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異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~  作者: いたちのこてつ


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第28話 影の軍師の業務完了

「本日、改革室は特別休暇につき閉鎖」の立て札が国政改革室の門に掲げられた翌朝、アヴァロンの王都は、昨日までの熱狂が嘘のような、どこか浮き足立った空気に包まれていた。


「いい、ジン。今日は一回も『帳簿』とか『誤差』とか言ったら罰金だからね!」


王都の目抜き通り、食べ歩きの屋台が並ぶ一角で、ミナの元気な声が響いた。隣を歩くジンは、不慣れな平服の襟を落ち着かなさそうに正しながら、眉根を寄せている。


「……ミナ。何もこの混雑した場所に来ずとも、静かな公園で過去の取引ログの整合性を……」


「ダメ! ほら、この揚げたての串焼き食べて。美味しいものを食べて、笑って、疲れるまで歩く。それが今日のジンの『任務』!」


ミナに口元へ突きつけられた串焼きを、ジンは諦めたように受け取った。最初は渋々従っていた彼だったが、ミナに振り回されるうちに、次第に計算ずくではない街の喧騒――人々の活気や、理屈ではない笑顔――が、自分の作ってきた数字の正体であることを、肌で感じ始めているようだった。


一方、喧騒から少し離れた王都の劇場地区。その一角にある小ぢんまりとした、しかし手入れの行き届いた中庭で、アルフォンスは一人の女性と向かい合っていた。


王立劇団『暁』の座長、オリヴィエだ。


「……珍しいことですわね、あなたが三日も仕事を放り出すなんて。明日には太陽が西から昇るのではないかしら」


軽やかな笑い声を上げたオリヴィエは、舞台上の華やかな衣装を脱ぎ、私服に身を包んでいた。アルフォンスが淹れた茶の香りをゆったりと楽しみながら、彼女はその「論理の怪物」の顔を覗き込む。


「所長命令ですよ、オリヴィエ。逆らえば更迭されると脅されましてね」


「ふふ、その所長さんには、一度お会いしてお礼を言わなくてはなりませんわね。おかげで、こうしてあなたと午後の日差しを眺める時間ができましたもの。……どうかしら、アルフォンス。あなたの愛する『数字の世界』は、今も完璧に回っているのかしら?」


アルフォンスは、普段の執務で見せる鋭い眼差しを和らげ、一人の男としての穏やかな表情を浮かべていた。


「ええ。俊殿が持ち込んだ仕組みは、すでに私の手を離れても動き出しています。現場の連中には嫌というほど叩き込みましたから、私が数日不在にしたところで、アヴァロンの機能が停滞することはありません。……ですが、皮肉なものですね」


アルフォンスは、オリヴィエの指にある月長石の指輪に視線を落とした。


「完璧な論理を追求してきた私が、今、こうしてあなたの隣で、数字では測れない時間の尊さに救われている。……あなたの芝居と同じです。完璧に計算された技巧の先に、言葉にならない情熱が宿る。俊殿に出会い、あなたという光を得て、ようやく私は自分の『炎』の燃やし方を知った気がします」


オリヴィエはアルフォンスの手にそっと自分の手を重ねた。


「いいの、今はその難しいお話はおしまい。今日は、わたくしたちのこれからのこと……例えば、挙式の段取りでもお話ししませんこと? 劇場の幕が下りた後の静寂も好きですが、あなたと歩むこれからの舞台は、きっともっと素晴らしいものになりますわ。あなたのその『論理的すぎる分析』で、わたくしたちの幸せな未来をどう組み立ててくださるか……聞かせていただくのも、よろしくて?」


アルフォンスは微かに頬を緩め、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「……ええ。喜んで、オリヴィエ。一生をかけて、最高のシナリオを書き上げると誓いましょう」


二人の間に流れる時間は、アヴァロンの新しい秩序とは無関係に、ただ深く、優しく重なっていった。


その頃、俊はティアと共に、少し離れた丘の上から王都を見下ろしていた。


「……俊さん、また市場の馬車の数とか数えてない?」


「えっ、あ……いや、そんなことは……」


ティアに図星を突かれ、俊は苦笑いしながら視線を外した。仕掛け人としての性分は、休暇中であっても完全には消えない。


だが、ティアに手を引かれ、丘に咲く名もなき花の話を聞いているうちに、俊の心からも、大陸地図の複雑な線が消えていった。


「ねえ、俊さん。ヴェリディアに帰ったら、何がしたい?」


ティアが不意に投げかけた問いに、俊は沈みゆく夕日を見つめたまま、少し考えてから口を開いた。


「そうだなぁ。まずはあっちで待っている仲間たちと合流して、どこか賑やかな店にでも入って、思い切り美味いものを食べたいな。……それから、あっちでもアヴァロンと同じように、みんなが笑って商売ができる場所をもっと広げていきたい。今回の経験があれば、次はもっとうまくやれるはずだ」


「ふふ、結局またお仕事の話になっちゃうんだね。でも、私も楽しみ。あっちのみんなも、きっと俊さんの帰りを首を長くして待ってるよ」


自分が守りたかったのは、この景色だ。数字が正しく回り、信頼が担保された先にある、こうした何気ない休息の時間。


そして、愛する仲間たちの待つ場所への帰還。


俊は、沈みゆく夕日を見つめながら、静かに目を閉じた。もう、アヴァロンは自分がいなくても大丈夫だ。その確信こそが、彼にとっての最大の休息だった。


笑い合う二人の背後に、アヴァロンの夕刻を告げる鐘の音が響く。強制された休息は、それぞれの心に新しい活力を注ぎ込み、次なる変革への静かな準備を整えさせていた。


夜が訪れると、王都のあちこちで、休暇を楽しむ改革室の面々の笑い声が、街の灯りと共に優しく揺れていた。

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