第二部 第36話「単独行動と流通の確認」
第二部 第36話「単独行動と流通の確認」
ギルドから戻った頃には、すでに日は傾き始めていた。昼はとうに過ぎ、普通なら一息つく時間帯だが、リックは止まらなかった。
「今のうちに回る」
短くそう告げると、全員の視線が集まる。説明は最低限でいい。やることは決まっている。
「俺は一人で出る。お前らは自由にしてていい。ただし戦闘は禁止だ。危ないこともやるな。行動範囲は拠点と畑まで、森の奥には入るな」
それだけ言えば十分だった。今は戦う段階ではない。無駄にリスクを取る必要もない。
リックは続けてゴーレムを数体展開し、拠点と畑、その導線に配置する。警戒と簡易防衛、それに作業補助の役割を持たせる。
「何かあれば任せろ」
それだけ残し、リックは背を向けた。拠点はもう回る。そう判断しているからこその行動だった。
町に出る頃には、人の流れも落ち着き始めていた。昼の喧騒が抜け、店も閉めに入る直前の時間帯だ。
リックはそのまま足を止めずに進む。向かう先は二つ。
まずは裏の商人、ザクト のもとへ。
店に入ると、ザクトが視線だけでこちらを見る。余計な言葉はない。
リックは収納から物を取り出し、無言で差し出した。武器、薬、そして黒鉱石を混ぜて作らせた鍋。
ザクトの視線が一瞬だけ止まる。
「……これは売り物か?」
「違う。使え」
短い。
ザクトは鍋を持ち上げ、質と重さを確かめる。その価値はすぐに理解した。
「……いいものだな」
それ以上は言わないが、それで十分だった。関係は一段上がる。
リックはそのまま本題に入る。
「最近の動きは」
ザクトは肩をすくめる。
「表は平和だ。裏は多少動いてるが、大きなもんじゃねえ」
いつも通りだ。
「リザードマンは」
ザクトの表情がわずかに変わる。
「あそこか。数が多い、群れで動く。正面からでもいけるが面倒だな。水場から離れねえ、引きずり出すかまとめて叩くかだ」
必要な情報は揃った。
「また来る」
それだけ告げて、店を出る。
次に向かうのは、表の商人、マグロン の店だった。まだ明かりは残っているが、営業の終わりに近い時間だ。
扉の前で一度だけ声をかける。
「まだやってるか」
すぐに返事が返る。
「ええ、大丈夫ですよ」
リックは中に入る。
「いらっしゃいませ」
マグロンはいつも通り丁寧に応じる。
リックはすぐに本題に入る。まずは食材と流通の確認。供給は安定している。問題はない。
続けて踏み込む。
「稲はどうだ」
マグロンは少し考えながら答える。
水の確保、地形、人手、維持。どれも簡単ではない。
「可能ではありますが、安定させるには相応の手間がかかります」
現実的な答えだった。
リックはさらに続ける。
「味噌のようなものはあるか」
マグロンは首を傾げる。
「ミソ……ですか?」
聞き慣れない言葉だった。
「どういったものです?」
逆に問われる。
リックは少し考え、言葉を選ぶ。
「豆を使った発酵食品だ。塩を混ぜて寝かせる。固形で、調味料として使う」
簡潔に説明する。
マグロンはそれを整理するように頷く。
「……発酵で保存性を高めたもの、という理解でよろしいですか」
「そうだ」
マグロンは少し考え込む。
「似た考え方のものはありますが、その形のものは見たことがありません。液体や塩漬けはありますが、固形で長期保存し調味料として使うものは……流通していませんね」
文化の差がはっきりしていた。
リックはそれをそのまま受け取る。
未知ではない。だが、確立されていない。それで十分だった。
話を戻す。
「リザードマンの皮は」
マグロンは即答する。
「価値は高いです」
だが続ける。
「……ただ、私では扱えません。専門が違います。防具素材は職人に直接回した方が良いでしょう」
迷いはない。
無理に抱えない。
誤魔化さない。
その判断は早かった。
リックは一度だけマグロンを見る。
理解する。この男は自分の範囲を外さず、それを隠さない。
「……そうか」
それだけ返す。
それで十分だった。
信頼は成立している。
話が終わり、リックは店内へ視線を向ける。
「それと、それをくれ」
指したのは、ジャガイモに似たもの、人参に似たもの、玉ねぎに似たもの。
「こちらですね」
マグロンは手際よく用意する。余計なことは言わない。必要な分だけ整える。
「これでよろしいでしょうか」
「いい」
代金を払い、包みを収納に収める。
「また来る」
「お待ちしております」
それだけで終わる。
拠点に戻る頃には、日もかなり落ちていた。
中は変わらない。問題もない。ゴーレムは正常に動き、各自も無理をしていない。
リックは一度だけ全体を見渡す。
外も内も問題ない。
すべて整っている。
「……明日だな」
小さく呟く。
山の奥の水場。
リザードマン。
すべては揃っていた。




