■回想短編 「火の前で」
火が強い。夜の冷気よりも、炉の熱の方が支配している。赤く焼けた金属が、鈍く脈打つように光る。
バルドは無言でハンマーを振り下ろしている。打つたびに火花が散り、形が変わる。だがその動きは、どこか荒い。普段よりわずかに、力が乗りすぎている。
「まだやるのか」
背後から声。ザクトだ。いつものように壁に寄りかかっている。
バルドは振り返らない。「終わってねぇ」
「もう十分だろ」
「足りねぇ」
短く、重い返答。
外は静かだ。だが遠くで、かすかに何かが崩れる音がする。戦いは終わっているはずなのに、空気にはまだ残滓が漂っている。
ザクトがゆっくりと言う。「全滅だ」
ハンマーが止まる。音が消える。
「……何人だ」
「ほぼ全部だな」
間が空く。火の揺れだけが動いている。
「生き残りは?」
「……いない」
それだけだった。
バルドは何も言わない。だが呼吸が一度だけ深くなる。次の瞬間には元に戻る。
再びハンマーが振り下ろされる。さっきより強く、重く。
ザクトは視線を外さず続ける。「お前のとこもだ」
手が止まる。ほんの一瞬だけ。
「……そうか」
それだけ言って、また打つ。だが今度は、音が少し歪んでいる。
ザクトが淡々と付け加える。「見つけた時、武器が折れてた」
火が爆ぜる。
「最後まで持たなかったらしい」
沈黙。
バルドの握る手に力が入る。鉄を叩く音が低くなる。
「……関係ねぇ」
押し殺した声。
ザクトは肩をすくめる。「関係なくはねぇだろ」
「関係ねぇ」
今度ははっきりと返す。
「折れる武器が悪い」
その言葉は静かだが、炉の熱よりも重かった。
ザクトはそれ以上言わない。ただ少しだけ視線を下げる。
「……だから打ってんのか」
バルドは答えない。金属を炉に戻し、火を強める。炎が一段高くなる。
「壊れねぇのを作る」
短い言葉。
ザクトが息を吐く。「無茶だな」
「知ってる」
「でもやる」
「当たり前だ」
しばらく、音だけが続く。火と鉄と、一定のリズム。
そのリズムに、わずかな乱れが混じる。
扉が開く。
空気が変わる。
ギルド長が入ってくる。足音は静かだが、存在が重い。
「……ここか」
周囲を一度だけ見て、状況を把握する。
ザクトが軽く手を上げる。「遅かったな」
「後処理だ」
短い返答。
バルドは振り返らない。
ギルド長は炉の前まで来ると、少しだけ視線を落とす。
「……遺体は回収した」
それだけで十分だった。
ザクトが無言になる。
バルドの手が止まる。
「場所は記録してある」
「必要なら、後で――」
言いかけて、止める。余計だと判断した。
沈黙。
ギルド長は続ける。
「今回の件、上には報告する」
「……S級が動く可能性がある」
火の音がやけに大きく聞こえる。
ザクトが小さく笑う。「そこまでか」
「可能性だ」
ギルド長はそれ以上広げない。
「無駄に関わるな」
それだけ言い、すぐに背を向ける。迷いなく、去る。
扉が閉まる。
静寂。
ザクトがぽつりと呟く。「……で、どうする」
バルドはハンマーを持ち上げる。迷いはない。
「打つ」
短い答え。
ザクトが肩をすくめる。「分かってた」
バルドは一度だけ目を閉じる。
ほんの一瞬。
炎の色と、折れた刃と、届かなかった距離。
すべてを押し込む。
次の瞬間には消える。
ハンマーが振り下ろされる。
火花が強く散る。
金属が応える。
「……次は折らせねぇ」
誰に向けた言葉かは分からない。
だが、その一撃は確かに重かった。




