#1 What Do You Think?②
「ね〜ね〜、アイシャちゃ〜ん」
「何?」
「今日は後どれくらい歩くの〜?」
「少なくとも一時間ね」
「えー!?」
閑散とした夜の街路を、二人の少女が並び歩く。
「もっと近くのホテルにしようよ!急いでるわけでもないんだし、わざわざそんな遠くの所にしなくてもいいじゃん!」
「じゃあ、あんたはこの辺りのホテルに泊まってくればいいんじゃない?もっとも、この地域はあまり治安がよくないらしいから、女一人で泊まりなんてしたら、十中八九寝ている間に襲われるでしょうけれどね」
「なっ……なんでそんな意地悪なこと言うの!?アイシャちゃんは私が酷い目に会ってもなんとも思わないの!?」
「知らないわよ。あんたが望んだことでしょう?」
「そんなぁ!アイシャちゃんの意地悪!悪魔!薄情者!」
「勝手に言ってなさいよ」
頬を膨らませながら捲し立てるカトレアを横目に、アイシャは立ち並ぶ店々のシャッターを眺める。
そこには、スプレーか何かで塗られた奇抜な色のグラフィティが描かれていた。
「いいもん!そんな意地悪なこと言うんだったら、今日はもうアイシャちゃんとは一緒に寝ないもん!」
「…………別にいいし」
「ふんだ!寝る時になってくっついて来ても、絶対に一緒に寝ないからね!」
丈夫そうな黒いブーツで荒れた歩道を歩いていく二人は、そのうちに、今にも落ちて来そうなほどにボロボロの信号機の下までやって来ていた。
「大体、あんたは体力がなさすぎるのよ。毎日毎日歩き回ってるのに、なんでそんなに体力がないの?」
「疲れるものは疲れるの!……っていうかアイシャちゃんだって、能力使ってない日もホテルに着いた後はだるい〜とか眠たい〜ってすぐブツブツ言ってるじゃん!」
「私はあんたと違って歩いてる最中は言ってないもの。あんたは歩いてる最中からずっと駄々こねて……」
そんな言い合いを続けているうちに、二人の口論が不意に途切れる。
何かに注意を向けていたらしい二人だったが、
「……アイシャちゃん」
「ええ。聞こえてる」
そう言って互いの顔を見合わせると、咄嗟に近くの電柱の陰に身を潜めた。
「男の人と、女の子の……悲鳴、かな?それに、男の人は一人だけじゃなさそう」
物音一つ立たない真っ暗な道の先を見て、カトレアははっきりとそう言った。
「言ったでしょう、治安が悪い街だって。さっさと抜けないと、私たちも面倒ごとに巻き込まれるわよ」
電柱に塗りたくられていたペンキの匂いなど気に留める様子もなく、アイシャはただ淡々とそう口にする。
「そうだね。よく分かったよ」
「……でもさ」
屈んで隠れていたカトレアは、ゆっくりとその腰を上げながらアイシャの方を振り返る。
「あの子はどうする?さっき悲鳴も上げてたし、きっとこのままだとあの男の人たちに酷いことされちゃうよ?」
そう言われたアイシャはカトレアの顔を見て、
「あんたはどうするべきだと思う?」
ただ一言だけそう言った。
それを聞いたカトレアは、
「リスクがあるのは分かってるよ。相手が能力者かどうかも分からないし……でもさ、このままあの女の子を見捨てていくのは、」
「気に入らないな」
シャッターに描かれた落書きのようにニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。
それを聞いて、
「……ふふっ」
アイシャは笑い声を零す。
「忘れていたわ。私たちは面倒ごとを起こす側の人間だったわね……?」
二人は電柱の陰から道路の方へと出ていくと、何かが聞こえたらしい方向へと一歩踏み出した。
「彼女はあんたに任せても良いかしら?」
「うん。任せといて」
そして、次の瞬間には街路に立っていた二人の少女の姿は影も形もなくなっていた。
ーーー
「ねえ、いいじゃん、一緒に遊ぼうよ?」
「やめてください!」
寂れた商店街の脇から伸びる一本の路地裏。今そこで、一人の少女を四人の男が取り囲んでいた。
「何をやめて欲しいって?」
「だから!…………きゃっ!」
眼鏡をかけた少女は、自身の二倍ほどの背丈の男に片腕を掴まれる。
「そんなに怖がらなくても、別に悪いようにはしないって。俺たちはただ君と遊びたいだけなんだってば」
「…………遊びたいだけの人に、こんなことするんですか……!?」
少女はその細い腕で、男の大きな腕を懸命に振り解こうとする。
肩を外しそうになりながらも、必死に、必死に、腕を振り回す。
そんな風にして抵抗する少女を見ていた男は、
「……ちっ」
苛立ったように舌打ちをして、もう片方の手を大きく広げると、
「……!きゃっ!!」
力強く、少女の頬を叩いた。
「ははは!お前、結局手出してるじゃねえか!」
「殴らなかっただけ優しいだろ?やっぱ女はこうやって言うこと聞かせるのが一番なんだよ」
叩かれた衝撃で吹き飛んだ眼鏡が地面に転がっていくのと同時に、少女は片腕を掴まれたままその場に尻餅をついた。
「〜〜っ!」
「……あ、君。やっぱり眼鏡外した方が可愛いね」
頬に片手を添えて涙を滲ませる少女。
そんな少女を、獲物を追い詰めたハイエナのように、四人の男たちが頭上から見下ろしている。
「行くぞ」
男は座り込んだ少女の腕を強引に引っ張る。
「……やだ!いやだ!離して!!」
「なっ……おいコラっ!暴れんな!」
肩に走る鋭い痛みを堪えながら、少女は引き摺られていく方向とは逆の向きに自身が持つ全ての力をかける。
「このアマぁ!舐めやがって!」
「おい、もういっそのことこの場で……!」
そう言って、残りの三人が抵抗する少女の体を抑えようとしたその瞬間、
「ダーメ」
一瞬の合間に、その場にいたはずの少女の姿が綺麗さっぱり消え失せていた。
「……は?……なっ……」
「……おい!あいつはどこに……!?」
「ここだよ?」
男たちは声がした方、路地裏の奥の方へ視線を向けると、数秒前まで確かに取り囲んでいたはずの少女が、見慣れない黒衣の二人の少女たちの元へ“移動“していた。
「も〜、ダメだよ?女の子にそんな乱暴しちゃ」
頬を腫らした少女は、訳も分からないままに見覚えのない白髪の少女に抱き抱えられていた。
「大丈夫?貴女、だいぶ良い音で叩かれていたけれど?」
「あ……え、えと……」
頬の痛みも忘れたように、眼鏡をかけていた少女はただひたすらに困惑している様子だった。
「……て……てめえら、誰だっ!!」
「…………私たち?……ふふ、そうね」
黒髪の少女は、抱き抱えられた少女の頭をそっと撫でる。
「今にも可哀想な目に遭いそうな子を間一髪で救った正義のヒーローか、あるいは、能力も使えなさそうな人たちに、今から遠慮なく能力を行使する悪のヴィランか、」
細く狭い路地裏に、二本の円柱状の氷柱が生成されていく。
「貴方たちは、どう思う?」
その一言と共に、生成された二本の氷柱は手前にいた二人の男の腹部に目掛けて急速に“加速”した。
「……!がっ……!」
「ごふっ……!」
氷柱が直撃し、鈍い音を立てながら吹き飛んでいった二人の男の身体は、路地裏を抜けて向かいの街路脇のシャッターに強く叩きつけられた。
「は……」
眼前で起きた一瞬の出来事に、残された男たちは理解もままならない様子だったが、
「……っ!おい!ずらかるぞ!」
二人はハッと我に帰ると、路地裏の入り口の方へ全速力で走り出した。
「……お願い」
「ええ」
カトレアは抱き抱えていた少女の身体をアイシャに預けると、
「どこ行くの?」
一瞬で、路地裏の入り口の前へ“移動”した。
「なっ……!」
目を見開く男たちの前に、カトレアは人差し指を突き出してみせる。
突き出された指先は徐々にパチパチと帯電を始めると、やがて、激しい光と焦げるようなにおいを発しながら、
「ばいばい」
向かってくる二人の男に対して放電した。
「あびゃっ!」
「ぐばっ!!」
声にもならない悲鳴を上げた二人は、その勢いのままに姿勢を崩すと、カトレアの足元で大きな音を立てながら倒れ込んだ。
「もうこんな酷いことしちゃダメだよ?……まあ、聞こえてないだろうけど」
静寂を取り戻した夜の路地裏、そこでは、二着の黒いコートが夜風に靡いていた。




