第二部 第37話「水辺の群れと判断」
第二部 第37話「水辺の群れと判断」
朝の空気は澄んでいた。冷えた空気がゆっくりと抜けていく中で、拠点にはすでに動き出す気配が満ちている。準備は整っている、装備も魔力も問題ない。あとはどう動くか、それだけだった。
リックは全員を見渡し、間を置かずに口を開く。
「基本はいつも通りだ。最初は普通にやる、数が少なければそのまま押し切る」
そこで一度だけ視線を巡らせ、全員が理解していることを確認するように続ける。
「ただし、数が多い場合は切り替える。ゴーレムを前に出す、その間に距離を取れ。前に出る必要はない、押し返すだけでいい。リザードマンを近づけるな」
単純だが、役割ははっきりしている。
「後ろも見る。横も含めて、別の魔獣が来る可能性はある。囲まれる形だけは避けろ」
そして最後に付け加える。
「ビリビリは俺がやる」
一瞬だけ間を置き、言葉を足す。
「……できれば使わない」
理由は言わないが、その一言に含まれる意味は軽くない。誰も問い返さないのは、それが必要なときには使うという前提を理解しているからだ。
山の奥へと進む。鉱山を抜け、そのさらに奥へと足を運ぶにつれて、空気は徐々に変わっていく。乾いた空気は消え、代わりに湿り気を帯びた重さがまとわりつくようになる。足音も、どこか吸われるように静かになっていく。
やがて水の気配が濃くなる。
水場だった。
広くはないが、流れではなく“溜まっている”水だ。周囲の土は湿り、草も低く広がっている。生き物が集まるには十分な場所だった。
リックは一度だけ足を止め、周囲を見渡す。静かだが、気配は隠れていない。むしろ意図的に潜んでいる気配がある。
同時に、別の思考が頭をよぎる。
水に電気を流した場合、どうなるか。
そのまま逃げるのか、それとも留まるのか。もし水中に電気が残るなら、この場所は使えなくなるかもしれない。生き物が寄り付かなくなる可能性もある。
そこまで考えたところで、ふと自分の思考に違和感を覚える。
「……なんでだ」
理由は分からない。戦うだけなら考える必要はないはずだ。それでも、完全に無視できるほど軽い考えでもなかった。
さらに別の案も浮かぶ。
水場から少し離れた位置に防衛線を引き、ゴーレムで敵を引きずり出す。そうすれば電気の影響を水から切り離せる。理屈としては正しい。
だが、それには時間がかかる。敵の数を考えれば、その間に崩れる可能性もある。
「……現実的じゃないな」
そう判断して切り捨てる。
「行く」
短い一言で全員が動き出す。
最初はいつも通りだった。前に出て、魔法を撃ち、連携を取りながら確実に数を減らしていく。水際からリザードマンが姿を現し、次々とこちらへ向かってくる。
数は多いが、まだ制御できる範囲だ。一体、二体、三体と確実に処理していく。
だが、途切れない。
倒しても、すぐに次が出てくる。流れが止まらない。
リックはその状況を見て判断する。
「……多いな」
余裕はあるが、このままでは消耗が無駄に増えるだけだ。
一歩引く。
「切り替える」
その一言で全員の動きが変わる。前に出ず、押し返すことに集中し、距離を維持する。
リックはゴーレムを展開し、前線へ送り出す。複数体のゴーレムがリザードマンとぶつかり、動きを止める。完全に倒す必要はない、止めればいい。
「下がれ」
全員がさらに距離を取る。前線はゴーレム、人は後方。役割が完全に分かれる。
リックはその後ろで立ち止まり、水場を見据える。
まだ来る。数は減らない。
ここで判断する。
使うか。
使わないか。
水への影響が頭をよぎる。だが同時に、今の状況もはっきりしている。この数を効率よく処理するなら、これが最適だ。
「……仕方ないか」
小さく呟き、決断する。
「いくぞ」
その瞬間、空気が変わる。
放たれた電撃は水面に触れた瞬間、一気に広がる。水を伝い、面として拡散し、前線全体を包み込む。
リザードマンの動きが止まり、そのまま崩れていく。ゴーレムは耐え、敵だけが落ちる。
もう一度放つ。さらに範囲が広がり、残っていた個体も巻き込む。
やがて動きが完全に止まる。
静寂が戻る。
戦闘は終わっていた。
リックはその場に立ったまま、水面を見る。見た目に変化はない。濁りもない。だが内部までは分からない。
しばらく考えるが、結論は出ない。
「……まあいい」
今は問題ない、それで十分だと判断する。
視線を上げる。
やるべきことは残っている。
「回収に入る」
短く指示を出し、次の作業へ移る。




