プレイヤー選択
三月一日 〇八時三〇分 放送を通して音楽が流れ出す。和楽器を基調としていながら軽快に広がっていく。歌詞は無いものの、オープニングを思わせるような促進力が伝わる。
だがしかし、この曲が聴こえているのは流した本人を除いて八名のみ。
〜アズキ二代目〜
…あぁ、この曲がそうか。やっと私の番が来たのか。
職員室を次々に出ていく担任の教員達を横目に、自身のデスクに留まる小牧はほっと息を吐いた。口元が緩みかけるが、すぐに引き締まる。その目には、六十八歳とは思えない程期待と決意に満ちていた。ほとんど人の気配がなくなった職員室を後にし、放送室へ向かう。
放送室は校舎の北西側四階の角にある。一階は図書室や保健室、職員室等。二階は1から3学年の教室と実験室等。三階は補習用の教室と技能教科の教室(美術室とか音楽室等)となっている。そのためこの時間は、四階まで階段を上ると生徒達の声が遠くから聞こえ、人気の無さが際立つ。
気持ちは前へ前へと急かしてくるが、体から追いつかない。階段を登り終わる頃には口からは白い息が出て、一息つかなければならなかった。重くなった足を気力で進めて、放送室の白く無機質な扉に手をかける。
カラカラカラと乾いた音を立てながら扉が開く。中を覗くけば、八畳くらいの部屋。左の方には、長机にパイプ椅子二つ設置され、右の方には放送機器が並んでいる。その放送機器の目の前に浅く腰掛ける女性がいた。女性は放送機器に肩肘をついている。しかし、こちらを見るや否や素早く立ち上がりニコリと微笑んだ。
「お待ちしておりました」
慌てて中に入り、扉を閉める。軽く息を吸い、目の前の女性に真っ直ぐと視線を向ける。女性は依然として微笑んだ状態を崩さない。
「貴方が卯月様ですね?」
喉が渇き、『貴方』の部分が掠れた。
「確かに、こちらではそう呼ばれているみたいですね。もしやゲームの事をご存知で?」
「えぇ、長年調べておりました。そして、ゲームの中へ現実の人間を連れていくという貴方にずっと会いたかったのです」
卯月様は一瞬哀しそうな顔を見せたが、直ぐにまた微笑んだ。
「…そうですか、ゲームの事をご存知なら話が早くて助かります。小牧さんは新たなプレイヤーとして選ばれました。クリアを目指して頑張ってくださいね。詳細は他のプレイヤーも確定したら行いましょうか」
小牧雅彦→アズキ二代目 確定
〜マッチャ三代目〜
「二学年烏谷、中嶋学生は放送室まで来てください。二学年烏谷、中嶋学生は放送室まで来てください」
朝のホームルームが終わるや否や、そんな放送がなった。でも、二回目の繰り返しの最後はみんなが席を立つ音と雑談で一気に掻き消されてしまった。放送の後はまたあの和風じみた曲が流れ始める。いや、今までこんな放送がなることがあっただろうか。そもそも、朝に音楽が鳴るなんてこの2年間一度も無かった。机にうつ伏せになって寝ている隣の席の島田に話しかけてみる。
「島田。俺さ、一時間目間に合うかな?」
「え?何で?」
島田は眠そうに目を擦っている。目がほとんど開いていない。
「ほら、放送でさっき俺、呼ばれたじゃん?」
「放送?…中嶋が呼ばれてる?………寝てたから分かんないわ」
「あ、そっか。ごめんごめん」
「いやいや、こっちこそ聞いてなくてごめんなー…」
島田は再び机に突っ伏して寝てしまった。
席を立つと丁度放送部の佐々木さんが横切ろうとしたので声をかける。
「あ、ねぇ、佐々木さん。放送部って朝に音楽かけるようになったの?」
「あっ…いえ、鳴らさないです…」
佐々木さんは手に持っていた教科書を抱え、小さな体をますます縮めて小声で答えてくる。
「じゃあ、今流れている音楽って誰が流してるか分かる?」
「…?」
佐々木は目を点にした後、慌てて耳に意識を集中させ始めた。とは言っても、放送から流れる音楽は耳を澄ませなくとも全然聞き取れるんだが。……何かおかしい。不自然だ。佐々木さんにお礼を伝えた後、ある人物を探そうと廊下に出る。
「お、見てたぞー。相変わらずモテてんなー」
トンっと肩を叩かれ、振り返ると目当ての人がいた。
「烏谷!」
「お、おう?どうした?珍しく元気だな?」
「お前はこの音楽が聞こえるか?放送は?」
二十六cm俺より高い烏谷の両肩を掴んで引き込み、勢いのまま尋ねる。
「痛い痛い痛い、聞こえる聞こえる聞こえたし、てか痛いって!」
「あ、ごめん」
すぐに手を離す。この烏谷十和とは、一年の頃にクラスと部活が一緒で、仲良くなった。初めは制服の着こなしや私服からチャラい印象だったが、いざという時のこの落ち着きようは助かる。二年なってクラスが分かれたが、今でも楽しくやっている。いつもは俺の方が落ち着きがいいと自負出来るが、緊急時に頼りになるのは絶対に烏谷の方だろう。
「なんかさー、この音楽も放送もおれ達以外聞こえてないみたいだよなー」
「烏谷のその、いつでも通常運転出来る能力、羨ましいわ」
「はは、おれは中嶋のモテる能力が羨ましいわ」
烏谷の見た目は長身で細長く、ヒョロっとしている。性格も悪くないと思うし、彼女くらい簡単に手に入りそうなのに、現実はそう上手くはいかないらしい。
「…………それより、行くか?」
俺が切り出すと、どうしても重々しくなってしまう。
「行くかって何処に?」
烏谷の返答で力が抜ける。
「放送室だよ」
と言いながら、もう足は放送室に向かっていた。すぐに烏谷の足音が追いつき、一緒に並んで歩く。もう、音楽が聞こえる異常さなんてどうでも良くなっていた。寧ろ、肝試しに行くような恐怖感と好奇心が混ざりあっていた。
「はーい、失礼しまーす」
「おい待て、ノックしてないだろ」
何の躊躇いもなく烏谷は放送室の戸を開ける。
「あ、確かに」
「…いや、今更閉めても遅いだろ。というか中に小牧先生居なかった?」
「うん、あと女の人が居たな。多分放送の声の主」
「……はぁ、…入るか」
「おう」
烏谷は返事をしながら戸を開ける。いや、だから早いって。彼は考えるよりも先に体が動くタイプだな。
「…あ、またノック忘れた」
烏谷はそうは呟くものの、堂々と中へ入っていく。俺は背筋を伸ばし、後に続く。小牧先生が居るとはいえ、警戒心はあって越した事はないだろう。
「失礼します」
中に入れば二十代後半だろうか、茶髪にカジュアルなスーツっぽい服を着た女性がこっちを見て微笑んでいる。放送マイクの前のパイプ椅子に背筋を伸ばして座っている。
「早速で申し訳ありませんが、二人のうち一人、プレイヤーを決めてください」
「え?」
予想外の女性の発言に驚く。
「まあまあ、烏谷、中嶋、座りなさい」
長机で呑気にお茶を啜りながら小牧先生が着席を促す。俺は前方で立ち止まっていた烏谷を追い抜き、小牧先生の向かい側に座る。烏谷も続いて俺の隣に座った。
二人が着席したのを見届け、女性はわざわざこちらの机に移動してきた。部屋の奥に立て掛けてあるパイプ椅子を一つ、長机の誕生日席に広げる。座ってもニコニコと微笑むだけで口を開く気はないようだ。
「この人は卯月様です。二人は『サクラゲーム』に聞き覚えは?」
小牧先生が尋ねる。
「はい」
「いや、全く」
烏谷と声が被る。烏谷が驚いたようにこっちを見る。
「え、中嶋聞いたことあるん?」
「あぁ、有名じゃね?多分烏谷も聞いた事あるよ。怪談話であるじゃん、あんま面白くないやつとして」
「どんなやつだっけ?」
「えーと、元々この学校が建つ前ってさ桜の木が沢山あったらしいじゃん?」
「あー!なんか桜が咲く木は数本だけだったのに、それぞれの木には魂が入ってるとかで、咲かない木を誰も切らなかったーみたいなやつ」
「そうそう。それで花が咲かない木を切ったら神隠し始まって、消えた人は『サクラゲーム』って名前のゲームの中へ…みたいな感じだっけ…?」
「いや、毎年違う木の桜が咲くようになって、切る木が分からなくなったんじゃなかったっけ?」
「うーん…桜の木はどれも咲かなくなったような気も…」
正直よく覚えていなかった。烏谷と二人で何とか思い出そうとしていると、小牧先生が穏やかな口調で話始めた。
「その話は虚実が織り交ぜて広まっているみたいですね。…簡単に説明するなら、サクラゲームは実在し、クリアしたらゲームの中から脱出するというものです」
「参加型脱出ゲームって事か」
「はい、その通りです。但し、ゲームオーバーとなれば二度と現実には戻れません」
卯月様も話に加わる。隣にいる烏谷を見やると、口が半開きのまま固まっている。何を考えてるのか…。いや、これは考えていないだけか。ま、俺だけでも話を理解しないとな。
「ゲームに閉じ込められるという事ですか?」
「いいえ、ゲームオーバーとなればゲーム内にも存在出来ません。…………ゲームオーバーは『死』だと理解していただいて構いません」
「それって、デスゲームって事ですよね。そのゲームに俺達が参加しろということですか?拒否はできるんですか?」
「二人の内、片方は断ることが出来ます」
ふざけるな。そう言いたかったが、言ったところで状況は変わらないんだと、冷静な自分が怒りに染まる自分を押し留める。
「ふざけんな!」
今まで黙っていた烏谷が突然叫ぶ。こんなにも怒りをむき出しにした彼を、俺は知らない。見なくてもわかる。横から圧を感じる。卯月様を睨んでいるのだろう。
「すみません。ですがもう君達のうち一人がプレイヤーになる事は絶対です。今此処でどちらがプレイヤーになるか決めていただけない場合、自動的にどちらかがゲームに送り込まれます」
「………」
沈黙が流れる。笑い声が遠くで聞こえる。クラスのお調子者がふざけているのだろう。
「……………おれが行く」
烏谷が卯月様を真っ直ぐに見据えて呟いた。
「は、待てよ。だったら俺が行くよ」
俺は反射的に声を上げる。直ぐに冷静に思考を働かせるが、今の発言を訂正する気はない。誰かが自分の代わりに犠牲になるなんて嫌だ。
「いや、おれがさい…」
「烏谷!」
俺は烏谷の声を遮り、大声で名前を呼ぶ。
「朝、宿題見せた代わり、一つだけ、何でも言うこと聞くって言ったよな?」
「…言ったけど」
烏谷は顔をしかめている。
「じゃあ、俺が行くから」
「でも…」
「クリアすればいいって事だろ?」
烏谷の声に被せる。彼に言い聞かせるのと同時に、自分の言葉で自分を鼓舞する。
「………ありがとう」
「若いっていいなぁ」
卯月様が呟いたが、俺達は無視した。
中嶋京一→マッチャ三代目 確定
〜イナホ二代目〜
何故か、人形のようだと思った。目の前の女性は、特段顔が整っているわけでもなく、よく見れば目の下には隈がある。あぁ、人形というよりはマネキンという言葉がしっくりくる。
「辻本さん?大丈夫?」
中嶋君から声をかけられ、我に返る。変な放送で呼ばれて、来てみれば卯月様と呼ばれる女性と小牧先生、それから中嶋君がいた。
「ご、ごめん。…今の話をまとめると、ウチらの中からデスゲーム参加者を一人決めろって事だよね?」
「はい、その通りです。辻本潤さん、右田璃子さん、米倉紫織さん。貴方三名の内から一名プレイヤーを決めてください」
「何で私たちなの?」
紫織は卯月様を睨みながら尋ねる。美人の怒り顔とは、絵になるけど怖い…。ウチの正面に座る卯月様は表情を変えない。これだけ睨まれても微笑みを崩さないと、感心してしまう。
「いえ、他の方もお呼びしております。先程までは烏谷さんもいたのですが、中嶋さんがプレイヤーとして確定しましたので、教室に戻っていただきました」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど。しかも詳細はプレイヤーにならないと教えてくれないとか、意味わかんないんだけど」
「米倉、落ち着いてください。感情的にならずに考えましょう」
紫織の横に座る小牧先生がそっと口を挟む。
「先生は、この人の言う事を聞くんですか?」
紫織は小牧先生の方を向きながら、ビシッと卯月様に指さす。
「…紫織、その辺りを話しても仕方ないから。プレイヤーについて話そう」
ずっと黙っていた璃子が言う。
「仕方ないって…。その辺りの話っ…」
「何で私達がとか、先生や中嶋がプレイヤーを承諾した事とか、今結論出ても意味ないから」
「はぁ?意味ないわけないじゃん」
「私達に今ある選択肢はプレイヤーを誰にするのか。それだけ。そして、それを今決めなければ、その選択肢でさえなくなる。わかる?」
「だから、何でそれ以外の選択肢ないの?棄権くらいさせてよ!」
「無いんだよ。他の選択肢が。…部屋入ってきた時点で気づいているよね?先生も中嶋も卯月様って人も、…身体が透けている事」
「っ……」
紫織の目が泳ぐ。
「明らかに私達にどうこう出来る話ではない」
璃子はうちや紫織が考えるよりも冷静に、客観的にこの状況を捉えていたらしい。確かに、選ぶ権利がある内にその権利を使いたい。
「…………わかるけど。…だっておかしいじゃん。なんでって思うよ」
紫織は俯き、先程の勢いは衰えていく。紫織の思う事もわかる。何故、どうしてって、思わずにはいられない。
「…私が行く」
驚いた。まさか今の流れから璃子が立候補するとは思わなかった。紫織の方を向けば俯いたまま動かない。
「………………」
「………………」
「右田さんは強いね」
璃子の隣から中嶋君が称賛する。
「いやー、中嶋の時も見事でしたよ。男の友情というか、熱かったですね」
「いや、先生やめてくださいよ」
「謙遜しなくても、十分素晴らしいものでしたよ」
「あはは、そう言ってもらえると、いくらか救われる気がしますね」
「中嶋君は、中学生とは思えないほど、返しが上手いですね。将来が楽しみです」
「ありがとうございます」
…途中から茶番を見せられている気がしたが、先程の沈黙が続くよりはよっぽど良い。かと言って、璃子がこのままプレイヤーになるのもなんだかなぁ…。
「…くじ、やろう」
「は?潤、何言ってるの?」
璃子は驚きと呆れを混ぜた表情でこちらを見る。
「プレイヤー決め。平等に。ウチと璃子で二分の一。運に任せよう」
璃子の目を見据え、一言一言丁寧に言葉を紡ぐ。
「……わかった。あみだくじでいい?」
「うん」
璃子はその辺から紙とペンを取ると線を引いていく。
「…私も」
「え?」
「私も参加する。あみだ、もう一本、線入れて」
紫織の言葉に驚く。顔を上げた紫織の目には強い光が宿っていた。
………結果は、……………………ウチだった。
「決まったようですね」
卯月様の存在をすっかり忘れていた。
「潤…」
璃子と紫織は複雑そうな顔をこちらに向ける。
「後悔はしてないよ。これからするかもだけど、今は微塵も感じてないから」
二人に笑って見せれば、ぎこちないけど、それでも友人達からは笑顔が返ってきた。
辻本潤→イナホ二代目 確定
〜キク四代目〜
「私は嫌だからね」
「は?オレだって嫌だし」
「そもそも私は忙しんだからゲームに入っている暇無いから」
「いや、なんのアピールだよ。ゆうて何もしてないだろ」
「月・木ピアノ、火・金・土に家庭教師、水は書道、日にはバレエそれに付け加え、生徒会に…」
「なんの呪文だよ!」
「私がいかに忙しいかわかった?」
「わかったわかった。けど、忙しいからって何がそんなに偉いんですか?お、じょ、う、さ、ま?」
「暇な人にはわかんないだろうけど、時間がないのよ」
……先程の二組の後だと、どうしても目の前の争いが、醜くく見えてしまう。
「というか、日比野君は一年生の時も立候補したんでしょ?卯月様、先程、そう仰いましたよね?」
嵐山さんが自信満々な顔でこちらを向く。正直、私に振らないでほしい。
「誰も立候補してねーし。勝手に呼ばれたんだよ。何聞いてたんだよ。理解力ゼロかよ」
日比野という学生は、不満を露わにする。前回会った時短かかった髪は伸び、癖っ毛を放置している。目にかかった前髪から覗く視線は以前と変わらず鋭い。
「でも二回も適性を認められたって事よね?つまり日比野君がとてつもなく適してるって事でしょう?」
「はぁ?その理論でいけば、嵐山も適性あるって事じゃん。小牧先生は一人で呼ばれたんだろ?って事は二人で呼ばれたオレ達に適性の差はないだろ?」
「日比野君は、二回も呼ばれてるでしょう?」
「あんたは、そのオレと一緒に呼ばれてるだろ」
「……」
「……」
両者が睨み合い、決着がつきそうにない。二人を呼んで何分経っただろうか。言葉も態度もキツイ二人に誰も口を挟めず、見守るだけである。
「そろそろ決めて貰えませんかね?」
痺れを切らせて、声をかけてみる。
「……日比野君がやってくれるそうでーす」
「おい!」
「私には、私を必要とする人が沢山いるの」
「は?それならオレだってい…」
「あのねぇ。日比野君が色んな人に期待されてるのは知ってるけど、それに応えようとしてないじゃない。私は違う。期待されたらそれに見合うだけ努力する。だから周りからさらに求められる。必要とされる。あなたにそれが出来るの?」
「……………」
「卯月様、プレイヤーは日比野君でお願いします」
「日比野さん、それでいいですか?」
彼は口を閉ざしてしまった。何かを考えているようでもある。けれど、これ以上は待てない。そろそろプレイヤーを確定して交代してもらわないと。
「ではプレイヤーは日比野さん、という事で。嵐山さんは教室に戻っていただいて構いません」
「…日比野君がクリア出来ないとは思ってないから」
嵐山さんはそう言い残して、出て行った。
日比野将→キク四代目 確定




