第二部 第26話「レイン」
第二部 第26話「レイン」
ギルドの応接室に通された後も、場の空気は重く沈んだままで、ネブラの奥で遭遇した存在の異質さだけが言葉にならないまま全員の意識に残り続けており、誰も軽々しく口を開こうとはしなかったが、それでも理解が追いついていないという事実だけははっきりと共有されていた。
やがて扉が開き、ドルガンが入ってくると、室内の空気を一瞬で読み取り、わずかに眉をひそめたまま椅子に腰を下ろして腕を組み、「……ただ事じゃねぇな、聞こうか」と低く言った。
リックは正面を見たまま応じる。
「ネブラ中央部手前で接触した、人型だ。異形は干渉せず、こちらにも攻撃はない。ただしゴーレムの制御は止められた」
簡潔ではあるが要点は外さない報告に、ドルガンの表情がわずかに変わる。
「強制停止か、破壊じゃねぇな」
「そうだ。破壊ではない」
ドルガンはさらに踏み込む。
「会話は成立したか」
「ああ、こちらを知っていた。ギルドマスターから聞いていると言い、中央部は押さえたとも告げて、そのまま先に帰ると残して消えた」
流れを止めずに情報が積み上がる。ドルガンは腕を組んだまましばらく思考を巡らせ、やがて低く息を吐くと視線を上げた。
「……それなら間違いねぇ、そいつは“レイン”だ」
室内の空気がわずかに引き締まる。リックは確認するように問い返す。
「名前か」
「ああ、ただし本人は名乗らねぇ。通称だ、周りが勝手にそう呼んでいるだけだ」
「由来は」
「最初に確認された時、上から降ってきたみてぇに現れたらしい、雨みてぇにな、だからレインだ」
短い説明だが十分だった。リックは小さく頷き、次を問う。
「能力は」
ドルガンは肩をすくめる。
「分類できねぇ、だが一つだけ確実に言える」
視線が鋭くなる。
「あいつはX級だ」
リックはその言葉を受け止めたまま整理する。
「基準外、特S以上の扱いでいいか」
「そういう認識で問題ねぇ、比較にならねぇレベルだ」
室内は依然として静かで、背後に控える者たちは誰一人として口を挟まず、ただやり取りを見守っているだけだった。ドルガンは話を続ける。
「あいつはギルド員ではあるが、支配下にはいない」
「制御はできない」
「できねぇ、話は通じるが従わねぇ、敵でもないが味方でもない」
リックはそのまま問いを重ねる。
「行動基準は何だ」
ドルガンは迷いなく答える。
「遊びだ、楽しめるかどうか、それだけで動く」
リックはわずかに視線を落とし、思考を巡らせた上で言う。
「合理性はない、だから読めない」
「その通りだ、だから厄介なんだ」
空気は静かなままだが、先ほどよりも重く、確実に現実の重みを帯びていた。ドルガンは話題を切り替えるように続ける。
「ここからが本題だ、お前に話しかけただろ」
「ああ」
「意図は」
「情報を引き出そうとしていた、こちらのことを確かめていた」
ドルガンはゆっくりと頷く。
「あいつは“分からねぇもの”に興味を持つ、それ以外は見向きもしねぇ」
結論は明確だった。
「つまり、お前は“分からねぇ側”だ」
リックは即答する。
「問題ない」
だがドルガンは首を横に振る。
「問題はある、いいか、あいつは敵じゃねぇが味方でもねぇ、そして興味を持たれた時点で、もう無関係ではいられねぇ」
その言葉は静かだが重い。
リックは短く問い返す。
「対処は」
ドルガンはすぐに答えを出さず、思考を巡らせた上で口を開く。
「関わるな、だが無視もするな、それが現実的なラインだ」
矛盾しているようでいて、それ以外の選択肢が存在しないこともまた明らかだった。
リックはわずかに頷く。
「観察する」
ドルガンはそれを確認すると、小さく息を吐く。
「……それが一番無難だ」
再び静けさが戻るが、それは最初のものとは違い、状況を理解した上での沈黙だった。
ネブラの奥で遭遇した存在、レインという名だけが、確かな形で全員の中に残っていた。
続く。




