#3 How About You?①
「ふんふんふ〜ん♪」
白髪の少女はその小さな右足を黒色の靴下の中に収めていく。
「ねえ、私の靴下知らない?」
黒髪の少女はその華奢な足には不似合いなズボンを穿くと、腰周りに合うように鈍く光るベルトの金具をしっかりと締めた。
「え〜?知らないよ?昨日洗濯機から取った時は、確かに二足あったと思うけど」
カトレアはもう片方の足にも靴下を履かせると、ベッドの横に置いてあった少し汚れたブーツをこちらの方へ持ってくる。
「……ああ、ごめんなさい。毛布に紛れてたわ」
アイシャがベッドの上の毛布を何回かぱたぱたとすると、その中から一足の黒い靴下が姿を現した。
「も〜、アイシャちゃんはうっかり屋さんなんだから!」
「……うるさい」
やがて完全に身支度が済んだカトレアは、コートのポケットに財布が入っていることを確認すると、ベッドの端に座ってアイシャの用意が終わるのを待とうとする。
すると、
ジリリリリリ
机の上にあった固定電話が、大きな音を鳴らし始めた。
「……?なんだろ、フロントかな?」
カトレアはベッドから立ち上がって電話の受話器を取ると、やがて誰かと話し始める。
その様子を眺めつつアイシャは身支度を終えると、カトレアの話が終わるまでの間、ベッドの上でくしゃくしゃになっていた毛布と枕をほんの少しだけ整えた。
「……はーい、ありがとうございます〜」
そのうちに、カトレアは電話の上に受話器を戻した。
「何の用だったの?」
そう聞かれたカトレアはニヤリと笑うと、
「……アリスちゃん」
そう答えを返した。
ーーー
フロントでの支払いを済ませた二人は、ホテルの入口の方へと歩いていく。
二人の存在を感知したのか、勝手に開いた自動ドアの先には、
「やあ。久しぶりだね」
藍色の目と髪をした少女が、その真正面に立っていた。
「アリスちゃ〜ん!久しぶり〜!」
その姿を見つけるや否や、カトレアは“アリス”と呼ばれた少女の方へ駆け寄っていき、その身体に抱きついた。
「ふふ、元気そうで何よりだよ」
「うん!すごく元気だよ〜!」
自身の胸に擦り付いてくる白い頭を撫でながら、アリスはもう一人の少女の方を向いた。
「……来ないのかい?アイシャ」
そう言われたアイシャはアリスがいない方へ視線を逸らすと、
「…………行くわけないでしょう」
そう小さく呟いた。
「全く、相変わらず恥ずかしがりなんだね?」
「そうなんだよ!ほんとはぎゅーってしたいくせにさ!」
「勝手なこと言わないで貰える?」
そう言うとアイシャは、アリスとアリスの胸に顔を埋めたままのカトレアの方へ歩き寄っていく。
その時、
「あっ、出てきてたんだね」
二人の耳には聞き慣れた声が、ホテルの横に備え付けられていた自動販売機の方から聞こえてきた。
「……あら。あんたも来てたのね、ノア?」
“ノア”と呼ばれた少年は水色の短髪を揺らしながら歩いてくると、そこの自動販売機で買ってから飲んでいたらしいサイダーのペットボトルの蓋を閉めた。
「うん、暇だったからね。用心棒ついでに」
ノアはその藍玉ような青緑色の瞳でアイシャの目を見ると、そのうちに悪戯っぽく笑う。
「……言っとくけど、あげないよ?」
「…………いや、要らないわよ」
二人のやり取りを見ていたアリスはふふっと笑うと、
「レストランを取ってあるんだ。そこでご飯でも食べないかい?」
そう言って胸元のカトレアの頭をもう一度撫でた。
ーーー
「わあ……!」
腰を下ろした椅子から見える夜景に、カトレアは目を輝かせる。
肌触りの良さそうなクロスが敷かれたテーブルの上には、綺麗な花が数輪ほど生けられている。
四人が座る椅子は肘掛けや脚が金色で、静かに座っても跳ね返ってしまうほどにふかふかなクッションが敷かれていた。
「…………これ、本当に私たちが入っても良い場所なの……?」
カトレアと同じ様に夜の街を見下ろしながら、アイシャはそう言った。
「良いのさ。払うものは払っているからね」
クリスタルガラスでできた大きなシャンデリアの下で、アリスは慣れた手つきでメニュー表を取る。
「アラカルトで予約してあるから、好きなものを頼んで良いよ」
そう言って、三人の前にそのメニュー表を置いた。
「わ〜い!どんなのがあるかな〜?」
「ねえ。このメニュー表、金額が載っていないのだけれど……」
「僕はお魚食べようかな〜」
わいわい言いながらメニュー表を眺める三人の姿をアリスは微笑みながら見守っている。
「じゃあ私はローストビーフと〜、……あれ?主菜がお肉の時は、前菜はお魚とか野菜なんだっけ?」
「そんなもの気にしなくて良いよ。君たちが食べたいものを好きなように頼めば良いさ」
「そう?じゃあ、デザートいっぱい頼もっかな!」
そんなことを言いつつ、アリスは注文が決まったらしい三人を見てから給仕を呼ぶと、三人と自身が食べるものを伝えていく。
「……それで、最近の調子はどうだい?」
給仕が戻っていったのを見計らって、アリスはカトレアとアイシャの方を見ながらそう言った。
「私たち?元気にやってるよ!おかげさまでお金にも困ってないし!」
「ふふ、それなら良かった」
机の上に置いてあったナプキンを二つ折りにして膝の上に広げていたアリス。
その様子を見ながら、アイシャはアリスに話しかけた。
「ねえ、なんで私たちがあのホテルに泊まっているって知っていたの?」
それを聞いたアリスはクスッと笑い声を上げる。
「さて、どうしてだと思う?」
「……やっぱり、コレかしら?」
アイシャはポケットの中から黒い物体を取り出す。
それは、丈夫そうな黒い生地に大きな青色の宝石が一つだけあしらわれた長財布だった。
そして、アイシャはさらにその中から、黒を基調に金色の文字が書かれた一枚のカードを抜き出した。
「このカード、あんたの名前で作っているのでしょう?だから、どこでこれを使ったのか調べればすぐに分かる、ということだと勝手に思っているのだけれど」
それを聞いたアリスはアイシャの方を見て笑った。
「まあ、大体そんなところさ。…………それはそうと、そのカードの使い心地はどうだい?大抵の場所では問題なく使えているだろう?」
「ええ、上上よ。これを見せたら、大抵のホテルは色々と融通を利かせてくれるもの」
「それなら良かった。……本当のことを言うと、それが使えないような得体の知れない場所には泊まって欲しくないのだがね。まあ、そういう訳にもいかないことは分かっているのだが……」
アリスの言葉を聞きつつ、アイシャはカードを元の場所になおして財布をポケットに戻した。
「ねえねえ!今日はレベッカちゃんはいないの?」
カトレアがアリスの方を見てそう言った。
「……本当は一緒に来ているのだけどね。仕事が残っていると言ってここには来なかったんだ。きっと今も、宿泊先のホテルで仕事をしているのだろう」
「え〜、会いたかったな〜」
「食事くらい良いだろうとは言ったのだがね。全く、彼女のあの性格にも困ったものだよ。…………そうそう、君たちにもよろしく伝えておいてくれと頼まれたんだ」
そんな話をしているうちに、注文を取った給仕が頼んでいた前菜を運んでくる。
三人は目の前に置かれた料理に目を輝かせながら、皿の両脇に置かれたフォークとナイフを手に取った。




