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悲観令嬢と癒しの小人とマイペースな猫のひととき  作者: 松原水仙


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16/19

16.愛されたい

「私ね、褒められたことがないの」


 流れ星を探しながら、クララがポツリと呟く。


 パーティーには、いつも一人だけ連れていってもらえなかった。兄のミハエルは後継ぎ、妹のエルザは絶世の美女なのだから当然のこと。私などが参加したところで壁の花が精々だろう。

 でも…。


「私って何なんだろうって」


 笑おうとするクララの顔は歪んでいる。


「私ね、両親に愛されていないって薄々気づいていたの。兄やエルザと比べると、両親の扱いが全然違ったから。エルザが羨ましかった。私も一度でいいから褒められたかった。そうしたら、もっと自分に自信が持てたのに、ってそんなことを思ったりして。いい年して褒められたいなんて、情けないわよね」


 フッとクララが眉根を寄せて笑った。



『クララ、早く掃除を終わらせて。今日はミハエルの友人たちが来るから』

『クララ、あなたの手ひどいわね。人前では手袋をしてね』

『クララ、エルザの邪魔にならないようにね』


『エルザ、あなたの手って本当に綺麗ね』

『エルザ、あなたは何でも似合うわね』

『エルザ、あなたは自慢の娘よ』


 表情から、言葉から、態度から、全てから伝わってきた。お前は最下位だって。

 妹ばかりが褒められた。私は美しくないから。何もできないから。

 思い浮かぶ真正面の母はいつも表情がなくて、横顔の母は笑顔だった。



「だから二人が私の結婚を自分のことのように喜んでくれた時は、本当に嬉しかった!ああ、私もちゃんと愛されていたんだって、生まれて初めて実感できたの!働き手が一人いなくなるし、結婚資金だって必要なのに、それでも私の幸せを優先してくれたんだって。あの時は嬉しくて泣いてしまったわ」


 ロロ、ミミ、ススは黙ってクララを見上げている。明るい声だが、表情は雪で見えない。彼女は夜に溶け込んで、今にも消えてしまいそうだ。


『彼女の両親からは、毎月お金を渡すという約束で結婚の了承を得たらしいぞ』


 心臓が凍るかと思った。父や母からはそんなこと一言も聞いていない。両親は結婚を喜んでなどいなかった。むしろ渋っていたのだ。

 私だけが何も知らずに、愛されているなんて、ほんと笑っちゃう。


 クララは無理に笑みを湛えようとする。ロロ、ミミ、ススが立ち上がり、小さい歩幅でクララの方へ歩き出した。


「クララ」「悲しい時」「泣く」

「ううん。愛されていなくても平気よ!ずっとそうだったし。一瞬、馬鹿な勘違いをしただけ。本当に恥ずかしいわ」


 クララの笑みは痛々しい。それでも泣かないのは、ずっとこういう気持ちと隣り合わせで生きてきたから。気持ちを見ない振りに慣れている。


「自分の気持ち」「大事」「感じて」

「どうしたの、そんな必死な顔をして」


 せっせと歩いていた三人はもう目の前にいて、クララを慰めるようにそっとスカートに触れた。


「悲しい」「辛い」「言っていい」

「大丈夫よ、こんなの!慣れているもの」


 精いっぱい口元を上げた。大丈夫!これくらい何てことない。本当よ!私は大丈夫。

 母が私だけ褒めないのも、父が私にだけ話しかけないのも、子どもの時からずっとそうなんだから。


「クララ」「愛されたい」「言っていい」

「…言いたくないわ」

「愛されたい」「皆、思う」「自然なこと」


 クララは上下の唇を思いっきり閉じ合わせた。すっかり笑みは消え失せ、視線を落としている。

 私だって愛されたい。でも一度も愛されなかった。


「愛されたい」「愛されたい」「愛されたい」


 クララの番だよ、と三人の瞳が言っている。


 愛されたい。

 たった六文字のその言葉が喉につっかえるのは、なぜだろう。

 言ってはいけないと、無意識に心が止めているよう。


 愛されたい。


「僕たち」「クララ」「愛している」


 ニアが近づいて来て、クララの膝の上に乗り、また眠り込んだ。その温かさが膝から手から伝わってくる。


「クララ」「もう」「愛されている」


 愛されている?実の親にも愛されなかった私が?


「そうだよ」と肯定するように三人が頷いた。

 ロロ、ミミ、ススの優しい表情に、なぜだが頭を撫でられた気分になって、急に目が熱くなる。悲しいとも嬉しいとも違うのに…。


『ここにいていいよ』と言われた気がした。

 自分の居場所がないような気がして、ずっと不安だった。

 その不安が涙とともに流れていく。


「うっ。ううっ……」


 子どものように泣きじゃくった。


 私はここにいていいんだ!


「それでいい」「泣く」「いっぱい」


「…愛されたい」


 ほんの小さな声だったけれど、確かにクララの口から出た。今まで胸いっぱいに溜めていた気持ちが、声と涙になって溢れてくる。


「愛されたい!私だって、愛されたい!」


 心の奥深くにあった気持ちを正直に吐き出しただけで、どうしてこんなに胸が熱くなるんだろう。涙が勝手に流れてくる。雪が融けるように心が清らかになっていく。


「本当は私だって一緒にパーティーに行きたかった!着飾った四人を使用人服で見送るのは辛かったし、帰ってから四人が楽しそうに話しているのを見るもの嫌だった!私も輪に入りたかった!クララも大事な家族の一員だよ、って言って欲しかった!」


 言えた!そうだ、これが私の本当の気持ちだったんだ。

 涙が顎を伝って、鼻がツンと痛くなった。


「「「よしよし」」」


 完全に扱いが赤ちゃんだ。暫く泣き笑いが止まらなかった。



 流れ星が流れた。あっちでも、こっちでも雨のように降り続く。


「頑張った」「叶う」「おめでとう」

「…そうかな。叶うといいな」




 クララはニアを撫でながら、綺羅星を眺める。ロロ、ミミ、ススもクララの膝の上で座り込んで、それを見上げる。星が瞬きを繰り返して、夜空が明るい。


「実はね、ビクターにエルザとの噂を聞いたことを、打ち明けようかと思うの。彼は優しいから、後ろめたさを抱えている可能性もあるし。私、ビクターにはとても感謝している。結婚してから奇跡のようなことばかり起きるわ。親友もできたし、刺繍の先生にもなれた。あなたたちにも会えたわ!だからもう大丈夫。彼にもそう伝えたいの」


 ロロ、ミミ、ススが見たクララの表情は、今日の空気のように澄んでいる。


「強くならいと。いつまでも気弱で、悲観的で、卑屈なままじゃ駄目だわ」

「クララ、明るい」「無邪気」「元気」

「ふふふ。さすがに、それは私じゃないわ。真逆よ」

「ううん」「それがクララ」「僕たちわかる」


 三人が真剣な表情をしていて、クララは目を瞬かせた。


「見た」「クララ、ハイハイしてた」「早かった」

「えっ、ハイハイって、いつの話?」

「この前」「笑ってた」「天真爛漫」


 五百年生きる彼らからすれば、クララが生まれたのは「この前」になるらしい。


「なんなの、それ」


 噴き出したクララの目から、また涙が落ちた。

 そうか、元々の私はそうだったのかな。いつからか悲観的になってしまっただけで。

 彼らの目にはそう映ったんだ。嬉しいな。


「願い事は?」「叶う」「一番」

「ああ、あれね!よくよく考えたら、私にはミュリーって言う親友がいるし、すでに叶っていたわ!」


 クララが満面の笑みを浮かべた。

 三人はポケッとした顔で、顔を突き合わす。


「え?」「うーん?」「まあ、いいか?」


 小声で話す三人の隣で、ニアが大あくびをした。


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