第二部 第32話「武具と空白、そして失敗」
第二部 第32話「武具と空白、そして失敗」
拠点を出たリックは、まずバルドの工房へ向かった。
扉を開けた瞬間、熱気と鉄の匂いが押し寄せる。
打撃音は止んでいるが、炉の余熱が空気に残っていた。
バルドは作業の手を止め、こちらを見る。
「来たか」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
リックは並べられた武器へ視線を向ける。
刃の形。
厚み。
重心。
以前とは明らかに違う。
無駄が削られ、精度が上がっている。
「仕上がりはどうだ」
バルドは一本を手に取り、軽く振る。
「問題ねえ。あの鉱石は癖があるが、扱えりゃ強い」
振られたときの音が違う。
軽さではない。
密度のある音だった。
「完成しているな」
「ああ、使える」
だがリックは首を振る。
「受け取りは後だ。一度全員に確認させる」
バルドは鼻を鳴らす。
「……分かってるじゃねえか」
否定はない。
むしろ納得だった。
「防具は」
「最低限は揃う。だが上を狙うなら素材が足りねえ」
「分かった」
それで十分だった。
リックはそのまま工房を後にする。
⸻
次に向かったのはギルドだった。
扉を開けると、いつも通りの喧騒が広がっている。
依頼のやり取り、報酬の交渉、雑談。
日常の音。
だが、その中に混ざる情報は別だ。
リックはそのまま奥へ進む。
ドルガンの前に立つ。
「レインは一度来た」
ドルガンはわずかに眉を動かす。
「やっぱり動いてやがるか」
低い声だった。
「あれは単独だ。どこにでも現れるが、組んでる話は聞かねえ」
把握はされている。
だが制御はできない。
「カインは」
一瞬、空気が変わる。
「……あれ以来、出てねえ」
曖昧ではない。
明確な空白。
「セシルは」
ドルガンは眉を寄せる。
「知らん」
周囲にも確認する。
だが返ってくるのは同じ反応だった。
記録もない。
目撃もない。
完全な空白。
「妙だな」
その一言で十分だった。
リックは思考を整理する。
レインは単独。
カインは不明。
セシルは存在しているはずなのに痕跡がない。
関係があるのか。
別なのか。
組織なのか。
何も分からない。
ただ一つ確かなのは、
見えていないということだった。
リックはギルドを出る。
⸻
拠点へ戻ると、ちょうど作業が一段落していた。
リリアがこちらに気づく。
「できたよ」
短い報告。
用意されていたのは、鍋と、平たい器具。
フライパン。
形は問題ない。
底の厚みもある。
持ち上げる。
重さ。
バランス。
悪くない。
黒い鉱石が混ざっているのが分かる。
「悪くない」
リックは短く評価する。
リリアは軽く息を吐く。
「何回か失敗したけどね」
想定通りだった。
「使ってみる」
リックはそのまま準備に入る。
鍋に水を張る。
火にかける。
今回は汁物。
味の基礎の確認。
だが、問題は分かっている。
味噌がない。
代わりに使うのは、発酵調味料。
醤油に近いもの。
だしも完全ではない。
乾燥魚。
草。
組み合わせる。
加熱する。
混ぜる。
形だけは整う。
リックはそれを口に運ぶ。
一口。
沈黙。
「……違うな」
結論は早かった。
まずくはない。
だが、成立していない。
味に芯がない。
方向が定まっていない。
そして、もう一つ。
決定的な問題。
具がない。
ただの液体。
それがすべてを崩していた。
リックは視線を上げる。
シルヴィアは黙っている。
判断できない。
だが、表情ははっきりしていた。
微妙。
他のメンバーも同じだった。
一口飲み、止まる。
言葉は出ない。
だが、空気だけが一致している。
失敗だった。
リックは椀を置く。
「保留にする」
短く言う。
この方向はまだ早い。
材料が足りない。
積み重ねも足りない。
ならば別の方向から攻める。
より強い味。
組み合わせで押し切る料理。
リックは静かに思考を切り替える。
準備は進んでいる。
だが、まだ足りない。
次に必要なものは、はっきりしていた。




