第二部 第29話「町と取引」
第二部 第29話「町と取引」
拠点での作業を一段落させたリックは、次に取るべき行動を整理した。畑の拡張はすぐにでも始められるが、その前に外の物資と流通を把握しておく方が効率がいい。特に食料と調味料については、この世界の基準を知る必要があった。
視線を上げる。
それぞれが作業を続けている。
リリアは鍛冶に入り、シルヴィアは製薬、ルナは環境の維持。
エレノアが設計した燻製製作所では、セレスティアが獣の肉を燻製にしていた。煙は一定の流れで排出され、火の加減も安定している。保存食の生産は問題なく回っている。
そのエレノア本人は拠点の外縁を歩き、水路の確保のため周囲を見て回っていた。地形の高低差、水の流れ、引き込み可能な位置を確認し、無駄のない経路を探している。畑の拡張を前提とした下準備だった。
エレノアは最初にリックの配下となった存在であり、付き合いも最も長い。拠点の構築から運用までを理解している数少ない一人だった。
拠点は機能している。
止める理由はない。
リックはエレノアに視線を向ける。
「街へ行ってくる、戻るまでの判断は任せる」
エレノアは即座に頷く。
「承知しました、ご主人様」
それだけで十分だった。
返答を確認すると同時に、空間が歪む。
次の瞬間、リックの姿は消えていた。
石畳の感触。
視界に広がるのは、普段と変わらない町の様子だった。
町は平常を保っている。人の往来もあり、店も開いている。異形の影響で混乱している様子は見られない。
リックはそのまま市場を歩く。
目的は明確だった。
調味料。
肉や魚の味を引き上げるもの。
並んでいるのは塩、乾燥香草、油脂類。液体のものもあるが、いずれも単調で、味に深みを与えるものではない。
「ないな」
小さく呟く。
完全に一致するものは存在しない。だが近いものはある。
この世界には“あと一歩”が足りていない。
確認を終えると、リックは目的の場所へ向かう。
ザクトの店。
扉を開けると、ザクトが顔を上げる。
「来たか」
その視線がすぐにリックの手元へ向く。
リックは言葉を交わす前に、収納から武器と薬を取り出し、無造作に並べた。
一瞬、空気が止まる。
ザクトの目が変わる。
「……またとんでもねえもん持ってきたな」
手に取り、重さを確かめ、刃を見て、薬の状態を確認する。
「質が違う、前よりさらに上がってる」
リックは淡々と答える。
「安定して供給する、量も増やせる」
ザクトは小さく笑う。
「いいね、そういう話は嫌いじゃねえ」
それだけで話は通じる。
取引は成立した。
リックは本題に入る。
「調味料について聞きたい、塩味だけでなく、肉や魚の味を強く引き出す液体のものだ、保存が効いて、少量で味が変わるものが欲しい」
ザクトは少し考える。
「……発酵させた液体か」
「近い」
「魚や肉を漬けて作る濃い液体ならある、匂いは強いがな」
完全ではない。
だが方向は合っている。
「それでいい、似た性質のものがあればいい」
ザクトは頷く。
「仕入れはできる、値は張る」
「問題ない、優先して確保してくれ」
続けてリックは言う。
「もう一つ、小さな粒の穀物を探している、水を吸わせると柔らかくなり、そのまま主食として食べるものだ」
ザクトは首を傾げる。
「粉にしないのか」
「しない、粒のまま食べる」
しばらく考え、ザクトが頷く。
「ああ、水辺で作るやつか」
理解した。
名前が違うだけで存在している。
「それはどこで作られている」
「湿地か、水を引ける土地だ、この辺じゃ少ない、別の地域から入る」
「距離は」
「行けなくはないが、簡単でもねえ」
十分だった。
「入手できるなら確保してくれ、値は問わない、継続して流せるなら優先する」
ザクトの目が細くなる。
「随分とこだわるな」
リックは答えない。
ただ続ける。
「作り方も知りたい、現地での方法が必要になる」
ザクトは肩をすくめる。
「場所は教える、行くかはお前次第だ」
「それでいい」
さらにリックは続ける。
「根菜も欲しい、土の中で育つものだ、甘みのある細長いもの、煮ると崩れるでんぷん質の多いもの、層になった球状のもの」
ザクトは苦笑する。
「言い方が独特だな」
「性質で説明している」
「まあ分かる、似たのはある、ただ主流じゃねえ」
「問題ない、確保できるものはまとめて仕入れてくれ」
ザクトは腕を組む。
「できなくはねえが、俺は武器と薬が本業だ、食料は専門じゃねえ」
そこでリックを見る。
「食いもん専門のやつを紹介してやる」
「条件は」
ザクトは笑う。
「タダじゃねえ」
「武器と薬草、もう少し回せ、それと――鉱石も少しだ」
リックは短く考える。
問題ない。
「量と質はこちらで選ぶ」
「それでいい」
交渉は成立した。
ザクトはさらに言う。
「人夫もいるか、畑広げるなら数があった方がいい」
リックは一瞬だけ考える。
現状は足りている。
「必要になれば頼む」
ザクトは笑う。
「慎重だな」
最後に確認する。
「異形の出現はどうなっている」
ザクトの表情がわずかに変わる。
「減ってはいる、だが完全に消えたわけじゃねえ」
予想通りだった。
「そうか」
ザクトがふと思い出したように言う。
「妙なやつの噂もある、どこにでも現れるらしい」
リックは反応しない。
ただ情報として受け取る。
用件は終わった。
「また来る」
そう言って転移する。
拠点に戻る。
変わらず動いている。
問題ない。
リックは思考を整理する。
調味料は代替がある。
穀物もある。
作ることもできる。
そして一つ確信している。
あれはまた来る。
魚を要求した。
つまり食に興味がある。
ならそこを突く。
戦闘では勝てない。
だから別で勝つ。
食で上を取る。
そのための条件は揃った。
リックは視線を上げる。
「畑を拡張する、あの穀物を前提に設計を変える」
すぐに動き出す。
次は作る側に回る。




