第二部 第46話「主戦」
第二部 第46話「主戦」
夜明け前の空気は重く、静けさの中に確かな圧が混じっていたが、リックはその場から動かず、地面を伝う振動と空気の歪みを感じ取りながら、近づいてくる存在の質を見極めていた。
前回の群れとは違う。
数ではない。
質が違う。
「……来たな」
その一言とほぼ同時に、森の奥で木々が押し倒される音が連続し、やがてそれは隠しきれないほどの圧となって姿を現した。
巨大な魔獣。
異様なほど膨れ上がった筋肉と、地面を踏み砕く重量、その一歩ごとに伝わる衝撃が、ただそれだけで危険性を示している。
後方には群れ。
だが、中心にいるそれが本体だった。
「配置維持。雑魚は任せた」
リックの声が走る。
それだけで十分だった。
左右に展開するザクトの護衛隊は迷うことなく弓を構え、後方の群れへと矢を放ち始める。
狙いは正確で、無駄がない。
一方で中央は動かない。
リックは一歩も引かず、そのまま手を上げた。
魔力が解放される。
地面がせり上がり、まず土の壁が進路を塞ぐ。
その直後、氷の壁が重なり、さらに炎が立ち上がり、最後に圧縮された風が見えない壁となって重なる。
四重の壁。
異なる性質を持つ障壁が連続して並ぶ。
だが、止めるためではない。
削るためだ。
ボスは止まらない。
土を砕き、氷を割り、炎を突き抜け、風を押し切る。
だが、そのすべてで確実に勢いが削がれていく。
ほんのわずか。
それで十分だった。
「来い」
リックの声と同時に、大型のゴーレムが前に出る。
一体ではない。
二体、三体と並び、正面から突進を受け止める。
衝突。
地面が揺れる。
ゴーレムの足が沈む。
ひびが走る。
だが崩れない。
押し返す必要はない。
受ければいい。
それだけで、ボスの勢いはさらに鈍る。
そして――
「そこだ」
地面が崩れる。
巨大な穴。
足を取られたボスの体がわずかに傾き、そのまま体勢を崩す。
完全に落とす必要はない。
崩れればいい。
リックが前に出る。
距離を詰めるのではなく、逃げ場を塞ぐ位置へ。
魔力が収束する。
無駄なく、一点へ。
「終わりだ」
放たれる。
至近距離。
回避不能。
直撃。
巨体が揺れ、遅れて崩れる。
そして――動かなくなった。
戦闘は、終わった。
周囲では、すでに護衛隊とゴーレムによって群れの処理も終わっている。
静寂が戻る。
短い時間だった。
だが、結果は明確だった。
リックは倒れたボスを一度だけ見てから視線を外す。
やるべきことは終わっている。
その空気の中で、後方から声が漏れる。
「……結局、私たちは何しに来たのかしら」
シルヴィアが肩をすくめながら言うと、リリアが少しだけ口を尖らせた。
「正直、ちょっとつまんなかったかも」
その横で、セレスティアがわずかに息をつく。
「……強すぎるのも考えものね。やることがなくなるわ」
さらに、エレノアが静かに続ける。
「ですが、被害が出ないのが最善です。それが実現できている以上、これは理想的な結果と言えます」
そして――
ルナが一言。
「……楽」
短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
一瞬の沈黙のあと、シルヴィアが苦笑する。
「それはそうね」
リックは振り返らず、ただ一言だけ返した。
「それでいい」
戦わずに済むなら、それが最善だ。
その結論だけが、静かに場に残った。




