第二部 第30話「畑と来訪者」
第二部 第30話「畑と来訪者」
拠点へ戻ったリックは、状況を一瞥するとすぐに次の行動へ移った。
必要な情報は揃っている。
あとは形にするだけだった。
「畑を拡張する、あの穀物は不確定だが、転用できる形で整える」
短く告げると同時に動き出す。
目的は明確だった。
米が手に入るかは分からない。
だが、手に入った時に使えない状態でいるのは無駄だ。
ならば、先に環境を整えておく。
リックは土に手をかざす。
地面が静かに動き出す。
均され、押し固められ、区画が広がっていく。
畑は拠点から少し離れた位置にある。
広げれば広げるほど、防衛は分散する。
それでも止める理由にはならない。
エレノアが事前に見て回っていた水路の情報をもとに、リックは地形を調整する。水の流れを引き込みやすいようにわずかな傾斜を作り、一部には水を溜められる区画を残す。
湿地としても使える。
汎用性を優先した設計だった。
「リリア、鍬を使え、自分で作ったものの確認も兼ねる」
「分かった!」
リリアは迷いなく鍬を振るう。
土への入り、重さ、反発。
一振りごとに感触を確かめていく。
その動きに合わせて、ゴーレムたちも同じ動作を繰り返す。
無数の鍬が同時に振り下ろされ、土地が一気に整っていく。
「手が空いたら全員耕作に回れ、短時間で終わらせる」
その一言で動きが変わる。
エレノアも戻り、区画の微調整をしながら手を動かす。
ルナは水を調整しつつ、必要な場所に供給する。
シルヴィアは薬草区画を広げ、その補助にセレスティアが入る。
そしてリック自身も鍬を取る。
無駄のない動きで土を整える。
指示だけではない。
実際に手を動かし、全体の流れを把握する。
畑は急速に形を変えていく。
同時に、既存の区画も見直される。
現在は野菜のみ。
偏りがある。
「薬草の区画を広げる、消耗が早い」
指示は短いが的確だった。
シルヴィアが頷き、作業を進める。
さらにリックは考える。
根菜。
保存に向くもの。
調味に使える素材。
まだ足りない。
だが今は形だけでいい。
後からいくらでも埋められる。
問題は別にあった。
距離だ。
畑は拠点から離れている。
地下道は通してある。
安全な移動は確保されている。
だが、それだけでは足りない。
運搬効率が悪い。
人数も制限される。
「地上の道を整備する」
リックはすぐに動く。
土を削り、均し、障害物を取り除く。
幅を確保し、まっすぐ通る道を作る。
簡易的だが、十分に使える。
地下は安全。
地上は効率。
使い分ければいい。
次に防衛。
「ゴーレムを増やす、巡回させる」
拠点と畑の中間にも配置する。
空白を作らない。
さらに地面を操作する。
「侵入された前提で作る」
落とし穴。
足止め用の罠。
視認しにくい位置に配置する。
完全に防ぐ必要はない。
遅らせればいい。
その間に対処できる。
仕上げに土塁を築き、簡易の柵を立てる。
防壁としては不十分だが、時間は稼げる。
作業は止まらない。
畑は広がり、道ができ、罠が仕込まれ、ゴーレムが配置されていく。
拠点は確実に形を変えていた。
やがて、リックは手を止める。
必要な最低限は整った。
生産は回る。
防衛も成立している。
運用も問題ない。
視線を上げる。
静かだった。
そして同時に、違和感。
気配。
敵ではない。
振り返る。
いつの間にか、そこにいた。
レインが立っている。
「やあ、精が出てるねえ」
軽い口調。
場違いなほど自然な声。
全員の動きが止まる。
ゴーレムの動作も止まる。
リリアが鍬を止める。
ルナが水の流れを止める。
シルヴィアも手を止める。
だが、リックだけは変わらない。
視線を向けるだけ。
レインは畑を見回す。
整えられた区画。
水路。
道。
罠。
配置されたゴーレム。
すべてを一瞬で把握する。
「へえ、ちゃんとやってるんだ、しかもここまで一気に整えるとはね」
楽しそうに笑う。
そのまま一歩、畑の中へ入る。
罠の位置も気にしていない。
いや、理解している。
それでも踏み込んでいる。
「いいねえ、こういうの」
その言葉は軽い。
だが視線は鋭い。
評価している。
「じゃあさ」
レインはリックを見る。
「この前の魚、もう用意できてる?」
変わらない。
何もかも。
リックは答えない。
ただ、見ている。
レインは少しだけ笑う。
「まあいいや、また来るよ」
そのまま背を向ける。
次の瞬間、姿が消える。
静寂が戻る。
誰もすぐには動かない。
だがリックはすでに動いている。
「作業を続ける」
それだけだった。
止める理由はない。
全員が再び動き出す。
畑はさらに広がっていく。




