第二部 第31話「静寂と取引」
第二部 第31話「静寂と取引」
レインが夜に現れてから数日が過ぎても、拠点の運用は安定したまま崩れることはなかった。
朝の作業を終えたあと、リックは外へ出る前に一つずつ確認を入れる。
まずシルヴィアへ視線を向ける。
「香辛料は作れるか」
唐突な問いだったが、シルヴィアはすぐに思考に入る。
手元の薬草を見ながら、組み合わせを組み立てていく。
「種類によりますが、近い性質のものなら再現できます、単体では難しくても組み合わせであれば対応可能です」
想定通りだった。
「任せる」
それで十分だった。
次にリリアを呼ぶ。
地面に図を描く。
深い容器。
厚みのある底。
火にかける構造。
長時間煮込むための形。
リリアはそれを見て頷く。
「できると思う、でも一回じゃ無理かも」
「問題ない、何度か試せ」
さらに条件を加える。
「黒い鉱石を混ぜてもいい、熱の回りはそっちの方がいい」
リリアの目がわずかに変わる。
理解している。
「何パターンか作る」
それでいい。
リックは図の横にもう一つ形を描き足す。
浅い。
平たい。
底が広く、縁は低い。
片側に持ち手を付ける。
「これも作れ」
リリアは少し首を傾げる。
「鍋じゃない?」
「焼くためのものだ、火を直接当てる、底で熱を広げる」
リリアは図を見ながら考える。
「鉄だけでもいけそうだけど、これも黒い鉱石混ぜる?」
「試していい、均一に熱が回るならそっちの方がいい」
「分かった、これも何個か作る」
「普段使いの鍋も二つか三つ作っておけ」
「了解」
やることは増えた。
だが迷いはない。
必要なものは見えている。
リックはそれ以上言わない。
準備は整った。
そのまま外へ出る。
向かった先は、商人である ザクト の店だった。
扉を開けると、すでに段取りは整っている。
ザクトは椅子に座ったまま、視線だけを向ける。
その奥に、一人の男。
見慣れない顔だった。
こちらに気づくと、すぐに姿勢を正す。
ザクトが顎で示す。
「こいつだ、話してたやつ」
男は一歩前に出る。
「……初めまして、食材を扱ってます、マグロンです」
声は落ち着いている。
だが、わずかに慎重さが混じる。
出過ぎない。
だが引きすぎない。
距離を測る動きだった。
リックは短く頷く。
それでやり取りは成立する。
マグロンはすぐに品を並べる。
「ご希望のもの、揃えました」
発酵させた液体。
粒状の穀物。
根菜。
無駄がない。
「保存が利きます、火を通せば甘みも出ます」
説明は簡潔だった。
だが的確だった。
さらに続ける。
「栽培方法と生産地もまとめてあります、再現は可能です」
情報まで揃っている。
リックは一つずつ確認する。
問題はない。
「問題ない」
それだけで評価は伝わる。
マグロンはわずかに表情を緩める。
ザクトが横で笑う。
「無駄なもんは持ってこねえ」
軽い口調。
だが、それが事実だった。
マグロンは表の商人。
食材と流通に強い。
一方でザクトは裏。
武器、薬、鉱石、情報。
そして、そのザクトがマグロンをここに呼んでいる。
適当に繋いだわけではない。
こちらの要求を理解した上で、最適な相手を当て込んでいる。
さらにマグロン自身も、ただ従っているだけではない。
品の質。
揃え方。
情報の出し方。
どれも判断が早い。
経験に裏打ちされている。
ザクトが一目置く理由も分かる。
裏と表。
役割は違う。
だが、どちらも使える。
それだけで十分だった。
「支払いはする」
リックは対価を出す。
「今回だけだ、次は条件を下げる」
ザクトは笑う。
「分かってる」
マグロンは口を挟まない。
ただ聞いている。
立場を理解している。
ザクトが立ち上がる。
「店まで案内させる」
外へ出る。
すでに馬車が用意されていた。
「用意が早いな」
「こういうのは先に動かす」
リックは聞く。
「馬車は簡単に手に入るのか」
「金があればな」
「必要か?」
「今すぐ必要かは分からない」
ザクトは笑う。
「だろうな、必要になったら言え」
馬車は進む。
やがて止まる。
「ここです」
マグロンが言う。
リックは場所を確認する。
それでいい。
今回は顔つなぎ。
「場所は分かった」
マグロンは頷く。
「次回は準備しておきます」
「また来る」
それで成立する。
マグロンは頭を下げる。
「お待ちしています」
リックはザクトを見る。
「また来る」
ザクトは軽く笑う。
「好きにしろ」
それで終わりだった。
リックは拠点へ戻る。
準備は進んでいる。
だが、まだ足りない。
一つずつ揃えていく。
それだけだった。




