第2部 第4話 侵入と、ズレる存在
第2部 第4話 侵入と、ズレる存在
拠点は動いていた。だが、完全ではなかった。ゴーレムは巡回を続け、外部施設も機能し、畑も維持されている。生活は成立している。だが、その内側で、わずかなズレが積み重なっていた。
「……また止まってるね」
リリアが言う。巡回中のゴーレムが、同じ地点で動きを止めていた。数秒。短くはない。
「記録は?」とリック。
「同一箇所で四回目です。誤差ではありません」とエレノア。
ルナが耳を澄ます。「……音が、少し遅れる」
シルヴィアは眉を寄せる。「魔力の流れも、一定ではありません」
セレスティアが火を見る。「温度も少し揺れています」
一箇所ではない。拠点全体に、薄く広がっている。
地下貯蔵庫に降りる。空気が違う。保冷区画の白い息が、いつもより薄い。
「……溶けてる」
ルナが言う。氷の表面がわずかに緩み、水滴が落ちる。
「維持できないのか」
「……できる。でも、安定しない」
シルヴィアが床に手を当てる。「外部から干渉を受けています。魔力の波形が崩れています」
「原因は」
「不明です」
素材区画へ移る。リックは鉱石を一つ手に取り、鑑定をかける。反応が薄い。輪郭の情報が掴めない。
「……読めない」
「同じ素材だよね?」とリリア。
「状態が変わってる。外からの影響だ」
鑑定は万能ではない。見えるものと、見えないものがある。今は後者が増えている。
「……地下を見る」
リックの一言で、全員の動きが切り替わる。
地下道入口。鉄の門が閉じられている。手をかけると、乾いた音がした。パチ、と小さな火花が散る。静電気。
その瞬間、空気がわずかに揺れた気がした。
ルナが小さく息を止める。「……今」
リックは目を細める。「覚えておけ」
門を開ける。エレノアが指し示す。「反応があったのは、この先です」
「トラップは?」
「一部作動。ただし対象は未確認」
ルナが目を閉じる。「……通った」
「見えたか」
「見えない。でも、通ってる」
それで十分だった。
「行くよ」
リック、リリア、ルナの三人が地下へ入る。門を一枚ずつ開ける。一枚目、異常なし。二枚目、空気が重い。三枚目、音が消える。
「……静かすぎるね」
「音が、遅れて返る」
ルナが止まる。「……来る」
空間が歪む。見えているはずの壁が、わずかにズレる。そこに“何か”がいる。輪郭が定まらない。位置が合わない。存在が揺れている。
「……なに、それ」
リリアが低く言う。リックは鑑定をかける。
――反応なし。
「……読めない」
それが答えだった。
「下がらないで」
リリアが前に出る。片手でハンマーを構え、重心を落とす。一歩踏み込む。振り下ろす。
当たる――はずだった。わずかにズレる。
「っ……軽い、当たってるのに……!」
衝撃は伝わるが、芯を捉えきれない。重打が抜ける。存在の位置が、瞬間ごとにズレている。
「固定する」
ルナが手をかざす。空気が凍る。氷が広がり、対象の周囲を包む。温度が落ちる。わずかに、動きが鈍る。
「今だよ!」
リリアが踏み込む。全体重を乗せ、ハンマーを叩き込む。鈍い音。今度は入る。だが、手応えが薄い。砕けた感触が曖昧だ。
存在が揺れる。崩れる。輪郭がほどけていく。消えた。
沈黙。
「……倒せた、のかな?」
「違う」
リックは首を振る。足元に、黒く歪んだ欠片が残る。触れようとした瞬間、わずかに形が揺れる。
ルナが言う。「……まだいる」
奥を見る。暗い。だが、重なっている。複数の“ズレ”が、重なっている。
リックは一度だけ考え、即断する。「戻る」
「追わないの?」
「情報が足りない」
それ以上は危険だ。理解できないものに踏み込みすぎるべきではない。
戻る途中、鉄門の前に差し掛かる。再び、パチ、と火花が散る。小さな静電気。
その瞬間、背後の空気が揺れた。さきほどの“何か”が、わずかに距離を取るようにズレる。
リリアが振り返る。「……今、避けた?」
リックは短く答える。「いや――」
一拍置く。
「嫌がった」
断定はしない。だが、反応はあった。
拠点に戻る。シルヴィアが欠片を受け取る。「これは……」
エレノアも覗き込む。「構造が安定していません」
「分かるか」
「通常の魔力ではありません。波形が崩れています」
結論は一つ。
「……通常の敵じゃない」
誰も否定しない。
「対策を組む」
門の追加、トラップの強化、ゴーレムの再配置。ルナは保冷区画の再調整に戻り、シルヴィアは解析を続ける。エレノアは地下構造の見直しに入る。リリアはハンマーを担ぎ、入口付近に立つ。
リックは最後に、鉄門へ視線を向ける。さきほどの小さな火花。あの一瞬の反応。
(……確証はない)
だが、無視はできない。
夜が落ちる。拠点は静かに機能を続ける。だが地下の奥、未完成の通路のさらに先で――
何かが動く。
一つではない。複数。
音もなく、揺れながら。
確実に、拠点の内側へと近づいていた。




