第27話 生まれ変わるアヴァロン
大開場式が終わったその夜、アヴァロン王都の迎賓館は、かつてないほどの熱気と、それ以上に重苦しい沈黙が同居していた。
各国から集まった使節たちは、自室に戻ってもなお、昼間に目にした光内の情景を反芻していた。木札が絶え間なく差し替えられる掲示板、魔法のような速度で精査される帳簿、およびバートランド率いる認定官たちの冷徹なまでの正確さ。
「……あれは、単なる市場ではない。大陸の『脈動』そのものだ」
バルガス帝国の使節、ケスラー男爵は、窓から見える取引所の灯りを苦々しく見つめていた。帝国が誇る武力も、この「情報の流動」の前では、あまりに鈍重で古臭いものに思えた。アヴァロンの基準に従わなければ、帝国内の商人すら、いずれは効率を求めてこの小国へ吸い寄せられてしまうだろう。
一方、国政改革室の執務室では、俊がアルフォンスと共に、初日の取引結果をまとめた報告書に目を通していた。
「俊殿、見てください。今日一日だけで、想定していた三倍の商会が『公認印』の審査を申し込んできました。彼らはもはや、アヴァロンの印なしで取引を行うことを『リスク』だと考え始めています」
アルフォンスが差し出した名簿には、かつてアヴァロンを軽視していた周辺諸国の大商会の名がずらりと並んでいた。
「需要が跳ね上がったな。……アルフォンス、バートランドさんたちの様子はどうだ?」
「ええ、それはもう。彼らは今や『アヴァロンの正しさを体現する者』として、鼻高々ですよ。他国の使節たちが、自分たちの商会の帳簿を見てくれと列をなして頼み込んでいるのを見て、かつてないほどの優越感に浸っているようです」
俊はふっと笑った。かつては改革の邪魔者だったバートランドたちが、今や自ら進んで「厳格な審判」として機能している。
「いい傾向だ。彼らには、引き続き『アヴァロンのブランド』を守る門番として、徹底的に厳しく当たってもらおう。……それから、ミナ。指導員を派遣してほしいという要望には、どう答えた?」
隣室から顔を出したミナが、困ったように、およびどこか楽しげに応じた。
「俊さんの言った通り、『国が手取り足取り教える義理はない』って突っぱねたわ。そしたら、みんな必死になっちゃって……。中には、『認定官を個人講師として高額で雇いたい』って言い出す商会まで出てきてるのよ」
「それでいい。習得のコストは、商機を掴みたい彼ら自身に負わせるんだ。自分たちで金を払い、自分たちの組織で教え合う循環ができてこそ、アヴァロンの基準は大陸の『文化』になる」
俊は、窓の外で静かに、および力強く明かりを灯し続ける取引所を眺めた。
情報の網、独占的な技術、および「信頼」という名の共通言語。これら三つの楔が、大陸という巨大な岩盤に深く打ち込まれた。
門を開けた以上、次はこの網に掛かる膨大な富と情報をいかに循環させ、アヴァロンの血肉に変えていくか。それが本当の『管理』の始まりだった。
アルフォンスが書類をまとめながら、俊に問いかけた。
「俊殿。開国宣言は終わりました。大陸の風向きは、完全に我々の方へと向いています。……次は、何を仕掛けますか?」
俊は、デスクに広げられた大陸地図を一瞥したが、今回はその一点を指差すことはしなかった。代わりに、彼はそっとペンを置き、椅子の背もたれに深く体を預けた。
「……いや、ここから先は俺の仕事じゃないな。仕組みは動き出した。あとは、この国の人々や商人たちが、それをどう育てていくかだ。商いの仕掛け人としては、商品が自分の手を離れて市場で独り歩きし始めた時が、一番の『完成』なんだよ」
俊の視線は、地図のさらに向こう側――自分を待っている仲間たちがいるヴェリディアの方角へと向けられていた。
「アルフォンス。俺はそろそろ、本来いた場所へ帰る準備を始めたい。アヴァロンが俺なしでも正しく回ることを確認できたら、それが俺の最後の仕事だ」
アルフォンスは、その言葉を驚きをもって迎えることはなかった。彼は静かに目を閉じ、自分の中に生まれる一抹の寂寥感を飲み込むように、ゆっくりと頷いた。
「……それがあなたの望みであれば、私は全力を挙げてその道を整えましょう。あなたが去った後も、この国が淀みなく回り続けること。それこそが、あなたがアヴァロンに遺した仕組みの完成を証明する、最後の一手となるわけですから」
アルフォンスの深い理解に、俊は静かに微笑んだ。それから、隣の部屋で依然として資料と格闘しているミナや若手役人たちの気配に意識を向けた。
「……さて。最後に一つ、緊急の命令だ。アルフォンス、明日から三日間、国政改革室は全館閉鎖、全員強制休暇とする. ミナもジンも、もちろんあんたもだ」
「……休暇、ですか?」
アルフォンスが意外そうに眉を上げた。
「ああ。ここ数ヶ月、みんな働きすぎだ. 糸が切れる前に、一度思い切り遊ばせないとな。幸い、現場の連中には嫌というほど基準を教え込んできた。我々が数日不在にしたところで、今のシステムなら何の問題もなく回り続けるはずだ。アヴァロンの美味い酒と飯を食って、数字のことは一切忘れる。これは所長命令だ」
俊の言葉が隣室に筒抜けだったのか、すぐにミナの歓声が上がった。
「やったー! 俊さん、大好き! ジン、聞いた? 休みよ、休み!」
「……三日もあれば、溜まっていた帳簿をすべて精査し直せるな」
「遊びなさいって言ってるでしょ!」
騒がしくも温かいやり取りを聞きながら、俊は自分自身の予定を頭の中で整理した。
「アルフォンス。休暇明けには、陛下にも報告に行く。俺のこれからのこと……そして、この国のこれからのこと。ちゃんと筋を通しておかないとな」
俊の瞳には、冷徹な合理性ではなく、約束を果たそうとする一人の男としての静かな決意が宿っていた。
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