#3 How About You?②
レストランがあった高い建物から出てきた四人は、その入口の脇にある金属製の黒いベンチに座った。
「すごく美味しかったよ!特にデザートのケーキ!」
「満足してもらえたようで良かったよ」
そう言いながら、アリスは着ていた服の内側から白くて厚い封筒を二つ取り出す。
「もし足りなくなったら、いつでもホテルのフロントを通じて私に連絡してくれ。そうしたら、すぐに会いに行くから」
そして、それを一つずつカトレアとアイシャに手渡した。
「こんなに使わないわよ?」
「多めに持っておくに越したことはないだろう?何があるのか分からないのだから」
「……遠慮なく貰ってはおくけれど」
そう言って、アイシャはその封筒をコートのポケットに入れた。
「……さて、そろそろ私たちはホテルに戻らないと」
「もう行っちゃうの?」
「ああ、すまないね」
アリスとノアは立ち上がると、座ったまま見上げてくる二人の方に顔を向けた。
「じゃあね、二人とも。死んじゃダメだよ?」
「言われなくても死なないよ!ノアくんも元気でね!」
レストランがあった建物から続く道、カトレアとアイシャが泊まっていたホテルへと続く道とはまた違う方を歩き始めた二人だったが、
「……二人とも」
数歩だけ歩いたところで、アリスは振り返る。
そして、
「旅は、楽しいかい?」
そう口にした。
自分たちも旅に戻ろうとしていた二人は顔を見合わせると、
「うん!すっごく!」「ええ、もちろんよ」
そう、しっかりと答えた。
「……なら良かった」
アリスは満足そうな顔でそれだけを言うと、今度こそ、向こうの方へと歩いていった。
ーーー
「ひ〜、ふ〜、み〜、よ〜……うひゃあ!これまた沢山入ってるね!」
封筒の中に入った紙切れの枚数を数えながら、カトレアは素っ頓狂な声を上げる。
「……全く。この間の分だってまだ半分も使っていないのに」
「ま、いいじゃん!貰えるだけ貰っとこうよ!」
カトレアは口が開いた封筒をしまうと、自身が歩いているタイル張りの歩道を見つめる。
「それにしてもさ。なんかこの街、すごくオシャレっていうか……高級感?みたいなの感じない?」
カトレアは地面から視線を上げると、今、自分たちが歩いている街並みを見回す。
二人が歩いている道の両脇に並び立つ家々は、それぞれが屋敷であったり、広い庭を有していたり、あるいは芸術的かつ独創的な形状をしていたりする。
また、後ろの方、先程までいたレストランの方を振り返ると、そこには、ここからでも見えるほどに高いビルや塔が数多く聳え立っていた。
「……あんた、アリスの話を聞いていなかったの?この辺りは高級住宅街だって言っていたじゃない」
「あれ?そうだっけ?ご飯に集中してて聞いてなかったよ!」
惚けるカトレアをアイシャは呆れた様子で見ている。
「ここら辺は防犯もしっかりしているらしいから、変に気を張らなくて良いのはありがたいわ」
「え〜?それ大丈夫?気抜けてない?」
「平気よ。少なくともあんたよりは気を抜いていないわ」
「私だってちょっとは周りのこと気にしてるもん!」
不服そうに怒るカトレアを無視して、アイシャは同じ間隔で植えられた木の下をゆっくりと歩いていく。
「あ〜、ご飯美味しかったな〜。あんなとこ二人だけじゃ行かないから、いつも食べないようなものばっかり食べられて大満足だよ!」
「……別に私たちを食事に誘う必要はないのだけれど」
「まーまー、せっかく味覚を感じられるんだからさ。美味しいものを食べて幸せを感じるのも悪いことじゃないんじゃない?アイシャちゃんだって、クリームブリュレを食べたら幸せを感じるでしょ?」
「……それはそうね」
そんなことを話しているうちに、二人は住宅街を抜けて大きく開けた場所に出てきた。
「おー!広い!」
「いちいち感動することでもないでしょう?」
「わかってないな〜。こういうのにいちいち感動してないと旅は楽しめないよ?」
そう言ってカトレアはだだっ広い歩道を元気よく走り回っていた。
しかしそのうちに、
「……わっ!何あれっ!?」
突然足を止めたかと思えば、何かを見つけたらしく向こうの方を指差した。
「何かあったの?」
「うん!なにかはわかんないけど!」
アイシャはカトレアの隣まで行くと、カトレアが指差している方向を見る。
その方向には、流線型の屋根がついた、壁一面ガラス張りの巨大な何かが建物の合間から垣間見えていた。
「何かしらね?流石に住宅ではなさそうだけれど」
「……よし、行こっ!」
そう言ってカトレアはアイシャの右手を掴む。
「……嫌と言ったら?」
「このまま全速力で走り出すよ!」
「…………分かった、行くわ。だからこのまま走り出すのだけは勘弁してちょうだい」
「うん!よろしい!」
そう言って右手を解放されたアイシャは重い足を引き摺るように、不思議な建物がある方へ歩き始めた。
そのうちに、二人はその建物の近くに辿り着く。
建物の近くには急な傾斜に沿ってエスカレーターが設置されており、二人はそれを使って簡単に建物の側まで来ることができた。
「おおー!!近くで見るとなおのこと大きいね!」
カトレアは下から見上げると空が見えなくなるくらいに大きなその建物を見て、感嘆の声を出した。
「それで、これは何の建物なの?」
アイシャは不思議そうな様子で、壁に張り付けられたガラス面の横を歩いていく。
「……あ、ポスターがあるわ」
やがて、アイシャは建物の内側からガラス面に貼られたポスターを見つけた。
それに大きく書いてあったのは、
『繁栄と衰退 歴史を紡ぐ宝物展』
という見出しだった。
「宝物展、と言うことはここは博物館か美術館ってところかしらね」
「ふ〜ん、宝物展か〜。でもこういうのって大抵夜はやってないし……」
そう言ってカトレアがポスターを見ると、
『ナイトミュージアムも開催中』
と端の方に書かれていた。
「あ!夜もやってるって!」
「……もう結構遅いわよ?流石にもう閉まっているんじゃ……」
「……よしっ」
カトレアは不意にアイシャの右手を掴む。
「……え」
「行こっ!」
そして全速力で走り出した。
「ねえ!何で結局こうなるのよ!!」
「だって!急がないと閉まっちゃうかもじゃん!」
「もう閉まってたらどうすんのよ!」
文句を垂れながら走るアイシャの身体を、カトレアは力一杯引っ張っていく。
そんな風に走っているうちに、やがて二人はその建物の中へと入っていった。
「はあ……はあ……はあ……」
膝に手をついて息を切らせるアイシャをよそに、カトレアは窓口の方へ軽快に足を進めていく。
二階へ上がるための大きな階段の横で呼吸を整えていたアイシャの元に、やがて、カトレアがニコニコとしながら何かを持って戻ってきた。
「良かったね!まだ間に合ったよ!後一時間くらいは見て回れるみたい!」
カトレアは手に持っていた二枚のチケットのうち、その一枚をアイシャの方へ差し出した。
「…………そう、それは良かったわ……」
「うん!」
元気そうなカトレアは、今すぐにでも階段を上って見て回りたそうにそわそわしているが、まだ息が乱れたままのアイシャがそれを許さない。
「ね〜、早く行こうよ〜。もう元気になったでしょ〜?」
「……あんた、何で食後に走り回ってそんなに元気なわけ……?」
「え?……ん〜、好奇心が消化に勝ったから、かな!」
「…………ああ、そう……」
もう話すのも面倒くさくなったらしく、アイシャはいい加減な返事をした。




