16.愛されたい
「私ね、褒められたことがないの」
流れ星を探しながら、クララがポツリと呟く。
パーティーには、いつも一人だけ連れていってもらえなかった。兄のミハエルは後継ぎ、妹のエルザは絶世の美女なのだから当然のこと。私などが参加したところで壁の花が精々だろう。
でも…。
「私って何なんだろうって」
笑おうとするクララの顔は歪んでいる。
「私ね、両親に愛されていないって薄々気づいていたの。兄やエルザと比べると、両親の扱いが全然違ったから。エルザが羨ましかった。私も一度でいいから褒められたかった。そうしたら、もっと自分に自信が持てたのに、ってそんなことを思ったりして。いい年して褒められたいなんて、情けないわよね」
フッとクララが眉根を寄せて笑った。
『クララ、早く掃除を終わらせて。今日はミハエルの友人たちが来るから』
『クララ、あなたの手ひどいわね。人前では手袋をしてね』
『クララ、エルザの邪魔にならないようにね』
『エルザ、あなたの手って本当に綺麗ね』
『エルザ、あなたは何でも似合うわね』
『エルザ、あなたは自慢の娘よ』
表情から、言葉から、態度から、全てから伝わってきた。お前は最下位だって。
妹ばかりが褒められた。私は美しくないから。何もできないから。
思い浮かぶ真正面の母はいつも表情がなくて、横顔の母は笑顔だった。
「だから二人が私の結婚を自分のことのように喜んでくれた時は、本当に嬉しかった!ああ、私もちゃんと愛されていたんだって、生まれて初めて実感できたの!働き手が一人いなくなるし、結婚資金だって必要なのに、それでも私の幸せを優先してくれたんだって。あの時は嬉しくて泣いてしまったわ」
ロロ、ミミ、ススは黙ってクララを見上げている。明るい声だが、表情は雪で見えない。彼女は夜に溶け込んで、今にも消えてしまいそうだ。
『彼女の両親からは、毎月お金を渡すという約束で結婚の了承を得たらしいぞ』
心臓が凍るかと思った。父や母からはそんなこと一言も聞いていない。両親は結婚を喜んでなどいなかった。むしろ渋っていたのだ。
私だけが何も知らずに、愛されているなんて、ほんと笑っちゃう。
クララは無理に笑みを湛えようとする。ロロ、ミミ、ススが立ち上がり、小さい歩幅でクララの方へ歩き出した。
「クララ」「悲しい時」「泣く」
「ううん。愛されていなくても平気よ!ずっとそうだったし。一瞬、馬鹿な勘違いをしただけ。本当に恥ずかしいわ」
クララの笑みは痛々しい。それでも泣かないのは、ずっとこういう気持ちと隣り合わせで生きてきたから。気持ちを見ない振りに慣れている。
「自分の気持ち」「大事」「感じて」
「どうしたの、そんな必死な顔をして」
せっせと歩いていた三人はもう目の前にいて、クララを慰めるようにそっとスカートに触れた。
「悲しい」「辛い」「言っていい」
「大丈夫よ、こんなの!慣れているもの」
精いっぱい口元を上げた。大丈夫!これくらい何てことない。本当よ!私は大丈夫。
母が私だけ褒めないのも、父が私にだけ話しかけないのも、子どもの時からずっとそうなんだから。
「クララ」「愛されたい」「言っていい」
「…言いたくないわ」
「愛されたい」「皆、思う」「自然なこと」
クララは上下の唇を思いっきり閉じ合わせた。すっかり笑みは消え失せ、視線を落としている。
私だって愛されたい。でも一度も愛されなかった。
「愛されたい」「愛されたい」「愛されたい」
クララの番だよ、と三人の瞳が言っている。
愛されたい。
たった六文字のその言葉が喉につっかえるのは、なぜだろう。
言ってはいけないと、無意識に心が止めているよう。
愛されたい。
「僕たち」「クララ」「愛している」
ニアが近づいて来て、クララの膝の上に乗り、また眠り込んだ。その温かさが膝から手から伝わってくる。
「クララ」「もう」「愛されている」
愛されている?実の親にも愛されなかった私が?
「そうだよ」と肯定するように三人が頷いた。
ロロ、ミミ、ススの優しい表情に、なぜだが頭を撫でられた気分になって、急に目が熱くなる。悲しいとも嬉しいとも違うのに…。
『ここにいていいよ』と言われた気がした。
自分の居場所がないような気がして、ずっと不安だった。
その不安が涙とともに流れていく。
「うっ。ううっ……」
子どものように泣きじゃくった。
私はここにいていいんだ!
「それでいい」「泣く」「いっぱい」
「…愛されたい」
ほんの小さな声だったけれど、確かにクララの口から出た。今まで胸いっぱいに溜めていた気持ちが、声と涙になって溢れてくる。
「愛されたい!私だって、愛されたい!」
心の奥深くにあった気持ちを正直に吐き出しただけで、どうしてこんなに胸が熱くなるんだろう。涙が勝手に流れてくる。雪が融けるように心が清らかになっていく。
「本当は私だって一緒にパーティーに行きたかった!着飾った四人を使用人服で見送るのは辛かったし、帰ってから四人が楽しそうに話しているのを見るもの嫌だった!私も輪に入りたかった!クララも大事な家族の一員だよ、って言って欲しかった!」
言えた!そうだ、これが私の本当の気持ちだったんだ。
涙が顎を伝って、鼻がツンと痛くなった。
「「「よしよし」」」
完全に扱いが赤ちゃんだ。暫く泣き笑いが止まらなかった。
流れ星が流れた。あっちでも、こっちでも雨のように降り続く。
「頑張った」「叶う」「おめでとう」
「…そうかな。叶うといいな」
クララはニアを撫でながら、綺羅星を眺める。ロロ、ミミ、ススもクララの膝の上で座り込んで、それを見上げる。星が瞬きを繰り返して、夜空が明るい。
「実はね、ビクターにエルザとの噂を聞いたことを、打ち明けようかと思うの。彼は優しいから、後ろめたさを抱えている可能性もあるし。私、ビクターにはとても感謝している。結婚してから奇跡のようなことばかり起きるわ。親友もできたし、刺繍の先生にもなれた。あなたたちにも会えたわ!だからもう大丈夫。彼にもそう伝えたいの」
ロロ、ミミ、ススが見たクララの表情は、今日の空気のように澄んでいる。
「強くならいと。いつまでも気弱で、悲観的で、卑屈なままじゃ駄目だわ」
「クララ、明るい」「無邪気」「元気」
「ふふふ。さすがに、それは私じゃないわ。真逆よ」
「ううん」「それがクララ」「僕たちわかる」
三人が真剣な表情をしていて、クララは目を瞬かせた。
「見た」「クララ、ハイハイしてた」「早かった」
「えっ、ハイハイって、いつの話?」
「この前」「笑ってた」「天真爛漫」
五百年生きる彼らからすれば、クララが生まれたのは「この前」になるらしい。
「なんなの、それ」
噴き出したクララの目から、また涙が落ちた。
そうか、元々の私はそうだったのかな。いつからか悲観的になってしまっただけで。
彼らの目にはそう映ったんだ。嬉しいな。
「願い事は?」「叶う」「一番」
「ああ、あれね!よくよく考えたら、私にはミュリーって言う親友がいるし、すでに叶っていたわ!」
クララが満面の笑みを浮かべた。
三人はポケッとした顔で、顔を突き合わす。
「え?」「うーん?」「まあ、いいか?」
小声で話す三人の隣で、ニアが大あくびをした。




