お姉さんが置いてったトランシーバー、あれどうなったの?」
車内には煙草の臭いが少しだけ残っている。
「繋がらなかったわ。チャンネルを変えても、どこにもね」
そう言いながら、アイシャはぐちょぐちょになったコートのポケットからトランシーバーを取り出すと、側面についたボタンを押しながら、もしもし、と話しかけた。
しかし、トランシーバー側から何かが返ってくることは決してなかった。
「ん〜。トランシーバー、落としちゃったのかなあ?」
「さあね。少なくとも、もう使い用はないわ」
そう言うと、アイシャは運転席の上にそのトランシーバーを静かに置いた。
「……何もなさそうだし、そろそろ行きま……」
そう言いかけた時、アイシャの目はある物を捉えた。
「……?」
運転席の上部、サンバイザーの合間から少し飛び出た白い何かが、アイシャの注意を引いた。
「アイシャちゃん?行かないの?」
「……ちょっと待って」
アイシャは、サンバイザーを下ろすと、その中央にあるポケットから白く飛び出た部分を引っ張る。
大した力をかけることなく、すんなりとその手に収まったそれをアイシャは裏返した。
「……写真?」
その写真には、見覚えはあるものの、見たことはない二人の男女が写っていた。
二人とも紺色の制帽と制服を身に付けていて、男の方は初老と言うには若すぎるような容姿をしており、女の方はちょうどカトレアをアイシャと同じくらいの年齢のように見えた。
「…………おじちゃんと、お姉さん……?」
アイシャが持つ写真を覗き込みながら、カトレアはそう小さく呟いた。
「…………こうしてはいられないわ」
アイシャはサンバイザーにその写真を戻して、今度こそパトカーの中から飛び降りた。
「私、もう一回“展開”して探してみるよ!」
アイシャの後にカトレアも降りると、近くにあった家の屋根に“移動”してから、見える範囲に再び“展開”した。
「どこにいるのよ……」
冷たい雨に打たれる二人の少女は、未だ見つからぬ二人の警官を懸命に探し続けた。
ーーー
「はあ……はあ……はあ……」
乱れる呼吸、定まらぬ視界。
女の体力はすでに限界を来たしていた。
パトカーを降りてから一度も足を止めることなく、女は大切な師を探して走り続ける。
例え、暴力的な雨に打たれようと、吹き荒れる強風に吹かれようと、女は決して諦めることはなかった。
「……っ!ここにも……!」
パトカーを停めた場所からだいぶ離れた公園、そこにもやはり、師の姿は見当たらなかった。
「……ならっ……!」
女はすぐに方向を変えて走り出す。
足を止める時間などない、いなかったのなら次にいそうな場所を当たればいい。
今の女の頭では、もうそれくらいのことしか考えることができなかった。
「…………おい……!おい!」
次に思い当たるのは、今いる公園から少ししたところにある煙草屋。
あの人はよく、そこで煙草を買っていく。
「おい!聞こえてないのか!」
ついこの間も、自身の分も彼が買ってきてくれた。
「おい!しっかりしろ!」
彼が愛煙する煙草の匂いが恋しくなる。
煙草なんて昔は大嫌いだったのに、あの人が吸うだけで、それがすごく高尚なものに見えてくる。
それだけの理由で私は煙草を——
「おい!!」
ばちんっ
叩きつけるような豪雨のものではない、全く別の痛みに女はハッと我に返る。
「大丈夫か!?」
自身の身体を支える大きな手を見て、女は目尻に涙を浮かべた。
「…………良かった……」
拳銃を片手に自身の腕に泣きつく女を見て、男は呆れたようにも、安堵したようにも見える顔をした。
「お前……俺が見つけてなかったら、どうするつもりだったんだ……?」
答える余力もないほどに泣きじゃくる女をその手に抱いて、男は近くにあった廃屋の屋根の下に雨宿りをする。
「……あの二人は?」
「…………交番で隠れてます。今、危ないのは私たちではなくてあなただと言われて……」
「お前、一般人を置いたままこっちに来たのか……?」
信じられないと言った様子で男は女の方を見る。
「……だって……!パトカーから無線を繋いでも連絡が取れなかったから……!!」
「…………ああ、そうか。すまない、歩いている途中でトランシーバーを落としてな。それで壊れていたのか」
「それで私……!心配で心配で……!!」
「……分かった、分かったよ。分かったからもう泣くな」
男は泣きつく女の頭を軽く撫でると、しばらくの間、そのまま突っ立っていた。
忍び寄る人影に気が付くまで。
「……!逃げろっ!!」
男は、自身は一歩も動かぬままに、その瞬間に出せた最大の力で女の身体を反対の方へ突き飛ばす。
訳も分からぬままに突き飛ばされた女の目に映ったのは、
師の胸に、銀色に光る刃物が突き刺さる瞬間だった。
「……がっ!!……はぁっ……!」
男の胸元から血が吹き出る。
銀色の刃が赤く染まる。
男の身体はその場に崩れ落ちていく。
「……あ……ああ……」
女には理解できなかった。いや、理解したくなかった。
その瞬間に起きた出来事を、自身の目に映る光景を。
そして、
女は何も考えていなかった。
ただ本能のままに、胸中から湧き上がる恐怖と憎悪に突き動かされままに、手に持っていた拳銃で、
ばんっ
師の仇の身体を、その拳銃で撃ち抜いた。
返り血が自身に飛び散るのも気に留めない。
自身が生まれて初めて人を殺したことすらも気に留めない。
今の女には、まだ息がある男の身体を支えることしかできなかった。
「……先生!先生!!」
男の胸から流れ出る血で両手を染めながら、女は師に呼びかける。
「……いいんだ……」
微かな声、震える声で、男はなんとか言葉を発した。
「これで……いいんだ……」
女は男の声が聞こえるように、耳をそっと近づける。
「もうずっと……生きてる気がしなかった……ずっと……生きる意味を失ってたんだ……」
紡がれていく言葉を一言たりとも逃さぬように、女は全ての注意をそこへ向ける。
「ずっと……死に場所を……探してたんだ……」
男は雨に濡れる女の顔を見て、
「…………悪いな……」
最後に、少しだけ笑った。
廃屋がある道の曲がり角。そこに二つの影があった。
黒いフードで、白い髪と黒い髪を覆う二人の少女は、
豪雨の音をも打ち負かすほどに大きな女の喚き声を聞きながら、その場を後にした。
ーーー
そのうちに二人はホテルの近くまでやってきた。
二人の少女は、先程の豪雨が嘘のように澄んだ夜空を見上げながら歩く。
「…………恨まれるでしょうね、彼女に」
「……そうだね」
カトレアは晴れた空を見たままそう返した。
「仕方ないよ、私たちは人助けのために旅してるわけじゃないんだもん。アイシャちゃんだって言ってたじゃん。誰も彼もに手を貸してたら、いつか足元を掬われるって」
「……ええ」
アイシャは自身の手を開いて、その手のひらをじっと見る。
そして、
「私たちは、誰かのために生きているわけじゃない。私たちは、自分のために生きているのだもの」
そう言ってから、アイシャはその手を力強く握りしめた。
そのうちに、二人は泊まる予定のホテルの前に辿り着く。
まだ少し濡れた髪を揺らしつつ、二人は明かりが灯るホテルの中へと入っていった。
#2 Why Are You Alive? 〜Fin〜




