第27話 生まれ変わるアヴァロン
『アヴァロン公認・適正商会』の印が、王都の市場だけでなく、街道を行き交う荷馬車の側面にも目立ち始めた。
その印を持つ馬車は、関門での検品が驚くほど速やかに終わり、領地を跨ぐ際の不当な言い掛かりから解放される。商売の仕掛け人である俊が意図した通り、『信頼』が物理的な速度と利益に変換され始めたのだ。
「俊殿、見てください。今日の午前に王都の門を通過した物資の集計です」
ジンの差し出した羊皮紙には、以前の数倍の規模に膨れ上がった流通量が、淀みない数字で記されていた。
「これまでは『出所の分からない荷』の精査に時間を取られていましたが、公認帳簿を持つ商会同士の取引は、到着した時点で数字が合っている。我々がやるべきは、その整合性を一瞥するだけです」
「……よし。ようやくインフラ……いや、商売の土台が整ったな」
俊は執務室の窓から、かつてないほど整然と、しかし活発に動く街の景色を眺めた。視線の先には、連日改修を進めていた改革室隣接の巨大な講堂と管理棟が、一つの機能的な広場として完成しつつあるのが見える。ここまでは、あくまで内側の調整だった。アヴァロンという商品を、市場に出せる状態まで磨き上げたに過ぎない。
「アルフォンス. そろそろ『開国』の仕上げに入ろう。これまでは提携した三社に限定していたが、これからはアヴァロンの門を正式に、かつ全面的に開放する。……国として、盛大なお披露目会をやるぞ」
アルフォンスは、優雅に手帳を閉じ、俊の隣に並んだ。
「待っていましたよ、その言葉を。……すでに周辺諸国の王侯貴族や大商会からは、アヴァロンの技術と仕組みに加わりたいという嘆願が、山のように届いています。彼らは恐怖ではなく、置いていかれることへの焦燥に突き動かされている」
「ああ。ブランドを立ち上げた時と同じだ。最初は一部の『使い手』だけに特別な価値を与え、その価値が証明された瞬間に、一気に市場へ広める。……ただし、ただ門を開けるだけじゃない。誰もが『今日から世界が変わった』と実感できるような、特大の宣伝が必要だ」
俊が考えていたのは、現代で言うところの「大規模な新装開店」であり、かつ「提携の調印式」を兼ねた一大行事だった。
「アヴァロンがどのような基準で世界と付き合うのか。それを大陸全土に宣言する場を作る。……アルフォンス、各国の使節と主要な商会の会頭を招いてくれ。改革室の講堂と管理棟を統合・改修し、新たな信頼の拠点として整備してきたあの場所を、今日から『アヴァロン中央公認取引所』と命名する。その全貌を公開し、正式に稼働させる『大開場式』を行う。これを開国宣言の代わりにする」
「……なるほど。建物の完成を祝うだけでなく、実際に『正しく、速く商売が行われている現場』を全世界に見せつけるわけですね。バートランドさんたち認定官も、いい仕事をするでしょう」
「その通りだ。バートランドさんたちには、当日の『審判』の大役を任せる。彼らの厳格さが、そのままアヴァロンの信頼の厚さとして使節たちに伝わるはずだ」
俊は、すでに頭の中で式典の段取りを組み立てていた。
カスパールやマルコといった提携商会の成功例を展示し、何より、この地に暮らす人々が享受しているアヴァロンの穏やかな日常が、この仕組みによって守られていることを見せる。
「俊さん、お疲れ様。……なんだか、今日はお話が一段と熱を帯びているね」
ティアが、明日の予定表を持って入ってきた。彼女の手元には、お披露目会で振る舞われるであろう料理の候補や、街の装飾の案がまとめられている。
「ああ。……ティア、アヴァロンはこれから本当に外の世界と繋がっていく。忙しくなるし、これまで以上にいろんな人が入ってくるけど、大丈夫か?」
ティアは一瞬、窓の外の賑わいに目を向け、それから俊に向かって真っ直ぐに微笑んだ。
「うん。みんなが一生懸命覚えた『そろばん』や『公認帳簿』があるんだもん。誰が入ってきても、アヴァロンの良さは変わらないって信じてるよ。……それに、俊さんがそばにいてくれるしね」
「……そうだな。俺がやるべきは、みんなの努力が正当に報われる場所を守り続けることだ」
俊は再び、デスクに広げられた大陸地図に視線を落とした。北方のバルガス帝国すら、このアヴァロンの『信頼の輪』に加わらなければ、経済的に孤立せざるを得ない状況を作り出す。
「ジン、お披露目会までの物流予測を上方修正してくれ。……アルフォンス、招待状にはこう書き添えてくれ。『アヴァロンは門を開く。だが、その敷居を跨げるのは、誠実な数字を示す者だけだ』と」
「ふふ、実に俊殿らしい。……挑戦的で、かつこれ以上ないほど魅力的な誘い文句です」
アルフォンスは楽しそうに筆を取った。
一人の商いの仕掛け人が、異世界の小国で始めた小さな改革。それが今、大陸全体の歴史を動かす巨大な『秩序』へと昇華されようとしていた。
そして、運命の『大開場式』の日が訪れた。
アヴァロン王都のメインストリートは、色とりどりの旗で飾られ、大陸各地から集まった豪華な馬車が列をなしていた。中央公認取引所の前には、バルガス帝国を含む列強諸国の使節団、さらには名だたる大商会の会頭たちが、疑念と期待が混ざり合った表情で並んでいる。
彼らが目にしたのは、かつてのような「魔法による権威」ではなく、洗練された「機能の美」だった。
取引所の正面には、壁一面を覆う巨大な木製の掲示板が設置されていた。そこでは、提携商会から早馬や伝書で寄せられた最新の情報を、改革室の書記官たちが手際よく木札を差し替え、チョークで相場を書き換えていく。
絶え間なく更新されるその「生きた数字」の羅列に、広場の人々は息を呑んだ。
「……信じられん。我々の国で三日かけても把握できぬ相場の変動が、ここでは数刻の遅れもなく映し出されているというのか」
バルガスの使節が、苦々しく、しかし目を逸らせずに呟いた。
俊は、取引所のバルコニーに立った。その隣にはアヴァロン王、およびアルフォンスが並んでいる。
「大陸の皆様。アヴァロンは本日、この取引所を介してすべての国と手を取り合う準備ができたことを宣言します」
俊の声は、魔法による拡声なしでも、広場を支配する静寂の中に深く浸透していった。
「私たちが提供するのは、単なる場所ではありません。嘘のない数字と、誰もが信頼できる『ルール』です。アヴァロンの印を得た商売は、もはや国境という壁に阻まれることはありません。不透明な取引で一部のものが私腹を肥やす時代は、昨日で終わりました」
俊は、広場に並ぶ使節たちの顔を一人ずつ見据えるように続けた。
「今日からここは、大陸で最も『速く』、および最も『正しい』商いが集まる場所になります。富とはもはや、力や運で奪い合うものではなく、正しい情報の循環によって生み出すものです。アヴァロンの基準を共有することは、不必要な摩擦を削ぎ落とし、富の循環を加速させる唯一の道です。この合理的な流れから外れることは、自ら商機を失うことと同義なのです」
それは、丁寧な口調でありながら、大陸全土に突きつけられた冷徹な最後通告でもあった。
バルコニーの下では、バートランド率いる認定官たちが、最初の認定作業を公開で開始していた。そろばんの小気味よい音が広場に響くたび、膨大な貨物が瞬時に精査され、次々とアヴァロンの『信頼の刻印』が押されていく。
「……開国、ですね」
アルフォンスが、隣で小さく、しかし確信に満ちた声で囁いた。
「ああ。……でも、ここからが本番だよ。この『信頼の連鎖』を、大陸の隅々まで広めていく」
俊の視線の先には、アヴァロンの門を抜けていく、かつてないほど大量の荷馬車の列があった。
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