第2部 第3話 外の気配と、揺らぎ
第2部 第3話 外の気配と、揺らぎ
拠点は回り始めていた。洞窟の内部は静かなまま、外では火が入り、水が流れ、畑には土の匂いが戻っている。地下ではゴーレムが一定の間隔で巡回し、通路を行き来する。止まらない。乱れない。計算通りに動いている。
「……安定してるな」
リックが言う。エレノアが頷く。「現状、想定内です」ルナは地下道の入口で耳を澄ます。「……音、問題なし」シルヴィアは貯蔵庫で手を止める。「魔力も落ち着いています」リリアは素材を持ち上げて笑う。「やっと普通っぽくなってきたな」セレスティアは外で火を見ている。「食事も安定してきました」
すべてが機能していた。
地下貯蔵庫はさらに整えられていた。区画ごとに分けられた空間。食料、薬、素材、装備。それぞれが干渉しないように管理されている。奥には保冷区画があり、ルナの氷で温度が保たれていた。白い息がわずかに残る。
「……ここ、維持する」
ルナが言う。シルヴィアが確認する。「安定しています。問題ありません」
素材区画に移る。鉱石や魔物素材が並べられている。リックはその前に立つ。
「……これからは、俺が見る」
リリアが肩をすくめる。「任せる」
リックは一つ手に取る。硬さと重さだけでは分からない。意識を向けると、内部の密度と流れ、わずかな歪みが浮かぶ。
「……なるほどな」
手を離す。「これは使える。だが加工は制限する」
リリアが笑う。「細かいな」
「崩れる」
短い言葉で十分だった。
別の素材を取る。わずかな違和感。
「……これは使うな」
空気が止まる。シルヴィアが近づく。「理由は」
「不安定だ。反応する」
それ以上はいらない。「……分かりました」
鑑定は万能ではない。だが、見える範囲がある。見えない部分もある。リックは一度だけ目を閉じる。(……完全じゃない)だが判断はできる。
外に出る。空気は変わらない。だが、どこか違う。
「……行くか」
リックが言う。「外か?」とリリア。「ああ。一度見ておく」
荷をまとめる。薬、食料、素材。売れるものだけを選ぶ。「久しぶりだな」とリリア。「……空気、違う」とルナ。
地下道を抜け、外へ出る。さらに歩く。拠点から離れるほど、感覚が変わる。人の気配が戻ってくる。
「遅かったな、旦那」
ザクトはいつもの場所にいた。壁にもたれ、気だるげに笑う。だが視線だけは鋭い。
「久しぶりだな」
「そうでもねぇ。お前ら、見てりゃ分かる」
リックは荷を下ろす。「持ってきた」
ザクトが中身を確認する。ひとつひとつ手に取り、軽く重さを測るように扱う。
「……質は落ちてねぇな」
「落とす理由がない」
「違ぇな。余裕があるからだ」
ザクトが小さく笑う。リックは何も返さない。
「だが――」ザクトの手が止まる。「前より、選び方が変わってる」
「何がだ」
「危ねぇもんを避けてる」
リックは一度だけ目を細める。「分かるのか」
「分かるさ。触りゃな」
ザクトは素材をひとつ弾く。「こいつ、使ってねぇだろ」
リックは答えない。
「正解だ。これはダメだ。いい判断してる」
「……何かあったか」
リックが聞く。ザクトは肩をすくめる。
「逆に聞く。気づいてねぇのか」
「……何がだ」
ザクトは空を一度だけ見上げる。
「流れが変わってる」
「どの程度だ」
「場所による。だがな――少し厄介だ」
「どう厄介だ」
「測れねぇ」
空気が張り詰める。リックは動かない。
「前はな、だいたい読めた。強ぇ、弱ぇ、危ねぇ、安全。線引きがあった」
ザクトは指で線を引く仕草をする。
「今はそれがねぇ。“外れてる”」
「結社の残りか」
「それもあるだろうが、それだけじゃねぇ。妙に静かな場所がある。逆に、何もねぇはずのとこで反応が出る」
「……こっちと同じだな」
「だろうな。お前のとこだけじゃねぇ。外もだ」
共通している。それが一番厄介だった。
取引は終わる。ザクトが袋を放る。「これはサービスだ」
「いらない」
「受け取れ。情報料だ」
リックはそれ以上言わない。
「戻る」
「そうしとけ」
背を向ける。
「旦那」
呼び止められる。「何だ」
「止められると思うなよ」
リックは振り返らない。「分かってる」
帰路。風はある。だが、揺れ方が違う。ルナが止まる。「……今の」
「感じたか」とリック。シルヴィアが頷く。「……自然じゃありません」
それだけで十分だった。
拠点に戻る。火は燃え、畑は整い、ゴーレムは巡回している。変わらない――はずだった。
ゴーレムが一体、止まる。今度ははっきりと、数秒。動かない。
「……止まってる」とリリア。リックは見ている。
やがて動き出す。何事もなかったように。
「誤差じゃないな」
誰も否定しない。
地下道の奥で、わずかな音がした。
リックは言う。「警戒を上げる」
止めない。まだ止める理由には足りない。だが、確実に何かが近づいていた。




