#1 What Do You Think?④
食事の後、ハンバーガー店を後にした三人は、少女が追い出されたという駅舎の近くまで足を運んでいた。
夜道を歩いていく途中、カトレアは満足そうに何度もお腹をさすっていた。
「それにしても美味しかったな〜!ハンバーガーなんて久しぶりに食べたよ!」
「そうね。……貴女も満足するまで食べられた?」
「はい……!本当に何と言ったら……!」
初めて会った時よりも明るい声で、少女は二人の先頭に立って駅舎までの道のりを案内していく。
「いや〜、たまにはご飯を食べるのもいいね!」
「……?たまに、ですか?」
「…………あ〜、えっと、……たまにはこうやって外食するのもいいねってこと!私たち、いっつも出来合いのお弁当ばっかり食べてるからさ!」
「あ、なるほど」
隣から睨みつけてくるアイシャには目もくれず、カトレアは上機嫌に口笛を吹き始める。
「……あっ!着きました、ここです」
それからしばらく歩いた後、茶髪の少女は足を止めて向こうの方を指差した。
少女が指差す先には一見すると納屋のような、横長い木製の建物が建っていた。
「わあ……!雰囲気あるね!」
「ですよね。レトロな感じが素敵だなって私も思います」
「うん!お化けとか出そう!」
「…………確か、に……?」
「もう流していいわよ」
三人の少女は一つの照明もない庇の下まで行くと、駅の入り口を固く閉ざしているシャッターの前で足を止める。
「まあ、まだ開いているわけもないわよね」
「……ん?」
カトレアは、錆だらけのシャッターに貼り付けられた一枚の紙に注視する。
「……時刻表、かな?」
「そうみたいですね。……けれど、明かりがないと何て書いてあるかは……」
「始発は六時ごろみたいね」
「……え」
少女は驚いた様子でアイシャの方を振り返る。
「読めるんですか!?こんなに暗いのに!?」
「……そんなに驚くことでもないでしょう」
「いや、でも……!」
少女のキラキラとした目から視線を逸らしたアイシャを見て、カトレアはニヤニヤしながらアイシャの肩に腕を回す。
「ふふ、褒められて良かったね?」
「……別に」
「うんうん、嬉しかったね〜」
「……っ」
何かが切れたアイシャはカトレアの首元へ手をやると、
「ひゃっ!」
手で触れた辺りを急激に冷やした。
「…………うう、酷いよ……」
冷やされた部分を手で覆って懸命に温めるカトレアをよそに、アイシャは駅舎の壁に掛けられた時計の針の位置を確認する。
「まだ三時間くらいあるわね。このままここで待っていてもいいけれど……」
「ええ〜!」
もう首は良くなったのか、カトレアはその手を首から離しながらアイシャの言葉に不満そうな顔をした。
「こんなところでずっと待ってたってつまんないよ!せっかく来たんだし、もっと面白そうなところに行ってみようよ!」
「面白そうって……さっきも言ったけど、この街は治安が良くないの。…………それに、今日は私たちだけじゃないのよ?」
そう言うと、アイシャは茶髪の少女の姿を一瞥する。
「平気平気!また変な奴らに絡まれた時は、私たちがこの子のことも守ればいいだけだし……ねっ!」
カトレアは茶髪の少女に向かって満面の笑みを作ってみせる。
「え、あ、はい……そうです……ね?」
「それに、嫌なことがあったから家出してきたんでしょ?だったら少しは気分転換して帰らないと、家出してきた意味ないしね!」
カトレアは軽快な足取りで駅舎から出ると、まだ中で突っ立っている二人の方を振り返る。
「ほら行くよ!」
そう言うと、カトレアは再び二人に背中を向けて、ほんの数分前に辿ってきた道を歩き始めた。
「あ、ちょっと!待ってください!」
途中で駅舎と道の段差に躓きそうになりながらも、茶髪の少女はカトレアの背中を追って走っていく。
「……はあ」
一人だけ構内に取り残されたアイシャは小さくため息を吐くと、気怠げな様子で古びた駅舎を後にした。
ーーー
ハンバーガー店の近くまで戻ってきた三人は、途中の別れ道で駅舎へと続く道とは違う方の道を歩いていった。
そうしてその道を歩いていくと、三人は居酒屋やバーが立ち並ぶ賑やかな歓楽街へと辿り着いた。
「わあ、色んなお店があるね!……あなたは何かしたいことある?」
「う〜ん、そうですね……」
様々な色や形をした看板を見比べる少女の目を、ある一つの看板が引き留める。
「…………」
その看板には、ピンク色の背景に容姿端麗な女性たちが下着姿で写った写真が数枚貼り付けられた。
「ふ〜ん、興味あるんだ?」
「わっ!」
少し赤くなった少女の顔を、カトレアは悪戯っぽく覗き込む。
「あと三時間で駅舎に戻らないといけないから……一時間くらいのやつならいけるのかな?」
「……そもそも、ここは男性向けじゃないの?」
「いや〜?意外と女の子でもいけるかもよ?」
真面目そうに話す二人の間に、眼鏡の奥で涙目になっている少女が割って入る。
「ち、違います!違いますから!別に興味があるんじゃなくて!こういうお店初めて見たからで!」
「別に隠さなくたっていいんだよ?せっかくの機会だし、こういうお店で大人の階段登っとくのもいいんじゃないかな?」
「本当に違いますから!大体、もう帰りの運賃ぐらいしか持ってないですし……」
「そう?なら私が払ってあげるわ」
「お〜!太っ腹!」
「なっ、えっ、いやっ……ほんといいですからっ!」
顔を赤くして大声を上げた少女は、ニヤつきながらからかってくる二人を置いて、どんどんと歓楽街の先へ進んでいく。
「あーあ、怒らせちゃったかな?」
「あんたが茶化すからでしょう?」
「そっちだって、途中からノリノリだったくせに」
少しの間の後、カトレアはアイシャの方をチラリと見る。
「珍しいね」
「……何がよ」
「こういうのに付き合ってくれてること。普段はもっと嫌がるのに」
アイシャは空を見上げると、まるで独り言のように小さく呟く。
「……同じ穴の狢には、ね」
「やっぱりアイシャちゃんもシンパシー感じる?」
「ええ、まあ……」
徐々に小さくなっていく茶髪の少女の背中。
カトレアは、物憂げな表情でそれを見つめていた。
「……あの子もきっと、逃げてきたんだろうね」
宙を舞うカトレアの言葉は、夜の街の喧騒に掻き消されていく。
「逃げ出した果てに襲われていたら意味ないでしょうに」
「あはは!それはそうだね!」
「全く……」
夜空を見上げながら、アイシャは自身の気持ちを言葉にする。
「こうやって逃げ出した先で、同じ夜に同じ街で、私たちは偶然出会った。私たちもあの子も、いつかは“それ”に向き合わなければならない時が来るのでしょうけれど…………」
「こんな出会いがあった夜くらいは忘れていたって良い、私はそう思うわ」
アイシャの言葉にカトレアは静かに笑みを浮かべる。
「わ〜、アイシャちゃん現実逃避してる〜」
「……あんたも同じようなものでしょう?」
「ふふ。ノーコメントで!」
そうして二人の言葉が途切れた頃、夜道の奥から茶髪の少女が急いで戻ってくる様子が目に入った。
「すみません!一人で歩いていっちゃって!」
息を切らしながら謝る少女の姿を見たカトレアは、一瞬だけ口角を上げると、
「…………うん……置いてかれて、すごく悲しかったよ……」
すぐさま悲しそうな表情を作ってみせた。
「……え」
目尻に涙を浮かべるカトレアを見て、まだ呼吸も整っていない少女は慌てふためく。
「えっ、あっ、えっ、そんなに悲しかったんですか……!?ごめんなさい、もっと早く気づいていれば……!」
「ひぐっ、悲しかったよお……」
大粒の涙を流して泣き始めるカトレアを、茶髪の少女は懸命に宥める。
「……やれやれ」
二人が繰り広げるそんな光景を、アイシャは呆れた様子で眺めていた。




