第50話 余韻、そして残されたもの
洞窟の空気が、ゆっくりとほどけていく。張り詰めていた圧が消え、重さだけが残る。誰もすぐには動かない。
リリアが息を吐く。「……終わった?」
リックは短く返す。「一応な」
完全な安堵ではない。勝ったという事実と、何かが引っかかる感覚が同時に残っている。
視線の先、カインは膝をついたまま動かない。だが崩れた様子はない。呼吸も乱れていない。むしろ、静かに整っている。
「……余裕すぎない?」
リリアの呟きに、エレノアが静かに答える。「ええ。全力ではない動きでした」
リックも同じ結論に至っている。(やはり、そうか)
そのとき、空気がわずかに歪んだ。
気配が一つ、増える。
全員の意識が一斉にそちらへ向く。
そこに、立っていた。
黒を基調とした装いの人物。無駄のない立ち姿。戦う気配はない。だが、明らかに“ただ者ではない”。
「迎えに来ました」
落ち着いた声。
リリアが眉をひそめる。「誰?」
その人物はわずかに頭を下げる。
「セシルと申します。カイン様の副官です」
空気が変わる。
副官。その言葉だけで、場の意味が塗り替わる。
リックが一歩も動かずに問う。「……何をしに来た」
「そのままの意味です。迎えに」
セシルは視線をカインへ向ける。まるで状況など最初から把握しているかのように。
そして、静かに続けた。
「今回、カイン様は全力ではありません」
一瞬、言葉が止まる。
リリアが顔を上げる。「は?」
エレノアは否定しない。「……納得できます」
リックもまた、内心で肯定していた。(確信に変わったな)
セシルは淡々と告げる。
「本来の能力をすべて使用したわけではありません。出力、制御ともに制限された状態です」
場の空気が冷える。
それでも勝った。だが――
完全に勝ったわけではない。
「じゃあ、なんで戦ったのよ」
リリアの問いに、セシルはわずかに視線を向ける。
「目的が異なるからです」
「……殺すつもりはなかった、ってこと?」
「はい」
迷いのない即答。
「現時点で、あなた方を排除する必要はありません」
言葉は穏やかだが、内容は重い。
リックが問う。「目的は?」
わずかな沈黙。
セシルは首を横に振る。「現段階でお答えする内容ではありません」
完全な拒絶ではない。だが、明確に線が引かれている。
そのとき、カインがゆっくりと顔を上げた。
「……ああ、来たか」
軽い声。いつもと変わらない。
「楽しかった」
それだけ言って、立ち上がる。傷はある。だが致命ではない。動きに支障もない。
リリアが思わず言う。「……なんなの、あんた」
カインは肩をすくめる。
「またやろうぜ」
その言葉に、軽さはない。確約だ。
セシルが一歩前に出る。「では、失礼します」
次の瞬間、空間が歪む。
二人の姿が、消える。
残されたのは静寂だけだった。
しばらく、誰も動かなかった。
やがてリリアが座り込む。「はぁ……なんか、勝った気しないんだけど」
ルナが槍を下ろす。「……終わってない」
エレノアが静かに続ける。「ええ。むしろ、始まりに近い」
シルヴィアは小さく息を吐く。「……次は、もっと重い」
セレスティアが周囲を見渡す。「でも、耐えられました」
リックは何も言わず、洞窟の奥を見ていた。
消えた気配。その余韻。
(あれが本気ではない)
理解している。
だからこそ――
「……まだ終わってない」
静かに言う。
誰も否定しない。
戦いは終わった。だが、物語は終わっていない。
むしろ――ここからだ。
⸻
――第一部 完――




