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桜迎夢(サクラゲーム)  作者: 城火 涼


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ルール説明

 辺り一面水辺に囲まれている。空には雲一つなく、呑気そうに小鳥が飛んでいる。小波(こなみ)が立つ水面には、木製の低く、細長い船が浮かんでいる。

 五人が立っているのは地面ではなく木の板でできた桟橋だ。背の高い建物は如何にもといった和風の城が建つのみで、その城から桟橋が幹や枝のように伸びている。

 地平線を見ようと、城を背に遠くを眺めれば、視線は壁に阻まれる。この水辺に囲まれた城と桟橋から成る水上都市は、ぐるっと壁に覆われているらしい。


「海?」

 辻本が誰に聞くでもなく呟く。

「いえ、淡水です。みなさん、無事に交代できたようですね」

 淡水…ってなんだっけ?多分、海じゃないから、塩が入ってないってことよね。というかそもそも、何が起こったっけ?つい数分前まで、放送室にいたはずだ。

 卯月様を見れば服装が変わっている。いや、ウチの服装も含め、みんな制服やスーツではない。麻ような通気性の良い生地をベースに、それぞれ異なる色の民族的刺繍が施されている。カーゴパンツのようなズボンにサンダルで動きやすい。デザインも一人一人少しずつ異なって、凝ったゲームだなぁとか呑気な感想しか思い浮かばない。


「では、これからここで生活する上でのルールを説明します。とは言えども、見た方が早いので着いてきてください」

 卯月様はそう言うと、近くにあった二人用の手漕ぎボートに乗り込む。舟は、桟橋に突き出ていた木の柱に繋がっているロープで、係留している。出ていくのは簡単だが、係留するには多少なりとも技術が必要だ。


「こちらの舟と隣の二人乗りの四隻、そちらの桟橋に着いている一人乗り二隻の合計六隻が私達が使える分です」

「なんか、使える舟多くない?」

「……まあ、必要な時期もありましたからね」

 中嶋は面子から力配分を考える。そして、辻本にそっと近づくと小牧に聞こえない声で話しかける。

「辻本、卯月様と一緒に乗ってくれないか?小牧先生、歳的にこのボート厳しそうじゃん。先生乗せて俺が漕ぐわ。日比野は一人で乗ってもらう」

 辻本は苦笑いをしつつ、頷く。

 中嶋君の説明に納得するし、それが一番スマートなメンバー分けだろう。本音を言えば、卯月様を信用した訳ではないので、一緒に乗るのは嫌だが仕方がない。あっという間にみんな乗りこみ、私もオールを持つ卯月様の前に背を向けて座る。

 舟一隻につき、長いオールが二つ付いており、そのうち一つを船尾側で立って漕ぐ仕組みだ。辻本が艇内に入ったのを確認して、卯月様は係留ロープを放す。


「そういえば、どうやって私達ゲーム内に入ったんですか?」

 辻本は、ゆっくりと動き出した舟の上で振り返り、卯月様を見上げながら尋ねる。卯月様は、後ろに続く中嶋達のスピードを見ながら漕ぐ力を調整する。

「あぁ、私が放送で流れてた音楽を止めたでしょう?」

 確か、日比野君がプレイヤーに決定した後、卯月様は放送機器に向かった気がする。その後、辺りが暗くなり、突如現れた日本人形を卯月様が殴った気がしたが、瞬きをするともうこの景色の中にいた。気の所為だったのかもしれない。

「そしたらもうゲームの中です」

「…ん?」

 どういうこと?

「もともと、音楽が鳴っている間が選考期間です。曲が終わる若しくは止めれば選考の時間は終了します。つまり、そこでゲーム内へ入ります。あのCD、私の特殊道具なんですよ」

「なるほど…」

 よく分かんないが、ニュアンスは分かった。あっという間の出来事で気づかなかった。というか、こんなシュールな形でゲーム内に入ると、少しがっかりする。もっと、魔法陣が出てきて…とか、重厚な扉を開けば…とかの方が夢とか浪漫があるのに…。


 会話も途切れ、特にそれ以上話すこともなく、辻本は舟が造る波を見ていた。すると、ふと気づく。

 小さいけど音楽鳴ってない?いつから?ゲーム来てからずっと?自然と流れてて、意識が向かなかった。和楽器を使ったのんびりとした曲だ。タイトルをつけるならなんだろう。『日常』、んー、平凡だな。『休日』、…でもショッピングとかするような、心が弾む感じがあるわけじゃないし。あ、『陰キャの休日』。めっちゃしっくりくるけど、なんか曲作った人に申し訳ないような気もする。


「卯月様、今流れている音楽って何ですか?」

「bgmです。メインストーリー次第で変わったりするはずです」

 卯月様の返答を聞き、辻本は首を傾げる。

 はず…?卯月様もこのゲームについて知らない事がある?そもそも、卯月様って?ゲームの人?…駄目だ。疑問ばっかりで、答えが出てくる気がしない。それこそ頭のいい嵐山さんとかがここにいたら、ズバズバっと答え出せたんだろうな。…なんか、悲しくなってきたな。


「まもなく着きますよ」

 顔を上げれば、目の前には城が迫っていた。

「ここは、ゲーム内において唯一の陸です」

「え?なんで?あの壁の外も?」

この水上都市を囲っている壁に目を向ける。

「えぇ。行ってみるとわかりますが、壁には貿易用に入り口が何ヶ所かあります。しかしまぁ、私達がそこを(くぐ)っても十メートルほどしたら最初の桟橋にワープしますね」

「じゃあ、壁から出られないってことですか?」

「ゲームのストーリー上、必要ないんでしょうね。だから、景色は続いても実際に行くことはできません。話が少々逸れましたが、こういった理由で、陸地はこの城だけです」

「じゃあ、ウチらはどこに住むんですか?」

 もしかしたら、お城に住めると考えた辻本は期待を込めて卯月様を見る。

 大きなプールとかあったりするかな。ガーデンでお茶会とか、シャンデリアの下で舞踏会とか。ん?ぶとうかい?ぶどうかい?武闘会(ぶとうかい)、ブドウ会、いやどっちも違う。あ、ブドウ会じゃなくて武道会(ぶどうかい)だ!いや、どっちにしろお金持ちのダンスしてるイメージにならないな。あ、日本風のお城なら、宴会か。


「みなさんに住んでいただくのは、船の上です。………そうがっかりしないでください。意外と良いものですよ。波もほとんどないので、それほど揺れませんし…。はい、着きましたよ」

「…ありがとうございます」


 舟は城の門の傍に止めたらしい。陸に上がれば、降りた跳ね橋を目の前にし、その大きさに圧倒される。

「凄い…」

「跳ね橋が動いていたら本当に圧巻なんでしょうけど、私は見たことないですね」

「動かないんですか?」

「昔は逆にずっと上がったままだったらしいですよ。ストーリーを進行して降りたんだとか」

「ストーリーが進行?まだウチら、何もやってませんよ?」

「あー…、まぁ、この後皆さんにまとめて説明します」


 全員が舟から降りると、卯月様はスタスタと門を(くぐ)っていく。門の両サイドには甲冑が左右にそれぞれ二体ずつ立って、微動だにしない。卯月様に続く中嶋は、甲冑をジロジロ見ながら横を通り過ぎようとした。

 すると、一体がガチャガチャと金属がぶつかり合う音を立てながら、近づいていく。

 まずい…追い出される?

「キクさん!先日はありがとうございました」

 ピタッと日比野の目の前に止まった甲冑は、はつらつと言葉を発する。自然とみんなの足も止まる。

「は?」

「ご用があればいつでも申してください。それでは!」

 そう言うと甲冑はまた、元の位置へ戻り、動かなくなった。


 一同が唖然としてしていると、ギギギ…キーッと重いものを動かす音がした。先導していた卯月様が大きな城の扉を開ける音だ。彼女は扉の側で四人を待っている。

 慌ててみんな揃って駆け出した時、小牧先生が石畳の小さな段差につまづいた。最後尾に居た辻本は叫びそうになる。

 あぁ、こけると思った次の瞬間、不思議なことが起きた。小牧先生はつまづき、跳んだのだ。

 小牧は左前方へ傾斜するとそのまま手のひらを地面に着き、左腕だけの力で大きく跳んだ。彼は緩く弧を描きながら卯月様の目の前に華麗に着地した。中嶋も日比野も、自分の頭上を跳び超えていった小牧に驚きを浮かべている。


 目を疑う。明らかに人が跳べる距離じゃない。陸上選手が両足使ったって無理だ。それを腰の曲がった七十手前の小牧先生が…。………ゲームの補正だろうか。ウチもパワーがアップしているのかもしれない。

 辻本は試しに片足に力を入れて、大きく跳ぶイメージをつくる。そして、地面を蹴ると…………。

 変なスキップになった。意味わかんない。



 城の中は、畳が広がっていた。中央には廊下が真っ直ぐに伸び、卯月様は堂々と土足で進んでいく。

 廊下の続く先には四角い穴が空いていた。覗けば、階段が続いている。一行がその二階分相当の階段を下りると、目前には植物を(かたど)る彫刻が施された両開きのドアが現れた。


 卯月様が軽くドアを押し開く。開いたその先は眩しくて

、一瞬視界が白色に覆われる。段々目が慣れてくると、そこは外だった。植物園のように低い木々は綺麗に剪定(せんてい)され、樹々の間の小道には雑草一つ生えていない。ただ一つ、気になるのは、至る所に枯れ木がある事だ。枯れ木以外は丁寧に手入れされている為、より違和感がある。


「こんにちは、アケボノさん。和み屋の活躍は聞いていますよ。桜の木も楽しみにしてますね」

 枝切り(ばさみ)を持った庭師が、卯月様に声をかける。卯月様は何も言わず、その庭師の横を足早に通り過ぎていく。庭師はそんな態度にも嫌な顔一つせず、近くの植物の剪定を始めた。

「ここの人って、器が大きいんだね」

「………」

 辻本は隣に立つ日比野に話しかけたが、無視された。

「そうでした。サクラゲームの中では、それぞれ名前が決まっています。ここでは、私は卯月様ではなく、アケボノです。小牧先生はアズキ、日比野さんはキク、中嶋さんはマッチャ、辻本さんはイナホです」

 変な名前………。みんな和風のいい感じなのに、ウチのイナホって何?イナホ…イナホ……稲穂?え、あ、お米の稲穂?

「あー…なるほど」

 日比野君が呟く。もしかして、ウチと同じくイナホが、五円玉に載っている稲穂って気づいた?

「え?何がなるほどなの?」

 辻本は、少し前を歩いていた日比野に駆け寄り、声をかけると、煩わしそうに一瞥された。

「服の刺繍。それぞれ名前の色をベースにしてる」

 本当だ。確かに。いや、それよりウチ、何か機嫌を損ねるような事したっけ?

「へぇー、流石美術部」

 中嶋も辻本と日比野の横に並び、歩く。

「別に、流石と言われるほどのことじゃないだろ」

「いや、今ある情報を見逃さず、関連するものまでピックアップ出来るのは凄いだろ」

「………あんた、それ、疲れないの?」

「何が?」

 突然の問に心当たりがない中嶋は、首を傾げている。


「こちらを見てください」

 先頭を歩いていたアケボノが一本の木の前に立ち止まる。

「アケボノさん、これって…」

「アケボノでいいです。これは、桜の木です」

「あっちこっちで枯れている木と同じ?」

「いえ、まだ生きています」

 目の前の木は葉も蕾も、もちろん花も付いていなかったが、確かに枯れてはなさそうだ。木の幹には札が掛けてあるが、汚れているのか読みづらい。目を凝らして読んでみると、

「ア……ズキ?」

「はい?なんでしょう?」

 小牧が反応する。

「あ、いいえ。あの札にアズキって書かれてて。小牧先生の事を呼んだわけでは…」

「辻本さん、あの札、幹に紛れていて分かりづらいのに、よく見つけたね。凄いよ」

 中嶋君が褒めてくれる。自然と言えるから、周りから爽やかとか、イケメンとかって言われるんだろうな。


「はい、こちらは小牧先生のライフになります。続いてこちら…」

 アケボノはどんどん奥に進み、マッチャ、イナホ、キク、そしてアケボノと札の掛かった木を巡っていく。どの木も似たような状態で、いや、アケボノの木は他の四本と比べても明らかに死期が近づいていた。

「あの、卯月さ…アケボノ」

「呼びづらいでしょうが、ゲーム内の名前で慣れてください。こちらの人達はその名前であなた方の事を呼び、ストーリーはそれで進行しますから」

「ア、アケボノ」

「はい」

「この木がライフって事はアケボノはもう……猶予がないってこと?」

「はい。この自分の名前の木が枯れたらゲームオーバーです。今までの方々がストーリーをかなり終盤まで進めてくれているので、あとは、この桜を満開にすればゲームクリアです」

 ということは、この沢山ある枯れ木の数だけゲームオーバー……人が死んだってこと?

「じゃあ、ウチらはここで木のお世話をし続ければいいの?」

「いえ、正確にいうと、これらの木は私達のライフを可視化させたものです」

「えーと…?」

「結論、この木は放置で構いません」

「じゃあ、花はどうやって咲かせるの?」

「桜が満開となる方法は」

「ほ、方法は…」

「分かっていません」

「分かっていないんかい!」

「イナホ、いいツッコミですね」

「なんかもう、途中から先が読めたので」

 イナホは少し前までアケボノを警戒していたことを、すっかり忘れている。

「ストーリー…というのは今、どのような状態なのでしょうか?」


 小牧先生…えーと……アズキ!日比野君が気づいてくれた色のお陰で、服を見れば名前がわかる。じゃなくて、このゲームに入ってからほとんど口を開かなかったアズキ。微笑む表情の中には、ずっと緊張と悲しみ…いや、失望のようなものが見える。


「全体のストーリーとしては、この壁の内側で一つの街なのですが、まずは閉鎖された街を開き貿易をさせること。という事で城主に話をつけに行ったらしいです。まあ、例の跳ね橋がなかなか降りなかったみたいですね。なんとか城主に会った時も、『街を閉ざしていたのは、家出した娘が壁より外に出て行かない為。よし、貿易門を開く代わりに、街中を逃げまわっている娘を連れ戻せ』と言われたそうです。なので次に、この城主の一人娘である家出少女を探しましたとさ。それはもう、過酷だったとか。やっと見つかった少女は『何百年も咲いてない庭の桜を咲かせられたなら、家出はもうしない』と言ったので、城主は『なんとかして咲かせろ』と私達プレイヤーに丸投げ。最後に桜を咲かせて、家出少女を後継ぎにさせること。これを私達の本業と同時進行で行う事でクリアです」

「なんかめちゃくちゃ大雑把に仕事ふられてない?」

「まあ、代々、前のプレイヤーから伝え聞く話なので、詳細は分かりません。私がきた時には既に、少女を発見して、事情聴取するところだったので。…あれから随分と時間が経ったように思いますが、全然ストーリーが進まなくなってしまいましたね」


「………本業って?」

 確かに!キク、ナイス質問。終始感じ悪くて、嫌な感じだけど、ナイス。

「私達プレイヤーは十人でゲームを行います。そして、最初に小舟に乗りましたが、その桟橋の反対側に低く長い舟があります。この後そちらに戻りますが、そこでプレイヤーは『和み屋』という悪夢退治専門のお店を営んでいます。因みに寝泊まりするのもそこですね。ゲームでいう、ホームです」

「悪夢退治?」

「はい、和み屋にて毎日一つ、依頼が届きます。悪夢を退治する…というよりは、悪夢の根源を叩く、ですかね。そして、依頼が達成されば日付が変わります」

「日付?変わる?」

「もし、依頼をこなさなければ、朝が来て昼が来て、その後はずっと夜が続きます。依頼をこなすまで」

「え、今、昼ってことは、アケボノが最近依頼をこなしたって事?」

「はい。皆さんをお迎えするなら日が昇っている方がいいかなと…。まあ、私の特殊能力がアレなので、かなり苦労しましたけれど」

「えーと、和み屋の仕事で、ウチらがゲームオーバーになる可能性は?」

「あります。メインストーリーが進んでいない今、最もライフを落としやすいのが本業です。勿論、今この瞬間もライフを落とさないとは限りませんけれど」

「じゃあ、依頼を達成しない方がいいんじゃないですか?」

「それにつきましては、みなさんの自由ではあるのですが、日付が変わらないと、お店の商品が変わりません。ご覧の通り、ここじゃ自給自足は出来ないので、商店の存在は大きいです。因みに、数日おきに開くお店もあります。住んでいれば自ずと覚えますよ。それで、…何の話から脱線したんでしたっけ?」

「依頼を達成しなくてもいいのかどうか」

「あー、そうです。そうでした。先程の商店が理由の一つで、もう一つ。メインストーリーが進んだ場合、日付が変わらなければ、さらにその先に進めなかったりしますからね」

「えぇー、結局仕事しないとじゃん…」

 辻本の口から情け無い声が漏れてくる。


「そうだ!さっき、プレイヤー十人って言ってたけど、ウチら、アケボノ含めても五人しか居ないよ?というか、アケボノもプレイヤーなの?」

「はい現在のプレイヤーは私達五人です。………。私はこのゲームにおいて、最後のプレイヤーの()()でした。桜の木には本数に限りがありますからね。私が来る前にゲームオーバーになった方が多かったようです」

「は?じゃあなんでオレらがここにいるんだよ」

「………私の特殊能力が『メンバーチェンジ』だからです」

「メンバーチェンジって?」

「そのまま意味で、プレイヤーを交代させる事が出来ます。私がここに来て、他の人の木が枯れそうになる度に、その能力を使っていました」

「じゃあ、オレはあんたの意思でここに連れられたって事?あんたがメンバーチェンジをしなければ、オレらは死なずに済んだってこと?」

「キク、まだゲームオーバーするって決まったわけじゃないし…。アケボノだって、他のプレイヤーがゲームオーバーするのを阻止したかったんじゃないか?」

「中嶋、お前はそっちの味方かよ。お前は知らない誰かの為に死ねるってことかよ」

「…そうとは言っていない。あとここでは俺はマッチャだ」

「順応して、優等生気取りかよ。お前の…」

 ヒートアップしていく二人の空気に居心地の悪さを感じていると、

「止めなさい」

 珍しく厳しい口調のアズキが、間に入った。

「そのメンバーチェンジとやらについて、詳しく話していただけないでしょうか」

 アズキはアケボノに問いかける。気のせいかもしれないが、目前のアケボノの桜は、初めより衰弱して見える。


「私の特殊能力は、先程述べたようにプレイヤーを入れ替えることができます。基本的に木が枯れる直前に、交代する人を探します。勿論、間に合わない場合もあります。その結果、プレイヤー数、十名であるはずが、現在五名となってしまいました」

「交代された前の人は?」

「植物状態となる様です。とは言っても、ゲーム内にも現実世界にも居ないのですけれど。そして、その人達のクリア状況は、交代した後のゲームをプレイしている者に託されます。マッチャであれば三代目なので、マッチャがクリアすれば歴代マッチャの二人もクリア、ゲームオーバーならゲームオーバーと、なります」

「つまり、一人につき二人以上の命を預かっているって事?」

「いいえ、自身のライフだけ考えていただいて構いません。とにかく、私の能力は以上です」

 アケボノの能力についてはこれ以上話すつもりはないようだ。マッチャとキクはあれ以降、口を固く結んでいる。

「先程も申し上げた通り、大抵の事は慣れて覚えろって感じですね。他に質問がなければ、和み屋に帰りますが、よろしいでしょうか?」


 アケボノはゆっくりと一人一人の顔を見ていく。最後にキクと目が合う。キクは浅く息を吐くと、

「オレにも特殊能力、あんの?」

「ええ、それぞれ固有の能力が一つあります。そちらにつきましては、書類が和み屋に届いているはずです」

「…あっそ」

 恐らく、門を潜った後のアズキの跳躍は特殊能力によるものだな。そして、アケボノはメンバーチェンジ。話を聞く限り、一人一人異なる能力っぽい。能力次第で、クリア出来る確率が上がるだろう。…能力次第か。本当、嫌なゲームだな。


 空を見上げれば、夕方だ。空色の移り変わりが速い。日本の季節で言うならば、冬の空といったところか。気温は暖かく過ごしやい。時々軽く風が吹き、空気は乾燥している。



 一同が元の桟橋に着く頃には、満天の星空となっていた。所々に赤提灯が提げられ、桟橋を照らしている。

「とりあえず、中に入ってください」

 アケボノに続きアズキが舟へ乗り込む際、またしてもアズキがつまづいた。空中で二回転して片膝立ちの状態で綺麗に着地。驚いたのはもうイナホとアズキ自身だけだった。

 甲板(かんばん)に降り立つと、船の船首にはシンプルな扉がついている。扉の横には『和み屋』と達筆な字で書かれた看板が掛かっている。まるで道場の立て看板のようだ。

 中に入れば、左手にダイニングテーブルが、右手にはカウンターテーブル付きのキッチンがある。暖色のライトが使用されており、まるでオシャレなカフェだ。船の外観より明らかに広い。部屋の奥には扉がある。

「とりあえず、自身の部屋を決めてください。奥の扉を開けば左右合わせて6つの部屋があります。右奥の部屋以外はプレイヤーの部屋です。本来二人一部屋ですが、一人一部屋お使いください。因みに私は左の奥の部屋なので、そちら以外でお願いします」


 アケボノを残して他のメンバーは何も言わず、ダイニングルームの先へ進んでいく。扉を開ければ廊下があり、アケボノの説明の通り、左右に三つずつの扉がある。アケボノの扉には、名前が彫られている。右奥の扉には『浴室・手洗い』と彫られている。そして、廊下の先にはまた扉がある。『和み屋』と彫られている。この先が職場らしい。

「オレ、ここにするから」

 キクがダイニングから一番近い、右の部屋に決めた。イナホは慌てて残りの部屋の扉を開いていくが、どの部屋も似たようなものだった。靴を脱ぐスペースがあり、二段の段差を上がれば、床は畳だ。八畳くらいの部屋に二段ベットが一つ、掘りごたつ式の机が一つあるくらいだ。壁には小物置きが何箇所か、あとは窓が一つ付いている。


 マッチャはキクの向かい、イナホは左の中央、アズキは右の中央の部屋に決まった。全員の部屋が決まると、それぞれ部屋の扉が変化した。名前が彫られたらしい。

 四人がダイニングに戻るとアケボノはカウンターの端の席に座っていた。キクは居住区の扉近くの壁に寄りかかり、六人がけのダイニングテーブルに残りの三人が座る。

「そういえば、お腹が空きましたね。外に皆さんのプロフィールが届いていると思います。料理を買ってくるので、のんびり読んでいてください」

 そう言うや否やアケボノは、玄関口を開けたまま、出て行ってしまった。キクは考え事をしているらしく、イナホは疲れてボーっとしている。アズキに至っては、目が開いていない。誰も動きそうにないのを見て、マッチャは外に出た。


 まず、扉付近をざっと見渡すが、ポストらしきものはない。次に甲板をまわってみる。船尾側まで歩いた時、上に続く階段があった。登ってみれば、二階はトンネルのようになっており、手前の方には固定された自転車が二つある。自転車には何本かのコードがつながっており、夜に見ると気味が悪い。

 ゲーム内では、城を除いて基本木製のものばかりだったので、自転車があるとは意外だった。しかし、レトロなトンボ型であるために、雰囲気に上手く馴染んでいる。

 自転車を横目に、トンネル状のその先に進むと、そこは展望デッキだった。数えきれないほどの星を独り占め出来る場所だ。まるで、デスゲームの中だということを忘れてしまいそうだ。


「おわっ!」

 空に気を取られていたマッチャは、手すりに留まっていた烏たちに気づき、驚いた。烏は四匹おり、マッチャの大声を聞いても逃げなかった。烏の足には紙が括り付けてある。

 マジか。アケボノが言ってたプロフィールって絶対これじゃん。まさかカラスを触る日が来るとは…。

「はぁ」

 マッチャはため息を一つつくと、恐る恐る烏に近寄り、一羽ずつ紙を外していった。足が軽くなった烏達は次々に飛び立ち、あっという間に夜空に溶け込んでしまった。

 しばらく夜空を堪能していると、アケボノが真下の玄関口に入っていくのが見えた。最後にもう一度空を仰ぐ。



 暖かい光が漏れる玄関口を開けると、話し声が聞こえてきた。

「……スープで、これがアマセナガエルのカツ、それからクラッテモ草のシーザーサラダ、タンカニーミクのアヒージョとなっております」

 ダイニングテーブルには十数種類の美味しそうな料理が並んでいる。

「お!美味しそうだね」

 マッチャの声に一同一斉に振り返る。そしてイナホが一気に目を吊り上げ、まくし立てる。

「マッチャ、騙されないで!コレ、ヤバいから!見た目に騙されたら終わる。空腹に負けたら終わりだから!」

「えっとー、イナホ?とりあえず落ち着いて」

「マッチャ、それ、プロフィール?」

 キクは騒ぐイナホから顔を逸らし、眉をひそめている。顔には『五月蝿い、黙れ』との文字が浮かんでいる。

「美味しそうですね。腹が減っては戦はできぬと言いますし…」

「先生!ダメだってば!それ、どう見たって百足(ムカデ)じゃん!」

「いえ、それはテテノウスの串刺しです」

 すかさずアケボノが訂正する。

「百足じゃん!」

「いや、とりあえず落ち着いて」

「早く見せて」

「さて、お皿を持ってこようかね」

「アズキは座っていてください。俺がとりますよ」

「じゃあオレの分も」

「み、みんな!食べちゃダメだって!」

 ダイニングはあっという間に騒がしくなった。人が動き、影が動く。まるで火が揺らいでいるようだ。



「で、これがカラスの足に?」

「そうそう、中は開いてないから、どれが誰のかわかんないけど」

 五人は食事をとりつつ、折り畳まれたプロフィールを囲んでいる。キクが一枚手に取り、外面を観察する。

「みんなで、セーノで開けてみる?」

 イナホは他の人の顔を伺うように提案すると、アズキとマッチャも紙を手に取る。

「じゃあ、セー…」

 ピリピリピリ…。マッチャが言い終わる前に、キクは紙につけられた糊を剥がし、開いてしまった。残り三人もそれぞれ紙を開く。呆れ、笑み、苛立ち、それぞれの表情を浮かべて。



 プロフィールは以下の通りだった。

『アズキ 

 願イニヨル特殊能力、転バナイ。ドンナ状況下デモ、転バナイ。

 特殊道具、転バヌ先ノ杖。悪夢ニ入ル前ニ、服装ヲ選ベル。』

『マッチャ

 願イニヨル特殊能力、忘レナイ。

 特殊道具、記憶ノ水六〇〇ミリリットル。カケタ物ノ一部ノ記憶ヲ見レル。』

『イナホ

 願イニヨル特殊能力、イクラデモ食ベレル。

 特殊道具、皿ガ無限ニ出テクル箱。』

『キク

 願イニヨル特殊能力、周囲ノ防音。

 特殊能力、自身ノ姿ヲ消セルイヤホン。』

 


「ふぅーん…」

 声のした方を見れば、キクが眉間に皺を寄せつつ左手を顎に当てしている。

「イクラデモ食べレル?イクラでも、食べれる?いくらでも、食べれる?ん?」

「多分、満腹にならないって事だと思うよ」

「あ、やっぱり?…って、意味わかんないよ。しかも、皿が無限に出てくる箱って何?何の役に立つの?」

「それは、えーと…大食いする時お皿が足りなくなる心配が要らない―…とか?」

「マッチャ、ありがとう。無理にフォローしなくて大丈夫。はあ。いいなぁ、みんなのはなんかカッコ良さそう」

「確かに、キクのイヤホンとか、カッコ良さそう」

「…どうやったら使えるの?」

 キクがプロフィールを見つめたまま、問う。

「え?」

「アズキは転んだ時、マッチャは常に、イナホは食べる時に特殊能力が発揮される。オレは?」

 目線だけマッチャの方によこし、キクは依然として顎から手を離さない。

「確かに、キクの能力は何が引き金か分かりませんね」

「念じれば出来るタイプじゃないですか?」

 アケボノが投げやりに答える。魚の骨を取ることに集中しているみたいだ。

「先生の能力は、転ばぬ先の杖?ことわざですよね?」

「ええ、失敗しないよう事前の準備が大切、という意味ですね」

「それで事前の準備が服装?」

「マッチャのは、結構強力な能力ですね」

「はい。言われてみれば、ここに来てからの出来事を細かいところまで思い出せますね」

「え、どんな感じ?」

「えーと、思い出そうとすると全部思い浮かぶというか。うーん、なんて言ったらいいんだろ?会話とか一言一句違わずに復唱できそうな感じ」

「へぇー、凄い」

「は?気持ち悪いだろ」

 目を輝かせていたイナホは、キクに冷たい視線を送る。

「言ったこと全部覚えてるとか、気持ち悪いだろ」

「ねぇ、ずっと思ってたんだけど…」

「ずっと思ってたんだったら、早く言えばよかったじゃん」

 キクの言葉にイナホの目がさらに鋭くなる。

「もう少し、協調性を身に…」

「必要ない」

 キクはピシャリと言いきる。

「ここはデスゲームの中だぞ?他人に足引っ張られて死ぬなんてごめんだね」

 そう言うと、キクはサッと立ち上がり、自室に戻ってしまった。

「何あれ。生死がかかっているからこそ、協力した方がいいじゃん」

 イナホは不満げに口をへの字に曲げ、スープに手を伸ばす。温かかった食事はもう冷めてしまった。



 バンっという音がした。何も見えない。

「あ…」

「え、何?何?」

「イナホ、落ち着いて」

 窓から差し込む明かりによって段々と暗闇に目が慣れていく。細部までは見えなくても、ぶつからない程度には歩けそうだ。

「街灯は点いてるって事は、この船だけ消えたって事かな?」

 窓の外では提灯が揺れている。

「はい、停電です」

 …え?ゲームの中で?

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