#1 What Do You Think?①
がたんっ。
静寂に包まれた夜の公園に、無機質な鈍音が響き渡る。
「よいしょ……っと」
明々と光る自動販売機の口から取り出された一本の缶を片手に、少女は公園の奥へ広がる暗い宵闇の方へと足を向ける。
「…………昨日も私が買ってきたのに……」
のらりくらりと短い白髪を揺らしながら暗闇の中を歩いていた少女は、やがて、古びた外灯に照らされる木製のベンチの前で足を止める。
「はい!これでいいんでしょ!」
白髪の少女は片手に持っていた缶ジュースを、ベンチに座っているもう一人の少女に対して力強く突き出した。
「ええ、ありがとう」
ベンチに座っている少女は長い黒髪をゆっくりと掻き上げると、眼の前に立っている白髪の少女からコーラが入った缶を受け取った。
「まったく、アイシャちゃんは人使いが荒いんだから!」
「二日連続でじゃんけんに負けたあんたが悪いんでしょう?」
“アイシャ”と呼ばれた黒髪の少女は手に取った缶の口を開けながら、その蒼玉のような青い瞳で、白髪の少女が自身の隣に座り込む様を見ていた。
「ふん!いいもん、明日は絶対に私が勝つもん!」
「ふふ、そうなるといいわね?」
白髪の少女は、もう片方の手に持っていたオレンジジュースの缶を乱暴に開けると、一気にその中身を喉の奥へと流し込んだ。
穏やかな夜風を肌に感じながら、チカチカと点滅する灯の下でジュースを飲む二人。
ちょうど公園に置かれていた時計塔の針が“12”の文字の上でぴったりと重なった頃、
「……ねえ、カトレア」
アイシャは隣に座る少女に向かって声を掛けた。
“カトレア”と呼ばれた白髪の少女は空になった缶を少し遠くのゴミ箱へ投げ入れると、その紅玉のような赤い瞳で、隣で夜空を見上げているアイシャの姿に視線を注ぐ。
「この旅は、一体いつまで、どこまで続くと思う?」
雲の合間から垣間見える三日月を見上げながら、アイシャはそう口にした。
「……どうしたの?急に」
「別に理由はないわ。ただなんとなく、聞きたくなっただけよ」
アイシャは怪訝そうに自身を見つめるカトレアを一瞥すると、残り僅かだったコーラを一息に飲み干す。
「ふ〜ん?」
その様子を見ていたカトレアは、少しの間考えていたようだったが、やがて藍色の空の上で鈍く光る星々の方へと視線を移す。
「…………まあ、明確にいつどこで終わるかなんて分かんないけど……」
「多分、死ぬまでじゃないかな?」
白髪の少女の声が、静まり返った空間に零れ落ちる。
「……そう」
少しの時間の後、黒髪の少女は再び口を開く。
「もう一つ、聞いてもいいかしら?」
束の間の静寂を経て、黒髪の少女は言葉を続ける。
「この旅を、あんたはいつまで、どこまで続けたいと思う?」
静かに耳を傾けていたカトレアは、不意にクスリと笑い声を上げる。
「あれ?ひょっとして私、何か詮索されてる?」
「さあ、どうかしらね?答えたくないのなら答えなくてもいいのよ?」
アイシャは悪戯な笑みを浮かべながら、カトレアの横顔を眺めていた。
「何それ。…………う〜ん、そうだなあ……」
「いつまで続けたいとか、どこまで続けたいとかは、分かんないよ。永遠に続けたいとも思わないし、今ここで終わって欲しいとも思わないし、かと言って『旅が終わってもいい』って思えるようなタイミングも場所も、思いつかないし……」
「…………ただ……」
そこまで言って、カトレアはそっと目を閉じる。
「私が、私で在れるうちに、終わって欲しいとは思うよ」
「……へえ?」
「私、今の私が好きだから。今の自分を殺してまで生きていきたいって、…………少なくとも今は、思えないな。……だから、今の私のままで生きていけなくなるまでは、続けたいって、思ってるよ」
そう言ってからカトレアは再び目を開くと、楽しそうに自身の顔を見つめていたアイシャに向かって困ったように笑いかけた。
「これでいい?」
「……ええ、面白かったわ。ありがとう」
「え〜?面白かったの?」
アイシャは、飲み干した缶を片手にベンチから立ち上がると、自身の身に纏っている黒いコートを軽く叩いた。
「さあ、そろそろ行きましょう。あまりゆっくりしていると、夜明けまでにホテルに辿り着けなくなるわ」
そう言って、アイシャはゴミ箱へ缶を捨てにいく。
しかし、その揺れる黒い後ろ髪を、カトレアは足をブラブラと振りながらつまらなさそうに眺めていた。
「アイシャちゃんは?」
「……何?」
「アイシャちゃんはどうなの?」
後方から聞こえてきた声に、アイシャは足を止めて振り返る。
「私にばっかり答えさせてずるいよ。アイシャちゃんの答えも聞きたいな」
少女を見上げる赤い瞳が、少女を見下ろす青い瞳を真っ直ぐに捉える。
ほんの数秒の間、二人はそうしていたが、
「…………そうね……」
アイシャはそう小さく呟くと、カトレアが座っている方へ歩き始める。
こつり、こつりと足音が鳴るたびに、白と黒の髪が揺れるたびに、二人の距離は確実に小さくなっていく。
やがて、黒髪の少女はベンチの前で足を止めると、空いていた手の人差し指を白髪の少女に向かってゆっくりと差し出して、
「私たちが、私たちで在れるうちに。……かしらね」
その指で白髪の少女の鼻先につんっと触れた。
「…………」
きょとんとする白髪の少女。
しかし、鼻の先に残る微かな熱を夜風に攫われる感覚と共に静かな笑みを浮かべる。
「これで満足かしら?」
「……さあ、どうだろうね?」
そう言うと共にベンチから元気よく立ち上がったカトレアは、コートをはためかせて埃を落とすと、公園の出口の方を真っ直ぐに指差した。
「ほらっ、早く行こっ!アイシャちゃん!」
「はいはい。全く……」
アイシャは捨て損ねた缶をゴミ箱へ放り投げると、指差された方へカトレアと共に歩き始めた。




