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悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


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17/19

17.貴婦人はどちら?

 クララはたっぷりの日差しを浴びながら、ドレスとお揃いの帽子を作っている。フリルたっぷりで、刺繍のお花が咲いた帽子は、可憐な雰囲気を引き立ててくれる大人気のアイテムだ。

 窓際で黙々と針を刺し続ける目は真剣そのもの。

 テーブルの真正面でその姿を見ていた三人は、首を傾げてその様子を見た。今日、ビクターは屋敷にいるはずなのに。


「クララ」「ビクターは?」「喧嘩?」

「いいえ。ビクターは折角の休日を満喫しているんじゃないかしら。気を遣って、いつも私を誘ってくださるから、たまには休ませてあげたいの」


 刺繍はちょうどいい理由づけになった。

 クララはフリルでリボンを作っている。ロロ、ミミ、ススはそおっとその手元を覗く。


「どうしたの?お腹空いた?」


 糸を通しながらクララが聞くと、違う、と三人は首を振った。


「クララ」「ビクター」「話した?」

「それがまだなのよ。伝え方が分からなくて」

「話する」「ビクター」「良い人」

「知っているわ。とても良い人よね。あんな素晴らしい人はいないわ」


 帽子から目を離さず、クララが頷く。


「良い人」「クララ」「騙さない」


 クララが目線を上げた。ぴたりと手が止まっている。


「何を言うかと思えば」


 クララが噴き出した。三人は怪訝そうに口を開けてクララを凝視する。


「それはね、愛のパワーよ!」

「「「愛?」」」

「そうよ!愛はね、良くも悪くも人を変えてしまうの。そう書いてあったわ」


 クララの視線の先はテーブルの端に載った分厚い恋愛小説。息抜きにとミュリーから借りたものだ。


「とってもロマンチックだったわ。愛ってすごいの!ビクターの行動だって、愛だと考えれば辻褄が合うわ。それだけエルザが好きだってことよ」


 ときめくような、胸が痛むような、羨ましいような。クララはクスリと笑って、また針を持つ手を進めた。三人はそれ以上何も言えず、ただクララが帽子を作るのを見ていた。





 ジェニファーとアダムに夜会に招待され行ってみると、三十名程の貴族が集まっている。気安い会だと聞いていたが、王城でのものと比べると、という意味らしい。気合の入ったドレスを着た令嬢たちが既に仲良く話しているのが目に入った。

 何種類もの料理がずらりとお皿に盛りつけられ、自由に取っていく立食スタイルだ。


「この度はご招待ありがとうございます」

「ビクター!クララ様!ようこそいらっしゃいました」

「来てくれてありがとう」


 ジェニファーとアダムが満面の笑みで二人を迎えた。

 ジェニファーは前回の知性を前面に押し出した紺色のドレスとは違い、胸元に大きな飾りのついた個性的な黄色のドレスを着て、大きく開いたスリット部分から太ももが見え隠れしている。


 良く見ると他の招待客も斬新なデザインのドレスが多く、話し声や笑い声も大きく響いている。奥にはビリヤード台が二台置かれ、男性陣がプレーするのを女性たちが応援していた。


 何なのかしら、これ。慣れない空気感に体が冷たくなっていく。正直、こういう感じは苦手だ。

 ビクターから潜入捜査だと聞いていなければ、逃げ出したくなっただろう。


「ビクターは何度も来ているけど、クララ様は初めてよね?ここでは皆がしたいことをして過ごすの。どうぞご自由に楽しんでね。たまには羽目を外さないと」

「そうね。ありがとう、ジェニファー様」


 ウインクをするジェニファーに、精いっぱいの笑顔で返した。

 勿論、ジェニファーとアダムは協力者。演技が自然すぎて、そわそわが止まらない。

 表情が硬くなっていないかしら。ちゃんと笑えているといいのだけれど。

 この夜会の目的は、夜会で堂々と取引されている薬の売人を特定することだ。


「クララ。隅の方で二人でゆっくりと過ごそう」

「ええ」

「ごめんね、巻き込んで。アダムたちの夜会に、僕が妻同伴じゃないと疑われるかもしれないから」

「いいえ!ビクターのお役に立てるのなら頑張ります」

「ありがとう。絶対、怖い思いはさせないし、ただ普通に過ごしてくれるだけでいいから」


 一人掛けのソファが二つ、テーブルを挟んで置いてある席に座る。使用人がドリンクと軽食をトレーに載せやってきて、テーブルに並べていく。


「美味しそうだね。アダムのところの料理は有名なシェフが作っているから、きっと気に入ると思うよ」

「そうなんですね」


 ホットサラダも、ピクルスも、白身魚も、鴨肉もどれも上品で、盛り付けも繊細だ。

 それなのに「ガハハ」という笑い声や甲高い声の方が気になってしまう。この喧噪に隠れて、誰かが薬のやり取りをしている。

 きょろきょろしたら駄目。私のせいで捜査がバレたりしたら…。


 俯いていると、頭上から聞きなれた声が降ってきた。


「あら、お姉様、よく会うわね」

「エルザ!」


 ゴールドのタイトドレスは、深いVネックの胸元に目が吸い込まれそうになる。今にも胸が零れそうだ。


「地味なドレスだから気づかなかったわ」

「やめて!」


 クラシカルな淡いブルーのドレスを、エルザが上から下まで目を細めて確認した。


 これはビクターに貰ったドレスだ。エルザのことが好きな彼がそんな言葉を聞いたら傷ついてしまう。

 向かいに座る彼の顔が見られない。


「他の女性たちを見て、お姉様。そんな首まで詰まったドレス、誰も着ていないわよ」

「いいのよ!私はこれが好きなの」

「まあ、確かにお姉様では見せられる部分がないものね」


 ばーんと張り出た胸とお尻を強調したドレスは、確かにクララに着られるものではなかった。


「それに伯爵家に嫁いだ割には宝石も貧相というか。お姉様にはお似合いというか。さすがビクター、分かっているわね」


 高笑いするエルザに、クララの顔が真っ赤に染まった。私のせいでビクターにまで嫌な思いをさせたくないのに。

 これが前回、恥をかいたことへの嫌がらせだということはすぐに分かった。憂さ晴らしにきたのだ。


「クララは派手な物を好まないからね」


 いつの間にか近くに来ていたビクターが、クララの肩を抱いた。


 ビクター?

 驚いて顔を上げる。


「そうね。お姉様ではドレスと宝石の輝きに霞んでしまうものね。無理もないわ」

「そんなことはないよ。僕の目にはクララが誰より(まばゆ)く映っている。貴婦人がどちらか、と尋ねられれば、きっと誰もがクララだと断言するだろう」

「はっ?何それ、お姉様なんてどこからどう見ても使用人じゃない!」


 エルザが眉を吊り上げた。

 やめて!ビクターの前でもうそれ以上言わないで!

 クララの心情など完全に無視して、エルザが吠える。隅でのやり取りとはいえ、徐々に周囲がざわつき始めている。


「大体、あなただって本当は私に気があるくせに!知っているのよ、あなたが私の信者だったこと!」


 ビクターの手に、一瞬、力が入ったのを感じ取り、クララが顔を伏せた。

 ああ、こんなことになるなら、ビクターに話しておけばよかった。

 耳を塞ぎたいのに、ビクターの前ではそれができない。ドレスをただ握りしめた。


「僕が好きなのは昔も今もクララだけだ」


 ビクターと目が合う。きっと彼は私が恥をかかないようにフォローしてくれている。今、どんな気持ちで言っているのか想像するだけで、胸が苦しい。


「嘘をついてもバレバレよ。お姉様は一度も社交に出たことがなかったのだから」

「嘘じゃないさ。君は確かに魅力的だけれど、僕が求めるのは清麗さだから」

「はっ!清麗さって。地味の間違いでしょ!」


 エルザの機嫌の悪さが、ビクターに向かうことだけは避けないと!

 嘲笑うエルザを、クララはきっぱりと(たしな)めた。


「エルザ。伯爵家のご子息に向かって失礼よ。私への不満なら、二人きりの時に聞くわ。今は夜会の最中なのだからこういうことは控えてちょうだい」


 エルザが口を開こうとした時、彼女の後ろにぽっちゃりとした男性がやって来て、彼女の腰を抱いた。エルザよりも背が低く、赤ん坊の顔がそのまま引き延ばされたような顔をしている。愛嬌があると言えなくもないが、完全に美女と野獣だ。


「トーマス様!」


 え!トーマス様?


 肖像画で見たトーマスは、ビクターに負けず劣らずの完璧な美男子で、すらりとした細身だったはず…。

 え、太ったのかしら?いやいや、背の高さは?

 混乱するクララを置き去りに、二人は仲睦まじく話し出した。


「エルザ、何をしているんだ?あっちでブラックジャックをしよう。君を皆に自慢したいんだ」

「いやだわ、自慢だなんて。でも私、今日はこんなネックレスだからトーマス様に恥ずかしい思いをさせないか心配だわ」

「心配はいらないよ。君が宝石さ。でも今度、僕がもっと大きい宝石を買ってあげようね」

「本当?嬉しい!」


 完全に機嫌が直っている。トーマスにしなだれかかるように、胸を押し付けるエルザはそのままカードゲームの開場へ移動しようとする。


「エ、エルザ。待って、その」


 視線に気づいたエルザがトーマスに何かを囁き、クララの元へと高いヒールで近づいた。クララの肩に右手を置き、そのまま耳元で言う。


「言ったでしょ?肖像画なんて大嘘だって」


 エルザが口元を引き上げた。


『肖像画なんて大嘘だもの。あれを見て浮かれていると痛い目を見るわよ』


 結婚する時に言っていたあの言葉、てっきり私に言っていると思っていたけれど…。

 自分のことだったの!


「じゃあね、お姉様。あなたたち、二人とも考え方が古くて、何気にお似合いよ。私にはやっぱりトーマス様くらい最上級貴族じゃないと釣り合わないわ」


 エルザはすぐにトーマスと腕を組み、体をくねらせながら別の部屋に行ってしまった。

 でこぼこした二人の後ろ姿が目に焼き付いている。


 何だったの?

 嵐で船が難破して、命からがら陸に辿り着いた人の気分だ。


「クララ」

「はい!」


 吃驚して声が高くなった。


「クララ、君に話さないといけないことがあるんだ」


 見上げたビクターは、クララ以上に思いつめたような顔つきをしていた。


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