表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/19

19.かけがえのない一時

 夢見心地で自室に戻り、早速ロロ、ミミ、スス、ニアに報告する。チョコレートを食べながら全員で横並びにソファに座っている時だ。三人は目を輝かせて喜び、ニアはひたすらチョコレートを食べ続けた。


「「「おめでとー!」」」

「ありがとう。あなたたちのおかげよ」


 ロロ、ミミ、ススを抱きしめるように両手で囲い、興味のなさそうなニアの頭を撫でた。

 あの日見た星空のように、希望だけを詰め込んだような胸の内は、今にも飛び上がりそうにフワフワとしている。


「良かった」「クララ」「幸せ」

「ええ!私とっても幸せだわ」


 クララの嬉しそうな表情に、三人も満開で笑う。


「僕たち」「クララ」「好き」

「私もロロ、ミミ、スス、ニアのことが大好きよ!」

「クララも」「クララ」「好き?」

「え?」


 一瞬、意味を理解できなかった。


「クララ」「クララ」「好き?」

「私が、私を好きかってこと?そうね。今は好きになってきているわ。刺繍が認めてもらえたのだって、過去の私が頑張ってくれたからだし。できないことも含めて少しずつ自分を好きになっていきたい。まずは『愛されたい』とか『寂しい』とか、そういうマイナスの自分の気持ちも受け入れてあげないとね」


 脳内で繰り返されていた自分を責める声は、最近、鳴りを潜めている。もしかしたら私を一番嫌っていたのは、母でも父でもエルザでもなく、私かもしれない。


 ロロ、ミミ、ススがにっこり微笑んだ。


「クララ」「もう」「大丈夫」

「そうかもしれないわ。心がとっても軽いの!」

 

 その夜は三人と一匹と一緒に、同じベッドでぐっすりと眠った。



 次の日の朝、カーテン越しでも眩しい日差しに、クララは静かに瞼を開けた。ニアはカーテンのすぐ下にあるクッションの上で丸まっている。クララが目を擦りながら、上半身を起こした。


「あれ、ロロ、ミミ、ススは?」

「「「ここだよ」」」


 声はカーテンの中から聞こえた。カーテンを開くなり、朝日に目を細める。


「え、どこ?」


 片目を瞑った状態で窓枠に目を凝らすと、薄っすらと三人の青、黄、赤の髪色を捉えることができた。


「え?」


 慌てて目を擦っても、消えかかった三人の顔を認識することができない。焦りから早口になる。


「え、どういうこと?あなたたちの姿がほとんど見えないの!どうして」

「クララ」「もう」「一人じゃない」

「え?」

「誰か」「泣いている」「聞こえる」

「誰かって?」

「誰か」「悲しい」「辛いって」

「それと私が見えないことと、どう関係があるの?」


 クララは胸騒ぎから、窓枠に置いた手をぎゅっと握りしめた。


「クララ」「一人じゃない」「だから見えない」

「それって」

「僕たち」「泣いている人」「会いに行く」

「…お別れってこと?」


 もう彼らの姿が全く見えない。声も薄れていることに気づいた。

 そっと握りしめた手に、小さい何かが触れた。


「僕たち」「ずっと」「一緒」


「ずっと」「クララ」「大好き」


 ニアが突然、窓枠に飛び乗ってきた。

「きゃっ」と驚いて、一歩後ろに下がる。


 ニアが器用に窓を開けた。


 待って!行かないで!ずっと一緒にいて!


 喉まで出かかったのを、思い切り飲み込んだ。

 クララは込み上げる涙を懸命に拭い去る。


 違う、そんなことじゃない。


 ピョーンと窓から外へ飛び出したニアの背に声を掛ける。


 一番言いたいのは!


「ありがとう!ずっと大好きよ!私、ちゃんと自分を大切にするから!絶対、忘れないから!」


 あなたたちのことも、あなたたちに教えてもらったことも。


 ニアはもう屋敷を通り過ぎて、庭に出ている。見えなくなるまで手を振った。見えなくなっても、視線を外すことができなかった。


「ありがとう」


 うぅっとカーテンの下に(うずくま)り、三人と一匹と過ごした思い出に暫し涙した。





「こんなにいっぱい、ありがとう」

「お安い御用だよ」


 両手いっぱいに紙袋を下げたビクターとともに、貴族街にある店を出た。工芸用品を何百種類も置いている、このお店は、今ではクララの行きつけだ。


『あなたたち、本を出してみない?』というマデリンの誘いで、なんと刺繍の図案本を出版することになった。ミュリーと二人で味わったあの時の感動は忘れられない。あんぐりと口を開けて、互いに目を見合わせたまま動けなくなった程。


 生徒の数も増え、その人気は貴族だけでなく庶民にまで広がりを見せている。バザーを開けば完売が相次ぎ、孤児院などへ多額の寄付をすることもできた。ちゃんと社会貢献ができたのだ。

 今ではお茶会への参加依頼が殺到している。



 馬車へと向かう下り坂をゆっくりと進む。石畳の道はでこぼこと少し歩きにくい。

 ビクターが言いにくそうに切り出した。


「エルザ嬢の件は、何て言うか」

「エルザなら元気そうよ」


 前回のおとり捜査で捕まえた犯人から芋づる式に関係者が掴まっていき、なんとトーマスが逮捕された。エルザはさっさと婚約を解消し、次を見つけている。


「お相手はディケンズ侯爵ですって」

「え!ディケンズ侯爵ってもうすぐ六十じゃなかった?」

「そこは気にならないみたいなの」

「確かにお金持ちではあるけど…」


 ビクターが顔を引きつらせる。

 エルザはあくまでお金にしか興味がない。彼女は彼女の生きたいように生きている。ずっと羨ましいと思っていたけれど、所詮、私がエルザの道を生きるのは無理な話だった。


「クレープでも食べようか?」

「そうね!そうしましょう」


 御者に紙袋を渡し、庶民も多くいる露店通りまで手を繋いで歩いていく。右手が熱い。ずっと着かなくてもいいのに、なんて思ったりしてしまう。

 馬車通りの脇を言葉少なに進む。


「危ないだろう!」


 遠くから怒鳴り声が聞こえ、慌てて振り返った。

 どうやら子どもが馬車の前に飛び出したらしい。十歳にも満たない少年が馬車の前で座り込んでいる。


 御者の怒鳴り声に、座り込んだままの少年がビクッと肩を揺らした。御者がハーネスをポールに括りつけ、少年に近寄る。

 馬車を見る限り、中には裕福な貴族が乗っているに違いない。こういう場合、庶民の少年が痛めつけられる可能性は十分にあった。周囲の人たちは目を合わせないよう、足早に通り過ぎて良く。


 馬車の中から案の定、貴族の令息らしき男性が降りてくるのが見えた。


 ごめんなさい、ごめんなさい!と少年は泣いて詫びている。擦り切れた服が、地面に何度も擦れた。

 クララたちがハラハラしながら近づこうとした時、貴族の男が地面に座りこんだ少年の手を取った。


「怪我はないか?」


 え、と少年はきょとんとした顔をした。そんな言葉を掛けられるなんて、夢にも思っていなかったのだろう。涙も引っ込んでいる。

 それはクララも同じだった。貴族が庶民の不注意を咎めないばかりか、心配するなんて。ましてや汚れた手を取って立たせてあげるなんて、考えられない行為だった。


「ごめんなさい。妹が怪我したから心配で。それで」

「そうか。でも君に何かあると、妹君も安心して休めないだろう。今度から大通りではきちんと止まるんだよ」


 うん!と少年は元気よく去って行った。

 何事もなかったように、貴族の男性は馬車に戻る。


 少し離れた場所でその様子を見ていたクララは、温かい気持ちになった。

 こういう人を見ると、あの人ももしかしたら彼らに会ったのかもしれない、なんて想像してしまう。


「良かった。問題なかったようだね。クララ、行こう」

「ええ!」


 海を見るとロロを、月を見るとミミを、夕日を見るとススを、月のない夜はニアを思い出す。


 元気かな?泣いていた子は、泣き止んだかな?相変わらず息ピッタリなんだろうな。


 ふふ、と笑ったクララにビクターが気づく。


「どうしたの?」

「ううん。幸せを噛みしめていたの」

「そっか。ねえ、ところで今日のその香水って」


 ビクターの言葉に、クララの顔が夕日のように赤くなった。







「ブヘッ!」


 木の上で黒猫が盛大にくしゃみをした。クスクスと笑うように、数枚の木の葉が揺れる。


 のんびりと寝ていた黒猫の耳が突然ピクリと動き、真ん丸の目が遠くを見やった。何かが移動するように、木の葉が順に揺れる。猫が勢いよく木から飛び降りた。



「泣いてる」「聞こえる」「行こう!」




最終回です。ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ