第27話 生まれ変わるアヴァロン
『アヴァロン公認・適正商会』の制度が始まってから数日、王都の商業ギルドの空気は、それまでとは全く異なる緊張感に包まれていた。
広場の一角に設けられた認定所に、かつての財務部次官、今は『首席認定官』の称号を得たバートランドの姿があった。彼は、提出された諸組合の帳簿を、眼鏡をかけ直して鋭く見つめている。
「……この三日前の羊皮紙の記録、荷馬車の到着時刻と積み荷の検品時刻に、わずか半刻のずれがある。なぜだ?」
「そ、それは、門での検問が混み合っておりまして……」
「言い訳は無用だ。公認の印を欲しくば、その空いた時間に不正な積み替えが行われていないことを、別の記録で証明せねばならん。書き直しだ。次!」
厳格すぎるほどのバートランドの態度に、商人たちは冷や汗を流しながらも、誰一人として文句を言う者はいなかった。ここで彼らに『不適格』の烙印を押されれば、王都での信用を失うだけでなく、他国との大口取引からも弾かれることになるからだ。
俊は、認定所の喧騒から少し離れた回廊で、その様子をアルフォンスと共に見守っていた。
「……バートランド次官、いえ、認定官閣下は、想像以上に張り切っておられますね」
アルフォンスが、少し意外そうに口を開いた。俊は手元の資料を閉じ、満足げに頷いた。
「ああ。数字をいじって私腹を肥やすよりも、他人の間違いを指摘して『正しさを保証する』という優越感の方が、あの人たちの性分には合っていたみたいだ。誇りを持たせたのは正解だったよ」
「単なる事務官を、国の信用の門番に仕立て上げたわけですか。……ですが、俊殿。これほどまでに認定が厳しくなると、今度は認定を受けられない中小の商会から不満が出るのではありませんか?」
「そこが、商いの仕掛け人としての次の悩みどころだよ」
俊は、回廊の手すりに背を預けた。
「全員を認定してしまったら、その印には価値がなくなる。かといって、一部の大商会だけの特権にすれば、市場が硬直して新しい芽が育たなくなる。ブランド……いや、その『看板の価値』をどう維持しながら、全体の底上げを図るか。これが今の俺の課題だ」
俊が考えているのは、現代で言うところの品質管理と市場の公平性だった。アヴァロンの印章が『高嶺の花』になりすぎてもいけないし、『安売り』になってもいけない。その絶妙な匙加減こそが、今の彼に求められている実務能力だった。
その時、講堂の方からミナが小走りでやってきた。
「俊さん、アルフォンス様! 地方から来た商会の代表たちが、講習会の枠を奪い合って喧嘩になりそうです。ジンのそろばん実演を見たせいで、みんな『あれを使わないと商売にならない』って思い込んじゃって……」
「……供給が需要に追いついていないな。ミナ、まずは各商会の代表者たちを直接集めよう。彼らにこの仕組みの利点と責任を、骨の髄まで叩き込むんだ。その上で、自身の商会に戻ってから各々で広めるように促してくれ。習得が間に合わないというなら、それは彼らが商機を逃すだけの話だ。国が手取り足取り教える義理はないからな。実技の指導が追いつかないなら、既に認定を受けた書記官を、商会が自費で『個人講師』として雇い入れるなりすればいい。そのための紹介窓口くらいは用意してやってもいいが、教える手間もコストも、彼ら自身に負わせるんだ。自分たちの商売を守るための投資なんだから、それくらいは当然だろう?」
俊は淀みなく指示を出した。商売の道具を使いこなせるかどうかは、各商会の努力次第。国はあくまで『基準』を示す立場に徹するべきだという、商いの仕掛け人としての判断だ。
「わかったわ! 代表者たちにはそう伝えて、自分たちで何とかするように促すわね。……あ、俊さん。今日の夕飯の時間は忘れないでね。ティアが、そろそろ栄養のあるものを食べないと倒れちゃうって怒ってたから」
「……善処するよ」
ミナが嵐のように去っていくと、俊は苦笑いを浮かべた。
「俊殿。あなたは支配しようとしているわけではないのに、結果として誰もがあなたの敷いた軌道の上を走りたがっている。……恐れ入りますが、それが今のこの国の希望になっているのも事実です」
アルフォンスの言葉は、かつての懸念ではなく、純粋な現状分析として響いた。
「俺はただ、無駄な喧嘩や疑い合いを減らしたいだけだよ。電力的に一番効率的だからな」
俊はそう答えながら、心の中では別のことを考えていた。この王都で始まった『信用の仕組み』が、街道を通じて他国へと伝わり、やがて大陸全体のルールを塗り替えていく。それは、どんな魔法よりも強力で、かつ抗いがたい変化だ。
その夜。俊は約束通り、早めに執務を切り上げて食堂へと向かった。
テーブルには、ティアが用意した実用的な食事が並んでいた。日中の喧騒が嘘のように静まり返った館内で、温かい汁物の湯気がゆったりと立ち上っている。
「俊さん、お疲れ様。……そういえば、バートランドさんから預かっていた手紙があるよ」
ティアが食後の茶を運びながら、一通の羊皮紙を差し出した。
「バートランドから?」
「うん。『認定の基準について、より精細な詰めを行いたい。至急、改革室の意見を仰ぎたい』って。なんだか、すごく熱心だったよ」
俊は手紙を受け取り、目を通した。そこには、老練な役人らしい、重箱の隅をつつくような細かい指摘が並んでいたが、それはすべて『アヴァロンの信用を傷つけないため』の提案だった。
「……まったく。あんなに反発していたのに、今じゃ一番の熱狂的な支持者だな」
俊は苦笑しながら、ティアが勧めてきた食事に手を付けた。自分が持ち込んだ知識が、人々の役割を変え、街の景色を変えていく。それはマーケターとして、何物にも代えがたい達成感でもあった。
「俊さん。明日からは、北方のノルデン商会からの報告も届く時期だよね。……また、忙しくなる?」
「ああ、でも、次は一人でやるんじゃない。認定官たちや、公認を受けた商会のみんなも一緒に動く。……前よりも、少しは楽になるはずだよ」
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